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Need of Your Heart's Blood 1  作者: 彩世 幻夜
第六章 Their true character
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現実と、迷い

 夜が明ける。

 遮光カーテンの向こうに微かに太陽の気配が漂い始め、鳥たちの鳴き声が朝を告げる。

 あの日、滅茶苦茶にされたキッチンは、旅行に出かけている間にすっかりリフォームが済んでおり、真新しいぴかぴかのキッチンに立ちながら、咲月はおよそ一週間ぶりの作業に取り掛かる。

 レタスをちぎり、ミニトマトを添え、カリカリに焼いたベーコンと、ポテトサラダを盛り付けて。

 かつおでだしを取った中に薄口醤油を加え、ホタテの水煮缶を缶汁ごと入れ、戻したワカメと、さらに溶いた卵を加える。

 鳥のささ身にトマト風味のピザソースとチーズを乗せて焼いて。

 炊飯器をテーブルに運ぶ。

 ごく普通の、ありふれた朝食メニュー。

 「いただきます」

 そう言いながら手を合わせた朔海は、さっそく汁椀に手を伸ばし、汁を啜る。

 この一週間、プロ顔負けの朔海の料理を毎日食べ続けた後で、自分の料理を彼に振舞うというのはなかなかに勇気が要った。

 ベーコンをかじりながら、ついドキドキする心臓を宥める。

 『美人は3日で見飽きる』なんて言葉があるけれど、あれは絶対に嘘だと思う。

 この家に来て、彼らと初めて会った日からもうそろそろひと月になるというのに、ちっとも慣れた気がしない。実際、彼の瞳を見るたび、こうして心に波紋が広がるのだから……。

 それに加えて、彼が常に身につけている腕輪――。この数日、ほぼ丸一日一緒に過ごしたけれど、彼がそれを外したところは見たことがない。

 自分のあげたものだが、だからこそ、それだけ大事にしてくれているのを見るたび、気恥かしさに心が騒ぐ。

 

 「……さっそくで、悪いんだけどさ」

 食事を終え、箸を置いた朔海が、口を開いた。

 「例の作業、日が高い内に済ませたいから、早速取り掛かろうと思うんだけど」

 朔海の言葉に葉月も同意を示す。

 「ええ、そうですね。もうあれから一週間……朔海様が連中に施された術の効果もそろそろ限界でしょうし、出かけている間の用心にと張っていた結界も解いてしまいましたからね。今夜あたり、また迷惑な客が押しかけて来ることでしょうから、その前に済ませてしまうべきでしょう」

 そう、今日この日のための一週間だったのだから。

 咲月は彼らの言葉に頷き返した。

 「――咲月くんには朔海様の仕事が済んだあとで、ご協力をお願いしますね」

 葉月は咲月に笑みを向け、告げる。

 咲月はもう一度頷きながら口を開いた。

 「あの、他にも何か私に手伝えることはありますか?」

 「うーん、確かに準備を整えるだけでも手間だし、発動時の魔力の消費も桁違いになるけど……準備にも魔力を使う。術の性質上、葉月の協力は欠かせないんだけど――」

 少々歯切れ悪く語尾を濁しながらその問いに答えた朔海は、それを誤魔化すように湯呑みに手を伸ばし、茶を啜った。

 「けど、滅多にない機会だ。折角だから見学してみたらどうだい?」

 だが、その隙をつくように、ヒョイっと食卓に飛び乗ってきた青彦がそう提案した。

 「確かに、いい機会だと思うわ。吸血鬼が使う『力』についても簡単に説明はしたけれど、やっぱり百聞は一見に如かず、でしょ?」

 更に紅姫も、咲月の足元からそう同意を示す。

 しかし、朔海は首を横に振った。

 「……それはそうかもしれないけど。でも、それは別に今じゃなくてもいいだろ? こんな消耗の激しい術式じゃなくて、もっと簡単なやつとか――」

 苦い口調で言いながら、顔をしかめる。

 「だけどさ、こっちで普通に平和に暮らす限り、いったいいつ『力』を使う機会がある? ……まあ、葉月なんかは仕事柄、必要にかられてちょいちょい使ってるけどさ。……いくらなんでも、連中を嬢ちゃんに紹介するってのはまだ時期尚早だろ?」

 青彦の言葉を聞いて不思議そうな目をした咲月に、すかさず紅姫が説明を加える。

 「……葉月がやってる医院に来る患者は九割以上、人間じゃないのよ。色々理由や事情があってこっちの世界で暮らしているあちらの世界の者たち……。純粋なあちらの住人たちに比べればこちらの事情も理解しているから、いたずらに悪さをする事はないけれど。『弱肉強食絶対主義』っていう基本姿勢に変わりはないから……」

 「今のままの嬢ちゃんじゃ、連中に対抗する術がない。ただでさえ怪我や病で弱って気が立ってる奴らの前に出るのは自殺行為だ」

 紅姫の言葉に、咲月は耳を疑った。

 「――ああ。連中も気づかれないよう必死だからな、人間たちは滅多に気づかねえが、実は結構あちこちに居るんだ、あっちの世界の連中が」

 青彦がニヤリと笑いながら言った。

 「連中も、馬鹿じゃない。昼日中にそこらの街中や通りで暴れたらどうなるか……昨今の人間たちが持つ『力』の恐ろしさはあちらの住人よりずっと良く知っているからな。だから、うまいことやって生きてく術ってやつをみんなそれぞれ磨いてるんだ」

 青彦のセリフに葉月が頷く。

 「こちらに住まう者たちは魔力や腕力といった直接的な『力』においてやや劣る場合が多いのですが、世の中を上手く渡っていくのに便利な能力は総じて高い。姿かたちを変える術や、精神や記憶を操作するような能力をもつ者が多く、知能面においても優れた者が多いんですよ」

 「魔界じゃ、そういう類の能力はあまり評価されない……どころかむしろ見下される。それこそ、下町のチンピラみたいな考えがもてはやされる世界なのよ」

 「けれど、こちらの世界でそれは通用しない。――人間たちのつくる社会の中、規則ルールに則れないチンピラもどきに待ってる結末がどんなものか……まぁ、分かるだろ?」

 「――だからこそ、人間たちの中にうまく溶け込みつつ生きている者たちは人間社会のルールから逸脱せぬよう細心の注意を払っている。……そんな中で道理をわきまえぬ同胞らが問題を起こし、煽りを喰らうのを嫌い、そういう輩を狩る事を生業にするものも居るんですよ」

 「日本で言うなら陰陽師とか、外国……欧米なら祓魔師とか、聞いたことあるだろ? ……インチキも多いけど、本物も確かに居るんだよ。特殊能力を持った人間や、あっちの世界の連中たちってのが」

 葉月と、紅姫、青彦が代わる代わる説明してくれる。

 「なあ、嬢ちゃん。連中がどれだけの力を持っているのかってのは、この間の件でなんとなく分かったと思うけど、どういう力を持ってるのかってのはどれくらい理解してる?」

 「え、……その、前に紅姫が少し説明してくれた分くらいは……なんとか……」

 「うん、まあそうだよな。紅姫、実際のとこどのくらい説明した?」

 「吸血鬼は悪魔に借りた魔力を血に宿らせていて、何かするにはそれを使うんだって事だけ。それこそ基本中の基本……料理で言えば包丁の使い方くらい、当たり前に知ってなきゃ困るレベルの説明しか出来てない。正直、言葉だけで説明するのって難しいのよ。だからこそ、この貴重な機会は逃せない」

最後に、紅姫が結論としてきっぱり言い切り――。

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