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Need of Your Heart's Blood 1  作者: 彩世 幻夜
第四章 life blood
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招かれざる訪問者

 ざわ……。

 不意に、木々のざわめきが乱れ、ピンと張りつめた空気に縦横無尽に張り巡らされた殺気の網が家を包みこむ。

 静まり返った居間の窓が、カラリと開く。

 ビュウ、と冷たい夜風が暖かな室内に吹き込み、カーテンが揺らめく。

 そのカーテンが、突如ビリビリと派手に引き裂かれ、遮るものの無くなった窓のその向こうからナイフが飛んできた。

 投げ込まれたナイフは居間の蛍光灯を割り、ガシャァンと派手にガラスを飛び散らせた。

 ――室内の明かりが消える。

 今日の客人に、明かりを必要とする者はいない。

 勿論、それは朔海も同じ。

 窓の向こうに見えるいくつもの人影に、朔海は目を細め、たった今カーテンを台無しにした目の前の獣を睨んだ。

 ――大人の牛ほどもありそうな大きな体躯をした狼を。

 「これは王子。……ご無沙汰しております」

 狼は、口も動かさずに人の言葉を喋った。

 「……帰れ。僕は争いを好まない」

 招かれざる客に対し、朔海は内心の焦りを必死に押し隠し、静かに答えた。

 その答えを聞き、庭に堪え損ねた失笑があふれた。

 「ああ、王子よ。申し訳ないが我々は貴方にではなく、ここの家主に用があるのです」

 目の前の狼は、むしろわざとらしい程にかしこまって言ったが、その黄金の瞳には明らかな蔑みが浮かんでいた。

 「……葉月――いや、白露なら留守だ。折角はるばる訪ねてこられたところ悪いが、改めて出直してくれないか?」

 狼は鼻を高くかざし、スンと小さく息を吸った。

 「……ふむ。確かにここにはいないようですね。……ですが……どうやらまだ近くにいるようだ。――しかも、好都合。くだんの娘も一緒らしい」

 狼は、牙を見せながら笑った。

 もう、朔海に用は無いとばかりに狼はあっさり踵を返し、窓の桟に前足を掛けた。

 家を覆うようだった殺気は、既に闇の向こう――葉月が咲月を連れて出かけた商店街の方へと向けられている。

 「待て、街中で暴れ回るつもりか?」

 ――いわゆる霊体に近い形で存在する悪魔と違い、もともとはこちらの生物であった吸血鬼には、良くも悪くも実体があり、特殊な能力など無いごく普通の人間の目にも映る。

 ここ一帯は田舎ではあるが、この時分の商店街はそれなりに人出があるだろう。そんな中で暴れればどうなるか。

 「何、いつもの狩りですよ。まあ、通常に比べれば大分派手にはなりますが。大丈夫、街一つ潰した所で人間エサは掃いて捨ててもまだ余るほどいるじゃないですか。正体がバレる? なるほど、確かに兵器と呼ぶべき武器の数々は我々にとっても脅威になり得るが……――だからどうした? やられる前に魔界へ逃げ込んでしまえば痛くも痒くもない。しかも、今どきの人間どもは率先して我らの存在をフィクションにしたがる。実際に捕まりでもしない限りは、連中が勝手に理由をでっちあげてくれるでしょう。ああ、たかだか唯人如きに捕まる様な能無しは今回連れて来てはおりませんので。……ご心配なく」

 狼は朔海に背を向けたまま首から先だけをこちらへ捻り、もはや嘲笑を隠そうともせずに言い残し、窓の桟を蹴って一足に塀の向こうへと跳躍し――

 「――僕は、争いを好まない」

 先刻口にしたばかりの台詞を再び繰り返した朔海は、スッと左手を掲げる――と、

 ――ゴン、と、かなり痛そうな音を立てて、狼は見えない壁に思い切り頭突きをかまし、その反動でもんどり打った。

 「――何を……」

 悲鳴と呻きを喉奥に押し込め、牙を剥いた狼が今にも飛びかからんと前傾姿勢を取ってこちらへ向き直る。

 こちらに翳された朔海の掌に血で描かれた魔方陣が仄かに青白い光を帯びている。

 「この家の敷地の周囲に結界を張った。――ここから外へは出さない……が、魔界への道には結界を張っていない。大人しく魔界へ引き上げるなら、僕は追わない」

 狼は、もう一度鼻を高く上げ、今度は慎重に息を吸い込んだ。

 「この……匂いは……」

 敷地をぐるりと一廻りと引かれた一筋のラインから香るその匂いは――

 「これは……血の匂い」

 それも、掌の魔方陣のそれと同じ香りがする。

 その香りに、狼はうっとりと目を細めた。

 「なるほど。さすが、腐っても王族の血ですね。良い香りだ……。だが、やはり貴方には宝の持ち腐れなのでは?」

 ざわり、と。一度は外に向けられた殺気がその包囲網を縮める。

 「……まあ、否定はしないよ。少なくともこないだまでこの血を特に必要とした事なんてなかったしね」

 庭木の影が、不意に膨れる。

 「――でも」

 膨れた影は、一瞬の後には分裂し、人形を為す。

 庭木の影に潜んでいた幾つもの人影が、あふれる。

 「今、初めてこの血を継いだ事を感謝してるんだよ。そのおかげで、こうして守る事ができるんだから……決して失えない、大事なものを――」

 朔海は翳した手を下し、静かに目蓋を閉じた。庭にひしめく気配はどれもこれも血に飢え、殺気だっている。こんなものを、街中に放つ訳にはいかない。

 耳を済ませ、冷たい夜風を少しばかり吸い込み吐き出す。

 そうして、ゆっくりと目を開ける。

 その瞳に映るのは、眼前の狼の後ろに5人。視界を遮る背後の壁の向こうに3人。屋根の上に6人。右側、医院の方に2人。左側、隣家との敷地を分ける塀の上に4人。

 全部で20人。しかも、異界の扉の向こうにも気配を感じる。

 「僕は、争いを好まない。……だけど。貴方がたがどうしても彼らに干渉しようとするのなら」

 暗闇の中、不気味に炯々と光る五対の瞳を見据える朔海の瞳もまた、一際明るい紅い光を宿し、彼らを睨み据える。

 「――彼らを害そうとするのならば。僕は全力を以ってそれを阻止しよう」

挿絵(By みてみん)

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