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Need of Your Heart's Blood 1  作者: 彩世 幻夜
第五章 Trip
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世界のカタチと世界を渡る鍵

 「草津温泉は、“含鉄泉”と言いまして、貧血に効果があるんです。……まあ、それだけでは気休め程度にしかなりませんが……徹底した栄養管理と、薬とで補強した上で適度な運動と充分な休養を合わせて取れば、それなりの効果が期待できるでしょう」

 それが、突然の提案の理由わけ

 「でも、昨日の今日でよく宿が取れたね?」

 昼食を済ませ、再び車に揺られながら、朔海が口にした問いに、葉月が答える。

 「春先の忙しい時期ですし、長期宿泊用の自炊宿ですからね」

 「自炊……、って……」

 「昨日のうちに、私が一週間分の栄養計算表を作っておきましたから。朔海君、期待してますよ?」

 「まあね。確かに主旨を考えればそれが一番なのは分かるし、そうとなれば僕がやるしかないのも分かるけど……」

 にっこり微笑む葉月をルームミラー越しに眺めた朔海は、小さくため息をついた。

 「でも、そういう事は昨日のうちに言って欲しかったな。言ってくれれば、昨日のうちに色々取りに行って来たのに。……仕方ないね、宿に着いたらすぐに僕は一度、家へ戻って必要なあれこれ取って来るよ」

 朔海がごく普通に口にした「家」とう単語に咲月がピクリと反応した。興味をそそられたらしい事を雄弁に語る瞳で、朔海をそろそろと見上げる。

 視線に気付いて朔海が瞳を覗き込むと、彼女は頬が僅かに赤らめ、迷うように視線を惑わせた。

 その仕草が可愛くて、つい表情筋が必要以上に緩み、思わずくすりと笑みが漏れる。朔海の苦笑に気付いた咲月は大いに慌てて口を開いたが、その口から出るだろう言葉を察した朔海は、それを制し、

「いいよ、謝ることなんかない。聞きたい事があったら、いつでも言ってくれたらいい」

彼女が口にしようとした謝罪の言葉を封じ、彼女が飲み込もうとした朔海じぶんに対する問いを促した。

 「僕たちが吸血鬼なんだっていうトップシークレットはもうバレちゃったし。……僕の情けない現状も知られちゃってるし」

 ははは、と少しやけっぱちに笑ってみせ、

 「もう、知られて困る様な事なんかそうそうないんだから。遠慮なんかしないで、何でも聞いてくれたらいいよ」

同意を求めるように、ルームミラー越しに葉月を見る。

 「そうですね。むしろ、どんどん聞いて、知ってもらわなければなりません。私達一族きゅうけつきのあれこれはもちろん、何よりも朔海様の事を」

 運転中の彼は、視線を前方の道路に固定したまま答えた。

 「知りたい事、分からない事。どんな些細な事でも構いません。私にでも、紅姫や青彦にでもいい。聞いて、知ってください。貴女の為にも、朔海様の為にも」

 不必要いらないと、邪魔にされるばかりの中で、余計な詮索は大罪だった。赤の他人に知られたくない事があるのは当然の事だと、咲月自身よく分かっていたから。

 彼らのその言葉で、自分が今、どういう立ち位置にいるのかが良く分かる。それが、素直に嬉しいと思えて。

 「え……と、じゃあ……。前から気にはなっていたんですけど……、『家』って……?」

 おずおずと切り出してみる。

 「初めて会った日、『こっちのお金を持ってない』って聞いて。あの時は、外国の人なのかとも思ったんですけど……、やっぱり、魔界にお城とかがあるんですか?」

 「まあ、魔界にある王城に私室は一応あるんだけどね。今、僕が実際に住んでいる自宅は、魔界じゃなくて『次元の狭間』にあるんだよ」

 「次元の、狭間……?」

 「うん。この世には大きく分けて『世界』が三つ存在していてね。一つはここ、『人間界』。君達が普通に暮らしているこの世界だ。もう一つは僕が生まれた世界……『魔界』。そして、最後の一つが『天界』。魔界が悪魔や魔物の棲家なら、天界は神や精霊の住まう世界。そして、その三つの世界のどれでもなく、またどの世界でもあるのが、『次元の狭間』という場所なんだ」

 「どれでもあって、どれでもない……?」

 「うーんと、言葉で説明するのは難しいんだけど……」

 朔海は頭をかきながら、ゆっくり言葉を選んで、考え考え話し出した。

 「三つの世界は、ある意味全く別の世界で、それぞれ違う次元に存在している。だから、普通はそれぞれの世界を行き来するどころか、見る事も触れる事もできない。だけど、それぞれの世界は互いに干渉しあって存在している。例えば、天界と人間界の境には、それぞれの世界が干渉しあって存在している“空間”が存在する。いわゆる“天国”ってやつだ。同じように、人間界と魔界との境には“地獄”がある。そして、天界と魔界の境には煉獄が。で、三つの世界の境にあるのが、“世界樹ユグドラシル”を中心とした空間で、それを『次元の狭間』って呼んでる」

 説明に苦心する朔海をフォローするように、葉月が言葉を継ぐ。

 「そうですね……もうすこし分かりやすく説明すると……色の三原色ってあるでしょう? 普通の三原色なら赤と青と黄。光の三原色なら赤と緑と青の三つの色の円が微妙に重なった図を、見た事はありますか?」

 ……たしか、中学の美術の時間だか、理科の授業だかでやったような気がする。葉月の問いに、咲月が頷いたのをミラー越しに見た葉月は説明を続けた。

 「例えばあれの、青の部分を天界、赤の部分を魔界、黄色の部分を人間界とすると、青と黄色が重なって緑色になっている場所が天国、黄色と赤が重なってオレンジ色になっている場所が地獄、青と赤が重なって紫色になった場所が煉獄で、全ての色が重なって黒くなっている場所が『次元の狭間』なんです」

 「その、次元の狭間にお家が……?」

 「ああ。ほら、僕って身内から疎まれてるからさ。針のむしろみたいな魔界の王城に居つく気にはどうしてもなれなくてね。一時、葉月と人間界で暮らしていた時期もあったけど……、僕の血は、葉月のそれより濃い分、人間界に定住するにはあまり向かなくて」

 それで、次元の狭間に自宅を構えたのだと、朔海は苦笑を浮かべながら言った。

 「“普通は行き来できない”世界を、どうやって行き来しているんですか?」

 「えーと……、これも言葉で説明するの、すんごく難しいんだけど……」

 言いながら、朔海は助けを求めるようにミラーの中の葉月に視線をやる。

 「まあ、私達からすれば、自転車に乗れない人からどうやって自転車に乗ってるの、と聞かれたに等しい問いですから。もしもそう問われれば、自転車にまたがってべダルを漕いで、ハンドルを操って乗っている、としか答えられないでしょう? でも、自転車に乗れない人だってそんな事は分かっている訳です。知りたいのは、どうやってバランスを取っているのか、という事。そしてそれは言葉で説明するのは不可能に等しい。感覚で覚える他ないものですからね」

 「でも、あえて言うなら“鍵”が必要だって事……かな?」

 「鍵、ですか?」

 「そう。でも……そうだな、鍵というよりパスポートとかライセンスみたいなものかもしれない。どっちしにろ、現物として存在するものじゃない。たぶん、血とか魂に刻み込まれているものなんだろうけど、実際に原理が解明されてるわけじゃないから、本当のところは分からない。でも、その“鍵”を持つものには、世界と世界が干渉しあって繋がってる箇所を見つけて、そこから違う世界に行く事が出来る。……まあ、見つけて、とは言っても実際目に見える訳じゃなくて、もっとこう……感覚的に感じるものだから」

 「そうですね。今の咲月君では……おそらく実際に理解する事は出来ないでしょう」

 ……今の、という事は……一年後、その選択をしてもしも吸血鬼になったとしたら、自分にもその“感覚”が理解できるのだろうか?

 「鍵を持っていなくても、鍵を持つ者と共に行けば行き来は可能なんだけど」

 「異界で、人の世のことわりは通用しません。何の力も持たない者にはただ危険なだけの場所ですからね」

 「うん。だから……もしも君が僕との未来を選んでくれたなら……その時は、真っ先に招待するよ。約束する」

 そう言って、朔海は微笑んだ。


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