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Need of Your Heart's Blood 1  作者: 彩世 幻夜
第三章 the actual situation
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男たちの語らい

 「ふーん、言ったのか。へぇ、で、坊ちゃんの反応は?」

 畳敷きの8畳間。押し入れのふすまと、廊下へ出るための引き戸、そして申し訳程度に設けられた、格子付きの小さな窓には斜光フィルムが張られている。

 「……考える時間をくれ、……と」

 周囲の壁に、それら以外の物は何一つない。――絵やポスター等はもちろん、カレンダーの一つも無い、飾り気のない壁面。

 「まぁ、な。はいそうですか、と二つ返事で頷ける様な話じゃない。……それは当然だろう。何せ、人一人分の人生丸ごと、一生背負わなきゃならないわけだからな」

 何も無い。家具すら――机もタンスもテレビも、本当に何もない部屋に、ポツンと布団一式だけが敷かれている。

 「――出来る事なら、そんな重荷を背負わせたくは無かった」

 その布団の上で、適当に着崩した浴衣に身を包み、あぐらをかいた葉月は悔しげに呟き、ため息をついた。

 「ですが……そんな事を言っている場合では無くなりました。全ては、命あっての物種です。彼を、失いたくはありません」

 「……で? お嬢ちゃんにはどう説明する?」

 問われた葉月は、

「……………………………………………………………………………………………………」

咄嗟に応えられず、沈黙を返した。

 「……私は、既に何度もそれに失敗して来ました。最たる例が、青彦――いえ、葉月……君と……そして双葉です。君は誰よりもそれを、良くご存じのはずでしょう?」

「……どうかな?」

 昔を懐かしむような目で、どこか遠くを眺めて彼は言った。

 「確かにあの時の俺はその事実を拒絶した。でもな、それはお前が吸血鬼だったからって事より、あいつが……双葉が想いを寄せたのが俺じゃなく、お前だったって事に嫉妬したからってのが一番大きい」

 自嘲する様な笑みを浮かべ、

「まぁ、勿論、想いを寄せた相手が実は人間じゃなく吸血鬼だったって事が全く関係なかった訳でもないが……それと知る前にお前の人となりをもっと良く知ってれば、今と違う結果が得られたんじゃないかって、今の俺は思う」

尻尾を揺らめかせる。

 「少なくとも今の俺には、お前が吸血鬼だろうが狼男だろうが悪魔だろうが、中身がお前のままならそんな事は些細な事に思える。……ああ、でも、さすがに腐れかけのゾンビだけはご免こうむりたいけどな」

 ククッ、と黒猫は笑った。

 「あいつだって、お前の正体を知りながら、それでもお前に恋した。その想いが俺に向く事は、この先もうあと何百年、何千年あったって変わりゃしねぇ。今でも、あいつがそういう意味で見るのはお前ただ一人だ。……俺はあいつの幼馴染で、あいつの相棒。どうしたってそれ以上にはなれねぇ」

 揺らめく尻尾にたっぷりの哀愁を漂わせ、青彦は言った。

 「確かに、あの時俺達は失敗した。そのせいで、一番望ましい形からは外れた。でも、結果的にはこの通り、そこそこ上手くいってる。……そうだろ?」

 痛みを堪えるような表情をする葉月の膝を前足でぽんぽん軽く叩く。

 「俺達は、順序を間違えた。けど、そこさえ俺達で上手くフォローしてやれば、坊ちゃん達は上手くやっていけるんじゃないかと、俺は思うぜ?」

 そして、エヘンと一つワザとらしい咳払いをした後、

 「――むしろ、問題なのが……お嬢ちゃんがあの坊ちゃんに、男としての魅力を感じられるかどうかだな。好みの男のタイプ……あのお嬢ちゃんがどんな男を好きかは知らんが……こればっかりは他人が口出ししてどうなるってモンでもないしな……」

と、無責任な事を言う。

 「全く、珍しく良い事を言ったと思ったら……。まあ、これで槍は降らずに済みそうですね」

 思わず苦笑を洩らし、葉月は無意識に強張らせていた身体から力を抜いた。

 「よし、その辺の女ゴロロってやつを明日にでも紅姫にご教授願おうじゃないか。もちろん、坊ちゃんも強制参加でな」

 冗談めかして言いながら、青彦は小さな窓を見上げる。

 「……さすがだな。普段はとぼけたフリしてても、純血の――王族の血の力は絶大だ。全く、本人にその自覚がないのが玉にキズなんだよな」

 ――と、「ぐぅっ……」と低く呻く声が耳に届き、それまで不快な殺気を纏っていた者の気配が途切れる。

 「あれ一匹倒すのに、こっちはひいこら言ってるってのによ。大して汗もかかずにノックアウトしちまうとは……。ありゃ、パックの差し入れも必要なさそうだぜ?」

 少々恨みがましい目で窓を見つめる彼に、葉月はメガネをはずし、

「ですが、彼の真価はそんな所にはありませんよ」

静かに微笑む。

 「そうでなくては、私は彼にお仕えなどしていません。まあ、魔界の連中の目は皆、節穴なんでしょうね」

 身を削って刺客退治をしていた葉月に、当分の休養を命じ、その間この家へ泊まりこんでの刺客掃除を申し出た朔海。

 「そうですね……。もし、全てが上手く運んだとして、連中が一体どんな表情をするのか……是非見てみたいものです」

 天井から下がる電灯の傘から伸びたひもを掴んで引っ張り、明かりを消す。

 ――例え明かりを消したところで、吸血鬼である彼の目には少々色味が落ちた白黒に近い世界がそのまま広がるのみ。

 葉月は枕を手繰り寄せ、掛け布団を引きよせながら布団へ横になり、ククッと冷たく笑った。



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