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Need of Your Heart's Blood 1  作者: 彩世 幻夜
第一章 Destiny
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出会い

 電車に揺られる事、約三時間半。

 ただでさえ、特急料金をケチって普通列車を選んだ上に、この強風で徐行運転中との事でダイヤが乱れ、目的の駅へとたどり着いた頃には既に西の空に赤々と燃える太陽が沈みかけていた。


 眉間にしわを寄せ、手にしたメモを睨みつける。

 メモにはバスに乗るよう書いてあるのだが、バスは既に出た後で、次の便はなんと三時間後らしい。

 三月も下旬とはいえ、まだまだ朝晩は冷える。加えてこの強風だ。

 この状況下で三時間も待ちぼうけというのはかなり厳しい。挿絵(By みてみん)


 「……君、もしかして咲月さつきくん?」


 呼ばれて振り返ると、そこには三十代と思しき男性が立っていた。

 「ああ、やっぱり」

 男は、ホッとしたように胸に当てた手を、すぐに頭の後ろに持って行くと、軽い調子で、

「いや〜、やっぱり来てみて良かった。ほら、今日は風が強いだろう? この線、よくダイヤが乱れるからさ、もしかして……って思ってね。」

と、人の良さそうな笑みを浮かべる。

 

 「……、」

 問うような目で、少女は男を見上げた。


 「ああ、ボク、今日から君の家族になる、双葉葉月ふたばはづき。……でも、詳しい自己紹介は後でね。こんな寒空の下に女の子を何時までも立たせてる訳にいかないでしょ?」

 向こうに車を停めてあるから、と、彼は小さな駅舎に比べて随分広々とした駐車場にポツンと一台停まっている赤い軽自動車を指差した。

「今、車回してくるから。もうちょっとだけココで待ってて?」

 そう言い残し、彼は車へと駆けて行った。


 「……。」

 少女は、無言のまま彼の背を見送った。

 葉月、と名乗った男が車へと乗り込みエンジンを始動させ、ザリザリと音を立てる敷き詰められた砂利の上でガタガタ揺れる車体を彼女の元へと移動させる間も、時折、瞳に揺らめく感情を押し殺すように無表情のまま目だけで彼を追った。


 キッとブレーキが踏まれ、ザッと足もとの砂利がタイヤと擦れる。彼は素早く車を降りるとテキパキとトランクを開けた。

 「……荷物はそれだけ?」

 肩から下げたパンパンに膨れて重そうな鞄。その、埃だらけの学生鞄を見て葉月が言った。

 「……。」

 問いに、無言でうなずく少女。

 「重いでしょう? 今トランクを開けるから……」

 上へと持ち上げたトランクの扉を片手で押さえながら葉月は空いた方の手を彼女の方へと差し出した。

 その彼の仕草に少女は、この日初めて躊躇ためらう様子を見せた。

 肩から下げた鞄のベルトをギュッと握り締め、警戒感を露わにした眼差しを彼へと向ける。

 そんな彼女に、相も変わらず人の良さそうな笑顔を絶やさない彼は、

「寒かったでしょう、車の中は暖まってるから。さあ、荷物を下ろして車に乗って」

と、コートも着ずに突っ立っている少女を促した。

 「……、……。」

 少女は警戒感をあらわにしたまま、それでも仕方なく肩から荷物を降ろし、彼にそれを手渡した。葉月は、ボロボロになった持ち手の紐に見られる、刃物で付けられた様ないくつもの傷や、バッグの至る所にある『死ね』だとか『ウザイ』等と書き殴られた落書きの数々を目にしながら、特に気にする風もなく無頓着にそれを受け取り、丁寧にトランクへと納める。


 「さ、じゃあ行こうか? ……あ、途中、スーパー寄っていい? 年頃の女の子の食の好みが分んなくってさあ、夕飯のメニューに悩んでててね……」

 少女を車の助手席へと促し、自分はトランクの扉を閉じ、運転席へ戻ると、シートベルトを引っ張りながら彼は尋ねた。

 「……。」

 が、少女はその問いに答えることなく、無言でうつむいたまま膝の上で組んだ両手を固く握りしめている。

 「ボクはねぇ、焼き魚が大好物なんですよ。……特にニジマスとかヤマメとか、釣ったばかりの魚をその場で塩焼きにして食べるって、最高の贅沢でしょう?」

 ハンドルを握りながら、葉月は少女に語りかける。

 「休みの日にはよく近くの川へ釣りに行くんだ。……でもねぇ、どうにもボクは下手くそでねぇ。ほとんど釣れなくって。いつも朔海さくみ君に笑われるんです。あ、朔海君ていうのはボクの友人でね。年は……まあ、一応君と同じ……みたいなもん……なんだけどね。ちょくちょく遊びに来ちゃ、色々差し入れてくれるんですよ」


 カーブの多い国道は、車の影も少ない。スピードは控えめの安全運転ながら、わりとスムーズなドライブになっていた。と、市道との交差点の信号が青から黄色に変わり、葉月はブレーキを踏んだ。

 「咲月くん、魚は平気? ……今朝、朔海君が差し入れてくれたヤマメの甘露煮があるんだけど……。やっぱり最近の中高生はそんなの食べないよねぇ……。」

 「……。」

 「ああ、味は保証するよ? ……彼の持ってくる料理にハズレはないから。まあ、とはいえ魚だけじゃやっぱりちょっと寂しいか。肉でも買って帰ろうか?」

 車に揺られること約5分。彼はハンドルを左へ切り、スーパーの駐車場に車を進入させた。すぐにサイドウィンドーを開けて、腕を伸ばす。

 「今日は寒いし、思い切ってすき焼きとか、どう?」

 機械から駐車券を受け取り、遮断機のポールが開くのを確認して、再び車を発車させる。

 「……豆腐と椎茸はたしか冷蔵庫にあったから……後は……。咲月くん、君はすき焼きに他にどんな具材を入れる?」

 店の出入り口にほど近い場所に空いたスペースを発見した彼は、スムーズなバックで正確な駐車テクニックを披露しながら、根気よく少女に問いかけた。

 「エリンギ、白滝。……春菊と……おも美味しいよね〜。」

 「……葉月。すき焼きに麩を入れるのは邪道だといつも言っているだろう。」

 エンジンを切った車の屋根を軽くノックしながら、一人の少年が会話に口を挟んだ。


 「あれ? ……朔海君、何でこんな所に?」

 「何で、だと? 自分で今朝、夕飯に誘ったんじゃないか。なのに家に行ったら留守ってどういう事だよ?」

 不機嫌そうに口をとがらせる少年に、

 「……朔海君、今まだ四時を少し過ぎたばっかりだよ?」

 苦笑を浮かべ、呆れたように言った。

 「今朝、言ったでしょう。今日から家に女の子が一人来るって」

 「……あ、じゃあもしかして、その、隣に乗ってる子が……?」

 「そ。……ああ、咲月くん、紹介するよ。この子がさっき言ったボクの友人、朔海君」

 かたくなに、俯いたまま動かなかった少女は、彼の言葉にほんの少しだけ顔をあげ、感情の映らない静かな瞳で少年を見上げた。


 「この位の年頃の女の子の食の好みなんか分からないからね、一緒に夕飯の買い出しに来たんですよ。良かったら、君も一緒に来るかい?」

 「ああ。すき焼きの鍋におかしなもん放り込まれない様に見張ってないとな。」

 と、憎まれ口を叩く少年に、葉月は苦笑いを返し、

 「朔海君。今日の鍋奉行は君じゃなく、咲月君だよ」

 きっぱり言い渡した。

 「……好きなもの、何でも言ってね?」

 葉月は車を降りながら、座席から動こうとしない少女に声をかける。

 「……。」

 少女は、じっと葉月と少年とを見上げながら、無言の答えを返す。


 「もう、朔海君がいらない事言うから〜。遠慮させちゃったんじゃないのぉ?」

 「ちょっと、僕のせいなの? ちょ、ちょっと待ってよ。僕、まだ彼女と何も喋ってないのに!? ……っていうかさ、葉月。何なのさ、さっきからのその妙な言葉遣いは? いつものまどろっこしい程の丁寧口調を何処へ忘れてきたのさ!?」

 「……む。初対面の女の子相手に小難しい喋り方なんかしたら、敬遠されてしまうかもしれないでしょう。彼女が少しでも馴染みやすいように、一生懸命練習したんですよ?」

 「……不自然。思いっきり不自然だよ、それ。やめときなよ、悪い事は言わないからさ。……絶対に逆効果だと思う。」

 考えてもみなよ、と、頭痛を堪えるかの様な仕草をしながら少年は、

「見た目三十近い男が、ヘラヘラと軽口叩いてるんだよ? 普通引かない?」

と、葉月に対し反論しながら、

「ねえ?」

と、咲月に同意を求める。

 「!?」

 突然に話を振られた少女は、ビクンと身体を強張らせた。

 「……朔海君、話は店に入ってからにしませんか? いつまでも外で立ち話というのはどうかと思いますよ?」

 「……あ。……ごめん、つい……」

朔海は、頭を掻く仕草をしながら、ゴメン、と、咲月に軽く頭を下げた。


 「さあ、行きましょう。早くしないと、夕飯の買い出しに来た主婦の方々でレジが大変な混雑になりますよ?」

 言われて、少女はやむを得ずといった様子で車を降りる。

 「あれ、君……えっと、咲月……さん? ――上着は?」

 車外に出た彼女の姿に朔海が尋ねた。

 「まあ、店の中は暖かいですから。」

 フォローする葉月に朔海は、

「――でも、なあ……」

コートどころかマフラーも手袋もしていない、寒々しい咲月の格好を上から下まで眺め、

「女の子なんだから、身体は冷やしちゃダメだって。」

説教口調になりながら、自分のコートを脱いで咲月の肩に羽織らせた。

 「!、……っ!?」

 「ほら、マフラーも――」

 男の子の手にしては、白くて華奢な手で、流行の結びを器用に作って見せる。

 「……ほぉ。朔海君、さすがですねぇ。」

 葉月は、ニマニマ笑いながら二人を見る。

 「笑うな、……ほら、行くぞ!」

 朔海は、カートにカゴを上下に二つ乗せ、スタスタと先に立って歩き出す。

 「……行きましょう。放っておくと今晩の夕食メニューが彼にジャックされてしまいます。」

 促され、少女は彼に続き、店の自動ドアをくぐった。


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