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Need of Your Heart's Blood 1  作者: 彩世 幻夜
第六章 Their true character
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狭間の部屋

 「もう、すぐだから。少し我慢して」

 パタパタと、咲月を抱えている負荷すら感じさせない、リズミカルなスリッパの音。

 ――これまで咲月がもたもた下りていたそこを、朔海は難なく下りて行く。


 そこから、いったい何段降りたのか――数えるような心の余裕などあるはずもなかったが……そこまで降りるのにかけた時間を思えばあっという間と言うべきだろう。

 「――着いたよ」

 そう言って、降ろしてもらうまでの時間は。


 ――しかし、やはり辺りは一寸先も見えぬ闇が広がり、すぐ隣の朔海の姿すら見えないままだ。

 

 コンコン、と不意に扉をノックする音が聞こえた。

 「――葉月」

 朔海が、闇の向こうへ声をかける。

 「……お待ちしておりました、朔海様」

 ギギギィ、と、聞き覚えのある音が再び聞こえた気がして――闇の中、切り込みが入れられたような縦に細い線のような光が現れた。

 初めは線だった光は横方面にどんどん広がり、向こう側の空間から漏れる明かりに照らされ、暗がりに扉の輪郭が朧げながら視認できる。


 そうして開かれた扉の向こうへ、朔海は再び咲月の手を取り進む。

 

 その部屋は、淡く朧げなだいだいの灯にぼんやり照らされていた。

 中世のヨーロッパを思わせるような、古風な三つまたの燭台に灯る3本のロウソクに照らし出される床面もまた、石造りの古風なモザイク床だ。

 ――だが、明かりの届かない場所は、やはり闇に閉ざされ、正面左右の壁を視認することは叶わない。

 明らかに間に合わせであると分かる、この部屋の雰囲気にそぐわない金属製のラックの上に置かれたそれが咲月のために用意されたものである事くらいは容易に察することができた。

 しかし、だからこその疑問が浮かぶ。

 ……先程の階段を降りる際にも、例えば懐中電灯か何か用意することはできたのではないだろうか?

 それがあれば、少なくともあそこまで苦労することはなかっただろうに……。

 そんな思いが顔に出ていたのだろう。葉月がポケットからキーホルダー付きのミニライトを取り出し、スイッチをつけてみせた。

 ライトは小型ながら強力で、直に光を見たら網膜を痛めそうな程だ。

 ――にも、関わらず。咲月の方へは向けないよう注意しながら、四方八方を光線で照らしてみせてくれるのだが……何故だろう、光の存在が感じられないのだ。

 ライトは、間違いなく点灯しているのに。四方の壁どころか、すぐ足元を照らしてみても、変わらずロウソクの明かりに照らし出された床面があるばかりで、本来であればできるはずの光のスポットすらできない。

 「この空間はね、とても特殊な場所なんだ」

 不可解な現象の理由を、朔海はまず簡単な一言でまとめた。

 「ここはまだ、一応人間界ではあるんだけど……魔界でもあるんだ」


 「――前に、人間界と、魔界を含めた異界が、『色の三原色の図みたいなものだ』って説明したけど……、世界と世界の繋がりは、あの図みたいに隣り合い重なっているんじゃない。世界が存在する場所は、全て等しく“ここ”、この同じ場所に存在する。そうだな……、マトリョーシカって、ロシアの人形を知ってる? おんなじ形の、少しずつ大きさの違う人形がどんどん中から出てくる、あれ。あんなふうに、重なって存在しているんだ。だけど普通は、今いる世界しか見えないし、触れられない。それぞれの世界にあった周波数……というか、チャンネルに近いパスみたいなものがあって……、それが……前に説明した『鍵』なんだ」


挿絵(By みてみん)


 葉月が、朔海の説明に頷き、それを補足するように口を開いた。

 「その、パスコードに当たるものを術で意図的に少々いじって、多少強引に互いの境界を曖昧にしているのが、この場所なんです」

 

 「――そう。人間界はもちろん、魔界にも、他の世界にも居場所のない俺のために作られた、特別室なんだよ、ココは」


 不意に、聞き覚えのない声が、会話に割って入った。

 色気が滲み出すような艶のある低いバリトン。

 

 にやり、と立派な牙を剥き出し笑いながら、のそりと闇の中から現れた――それは……

 ――犬……?

 とんがった耳と、飛び出た鼻面。四足で歩き、ふさふさした尻尾を機嫌よく振る様は、犬に似ているが、それにしては顔つきが少々野性味溢れ過ぎているし、何より、美しい漆黒の毛並みに包まれたその体躯の大きさが尋常ではない。

 大型犬に分類されるような犬種の犬と比べてもその差は明らかだ。

 どう見ても、ポニーくらいの体長・体高がある。

 

 「初めまして……、だな。お嬢さん?」

 冗談めかした口調のセリフが狼の口から発せられる。

 「俺の名はハク。遥か昔は天界で神様なんてもんに仕えてた時代もあったが、ある時、あるじに牙を剥いた咎で魔界送りになった魔犬で――今はそこのヤブ医者の昔馴染みの悪友をやってる」

 その大きな体躯の重さを感じさせない滑かな足取りで、するりと咲月のそばへと歩み寄ると、ごく自然にその身体を摺り寄せた。

 肌に触れるふさふさでふかふかもふもふの毛皮は暖かく、指通りもなめらかで、もの凄く触り心地が良い。

 獣特有の臭いも特に感じられず、思わずその魅力あふれる感触に咲月は魅了され、そろりと、肩のあたりから背を撫でてみる。

 ――やはり、手触りは極上だ。

 「うん。やはり若いお嬢さんにこうして撫でてもらうのは……やはりいいものだな。……だがお嬢さん、今の俺の自己紹介、ちゃんと聞いててくれなかったのかい?」

 体躯の大きな狛の頭は、咲月の顔のすぐ横にある。

 「俺は主に牙を剥いた咎負いの魔犬だ。その気になればこうして――」

 耳元で囁きながら、ペロリと咲月の右耳を舐め上げた。

 「きゃ!?」

 驚いて思わず耳に手をやる咲月を「ああ、実にいい反応だ……」とクスクスと笑いながら、

「――いつでも簡単にお嬢さんの柔肌に牙をたてられるんだぜ?」

と、そういう方面には疎いはずの咲月の背をゾクリとさせるほど色気のある声音で、忠告らしきセリフを囁いた。

 「若い女……それも乙女にそそられるのは何も吸血鬼ばかりじゃない。より純粋なものに惹かれるのはほぼ全ての魔物に共通するさがだ。後学のためにも覚えておいたほうがいい」

 言いながら、すんすんと鼻を鳴らし、咲月の匂いを嗅いで回る。

 「これだけ甘い香りを常に傍で嗅ぎながらひとつ屋根の下で暮らす……ね。我らが愛すべきお坊ちゃんは自虐趣味にでも目覚めたのかい?」

 「そんなものに目覚めた覚えはないよ。それより――狛、離れろ」

 「そうだそうだ、お前、一人でいい思いしやがって。俺だって、カワイイ女の子に撫で撫でして貰いたいのに!」

 朔海は半眼になりながら、低く剣呑な声で返答を返したそのセリフに便乗するように声を上げたのは青彦だった。

 ――が。

 「って、うわっ、ぎゃッ」

 すぐに悲鳴を上げるハメになった。

 「やっ、やめ……、坊ちゃん、キブ……キブキブギブ!」

 青彦は苦しげに呻き、後足をバタバタとさせた。

 しゅるしゅると彼の身体に幾重にも巻き付き、ギリギリと締め上げ、宙に持ち上げているのは――血色の、翼を持つ蛇。


 「……いい加減にしろよ? お前たち、ここへ何をしに来たのか分かっているのか? 急がなければ……少しでも早く術式を完成させてしまわなければ、また連中が押しかけて来る。おふざけに割いている時間はないんだ」

 彼にしては珍しく硬質な声が、空間に凛と響いた。――その瞳は、いつの間にかあの日と同じ緋色に染まっている。

 「術式を、開始する。青彦。葉月、紅姫と共に彼女を守れ。――狛、術式の邪魔はするな。……それと、いい加減離れろ」

 やたらとクンクン匂いを嗅がれて困惑しながらも狛の毛並みの誘惑に抗いきれずにいる咲月と、 そうと分かっていてわざとらしく見せつけようとする狛とに苛立つ気持ちを抑え、朔海は青彦を拘束から解く。

 「――離せ」

 有翼の蛇に命じ、少々八つ当たり気味に、乱暴に放り投げた。

 「さあ、始めるよ」

 

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