闇の中の光
和風色の強い温泉街の古き良き時代を思わせる街並みに軒を連ねる土産物屋やら何やらの店舗から漏れる暖かそうな色の灯り。
幻想的に照らし出される建物と、ツリーを模したような形の電飾のオブジェ。
柵の向こう――湯畑に、いくつも設置されたライトが、赤や青、緑や白、黄――様々な色を点滅させる。
それを眺める人々のざわめき。街に流れるかすかなBGM。
大した風ではないが、時折街路樹を揺らす夜風はやはり冷たい。
誘われて観に行ったらくごを聞いた帰り――あの女性の言葉通り、昼間はありふれた温泉街といった様子だったはずの風景が、また違って見える。
道行く人々も、男女のカップルが多い。いや、カップルというよりは夫婦と言う方が正しそうな年代の方々が大半ではあるのだが。
「ほう、これは……思っていたより随分本格的なんですね」
葉月が、感嘆しながら呟いた。
「うん、すごく綺麗だよね」
朔海も同意するように頷く――が。
道に沿って点々と立つ街路樹に巻かれた淡い黄色のライトの灯りを背にしながら――。
そんな風景の中によく馴染んでいるのに、背景に溶け込み埋没することなく柵の上に腕をかけ、半ばもたれるように体重を預けて佇む彼らを両隣にした咲月は、光の演出を眺めながら、ちらりと隣に目をやった。
陽の光の下に居た彼らの見目の良さは既に何度も良く思い知っていた。
――けれど。吸血鬼というのが本来、夜を生きる者であるという事実を、これ以上なくはっきり思い知らされる。
時刻はもうじき9時を回るところ。当然辺りは夜闇に包まれているが、今居る湯畑の周囲はライトアップされて随分明るい。
街は、まだまだ活気に溢れ、時折その光景を撮影しようとたかれたフラッシュがあちらこちらで光る。
色とりどりの明かりに照らし出された彼の姿は――何というか……とにかく綺麗、で。
この間の、あの血を分けた直後の凶悪なまでの色気とは別物の、でもつい数時間前まで陽の下を一緒に歩いていた時の彼とも確実に違う引力が今の朔海にはあるのだ。
そして、それは朔海だけでなく葉月にも言える事で。
光あふれる闇の中、一際輝いて見える綺麗な瞳と白く綺麗な肌。元々魅力ある顔立ちをしている2人だが、それ以上に、凄みのある美。――人に、非らざる美。
――でも。先程から咲月がつい目をやってしまうのは、左隣で柔和な笑みを浮かべ楽しげに自分たちを見守る葉月ではなく、右隣でまるで幼い子供のようにはしゃぎながら嬉しそうに笑う朔海の方ばかり、で。
濃紺の瞳のハイライトが街の灯りを写してきらきら輝く様に思わず魅せられる。
と、その時、カラフルに彩られていた景色が不意に青一色に染まった。冷えた空気の中、もうもうと上がる湯気から湯畑の湯まで、全てが青く光るその光景は、とても幻想的だった。
「――綺麗……」
思わず、小さく呟いた咲月の言葉をしっかり拾った朔海が、
「写真、撮ってあげようか?」
言いながらカメラを構える。
一昨日の白根山でも、昨日の動物園でもすでに幾度も彼の撮る写真に収まり、苦手意識もだいぶ薄れてきていた咲月は、まだ少し残る緊張を抑えながら頷いた。
そうする度、朔海は飽きることなく嬉しそうな顔を見せるのだ。そんな時の彼の瞳は、一際綺麗で。
「じゃあ撮るよ? はい、チーズ!」
いつも、自分に向けられるのは忌避か無関心な瞳ばかりだった咲月は、こんな事くらいで喜んでもらえるのが逆に嬉しくて、眩しく映る彼の瞳を見上げる。
「――では、そろそろ戻りましょうか。あまり長居すると風邪をひいてしまうかもしれませんしね。帰ってもう一度しっかり身体を温めましょう」
明後日はまたほぼ丸一日帰りの車中で過ごすことになる。
――お家に帰るまでが遠足です、という言葉があるとはいえ。
実質、ここで過ごすのは明日が最後になる。
「折角来たんです。最後のランチくらいは美味しいものでも食べに行きましょうか」