紅き狼
「……また、失敗したのか?」
そう問われた彼は、床に額が着くほど深々と頭を垂れ、
「――はっ、もっ、申し訳ございません! ……半吸血鬼であるとはいえ、仮にも龍王の血を持って生まれたあの者の力は侮りがたく……」
床にだらだらと脂汗を落とし、そののあとを広げながら喉に閊えた声を無理やり絞り出した。
「……龍王の血の持つ莫大な力についてなど、今更そなたに講釈されんでもよく知っておる。――だからこそ、その血を欲しておるのだろう」
静かで穏やかな声が、広間に響き渡る。
「……現王の正妃の第一子は能無し。第二子はそこそこ出来るようだが、伴侶はまだ無い。妾腹の子供どももまだ数少ない……。今こそ、王位を簒奪するに相応しい絶好の好機。……そなたも、そう思うだろう?」
「も、もちろんでございますとも、紅狼様……、」
低頭平身の体で同意の意を示しす男を、緩やかな微笑を浮かべながら見下ろし、次いで広間に整然と並ぶ己の私兵たちを端から端まで眺めていく。
「現王家一族以外では、唯一始祖の直系の血を代々受け継ぐ我が一族の長である我が力を持ってすれば、あの憎々しい現王、紅龍ごとき一ひねり。……だが、我が手の内にある真の『龍王』の力を真実我がものと出来れば、次代の王としての箔付けとしてこれ以上のものはあるまい?」
「……はっ、――現王家は龍とは名ばかりの血の集まりですから。真の龍王が顕現したなら、奴らに王位を退く以外の選択肢は無いでしょう。……なればこそ、現王家はその血を取りこもうと画策したのでしょうから」
「……そして、その策略は半ば成功した」
紅狼の声が、オクターブ程低くなる。その声音に込められた冷たい怒気に、広間に集う従臣たちは揃って身を強張らせた。
「我の不肖の息子は、出来そこないのクズ王子に心底、心酔しているらしい。たかが捨て駒の分際で、我が命に背くつもりらしいからな。……良い機会だ、己の立場をとくと思い知らせてやらねばな……」
ククッ、と冷たい笑みを浮かべ、彼は、目の前に跪く駒に命じた。
「……折しも、今、奴の犬小屋には奴の愛しの王子と、奴の弱点となり得る人間の小娘が共にあるそうだ。数を投じて攻めれば、難なく墜ちよう。――行け、次こそ奴を我が前に引きずり出せ」
「――御意」