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Need of Your Heart's Blood 1  作者: 彩世 幻夜
第三章 the actual situation
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感情(おもい)の種類

 「――で、朔海君。……例の件ですが」

 夜。念願の鍋料理を美味しく頂き、皆でカードゲームをたっぷり楽しんだ後で。

 入浴のため席をはずした咲月を欠いた食卓で、ホカホカと湯気の立つココアを啜りながら、葉月は低く潜めた声音で切り出した。

 「……ああ」

 咲月の前では常に絶やさなかった満面の笑顔を哀愁たっぷりの笑みに変え、朔海は椅子を立ち、居間のカーテンを開け満月の浮かんだ夜空に左手を翳す。

 「……まあね。結婚って言ったって、そこは人間界とは違う。良くも悪くも……ね」

 シャラリと、手首を滑るムーンストーンのブレスレットが月明かりを浴び、美しく輝きを放つ――そう、まるでもう一つの満月が、そこにあるかのように。

 「でも……、やっぱり僕には無理だ。たとえ――自分の命を天秤の片皿に乗せられていたとしても」

 手元の月と、夜空に輝く満月とを重ねながら、朔海は寂しげな笑みを浮かべた。

 「……彼女の事、最期まで見守れなくなった事は……勿論、物凄く悔しいけど。無責任だって、分かってるけど。……でも、それでも……僕には……」

 下ろした右手の拳を強く握りしめ、朔海は唇をかむ。

 「夜を照らす月の光が宿り、持ち主の悪夢を追い払うというムーンストーン。月の満ちている時身につけると将来の恋人に出会えるとも言われ……恋人への贈り物にされる場合がままあるそうですが……」

 葉月は、そう言いながら、自分のブレスレットを撫でさする。

 「……折しも、今夜は満月ですね。……もしかしたら、おまじない効果で案外あっさり見つかるかもしれませんよ? 運命の恋人が……」

 「この悪夢を払い、最愛の恋人を――? だとしたら……僕は彼女に一生分の感謝を捧げるよ。僕の全てを賭けても良い……」

 そっと、石に唇を寄せて呟くのを眺めていた葉月は、ため息をついた。

 「――僕の、最期の願いだ。頼む、彼女を……」

 「……残念ですが王子、そうおいそれと頷ける状況でもなくなっていまして」

 そう言って、懐から取り出した一通の書状をスッとテーブルの上に置くのを、ガラスに映りこんだ像の中に見た朔海は振り返り、それを手に取る。

 既に開封済みのそれを開け、ざっと中身を一瞥する。

 「ここ連日、毎日の様に刺客が送り込まれています。これまでの所は、一応全て彼女に気付かれる事なく始末しておきました。……しかし」

 見る見る間に表情を凍らせる朔海。

 「葉月、身体は大丈夫なのか?」

 「……まだ、今のところは何とか。ですが、このままこのペースで刺客が送り込まれ続けるようなら……」

 「…………すまない」

 朔海は、心底辛そうな表情で吐き出した。

 「……僕の頼みなんか、断ってかまわないんだ、これ以外なら。でも――」

 心の底から、絞り出すような声で……。

 「でも……彼女を放り出すなんて……できない……」

 一口、湯気の立たなくなったココアを啜り、小さくため息をついて葉月は苦笑を浮かべ、

「分かっていますよ」

溢れ出してくる朔海の感情を一言で受け止める。

 「私としても、あの男の良いようにはさせたくありません。……私の力も、命も、全て私の物であり、あの男の物ではない。――あの男にだけは、何一つくれてやりたくはありませんから」

普段温厚な彼には珍しく、憎悪さえ垣間見える低い声で葉月は言い切った。

 「…………血、要るか?」

 そんな葉月に、朔海は尋ねる。

 「………吸血鬼の魔力は血に宿り、その源は心臓に宿る。自分より強い魔力を持つ者の血を――心臓を食らえば、その力を自分の物にできる。葉月は僕なんかよりずっと強い魔力を持っているけど……」

 一瞬、言いにくそうに言葉を切った朔海の代わりに、葉月が続きを継いだ。

 「……私の体に流れる血の半分は、人間の血です。日光に対する耐性など、メリットが無いわけではありませんが……、本来、人間の血を引く吸血鬼の魔力はそうでない者に比べ、はるかに劣る。ですが、何の因果か過ぎた力を持って生まれてしまったばかりに……私の体は、その強すぎる魔力に耐えきれない」

 淡々と、表情も変えずに語る葉月に、

 「……僕の血なら――」

 手を心臓の真上に置き、その鼓動を手に感じながら朔海は静かに言った。

 「いにしえの始祖の血を、一番色濃く継ぐ王族の血を引く僕のこの血があれば……その身体、純血の吸血鬼と遜色そんしょくないものに出来る筈。そうなれば……紅姫や青彦の力に頼らなくとも、その力を存分に振るえる筈だ」

 「………………………………………………………………………………………………………」

 無言のまま押し黙ってしまった葉月に、

 「どうせ、あと1年限りの命だ。……葉月、どうする?」

 朔海は再び問いかけた。

 「………………………………………………………………………………………………………」

 たっぷりの沈黙の後で、

「……私が」

葉月は唸るように言った。

 「私が、そんな話を承服すると、貴方は本当に思っているのですか?」

 「……いや、これっぽっちも。」

 怒りをあらわにする葉月に、朔海は軽く苦笑を返した。

 「……でも、何らかの打開策が必要な事は確かだ。そしてこれは、その選択肢の一つ」

 だが、かなり有効な手であることは間違いない。

 「では、私も一つ、貴方に問いましょう、王子」

 「……? 何だ?」

 怖いほど真剣な目つきでこちらを見る葉月の視線に気圧されながら、朔海は聞き返した。

 「貴方が今、彼女に対して抱いている感情ものは何ですか?」

 「え?」

 突然の問いに、朔海は怪訝な顔をする。

 「同情ですか? それとも友情? ――もしくは……恋情」

 が、それに構う事なく葉月は彼を問い詰める。

 「れ、れれれれ、れ、恋情!!??」

 いきなり飛び出た言葉に朔海は思わず声を潜めるのも忘れて叫んだ。

 「まさか! そんな!」

 「――では、何です? 貴方が彼女に抱く感情おもいのその名は……」

 「なっ、何だいきなり! 今はそんなこと関係ないだろ、僕の気持ちなんか……」

 「――大いにあるから、こうしてお尋ねしているのですよ」

 「……え?」

 葉月は、一呼吸の間を置き、言った。

 「何もかも、全てが上手くいく方法が、たった一つだけ存在します」

 大きなため息と共に。

 「……本当は、言うつもりは無かったのですがね」

 「それは……」

 朔海は、期待を込めて尋ねる。

 「……ですが、殆ど机上の空論とも言うべき方法です」

 しかし、葉月はそれを冷たく突き放した。

 「これを成功させるには何より、貴方と、咲月君の気持ちこそが重要なんです」

 葉月は、これ以上ないほど真剣な面持ちで尋ねた。

 「……朔海君。貴方が、彼女に向ける感情おもいは、何ですか――?」



 「…………………………………………………………………………………………………」

 「……と、こういう訳なんだけど」

 廊下の壁に半分身体を預けながら、無意識に、身体をさする咲月の足元で、紅姫が言った。

 「……何か、質問は?」

 「全てが上手くいく方法って、何? 今、私にできる事は、何?」

 息を詰まらせる咲月に、紅姫は静かに言った。

 「……全てを、受け止めて、受け入れる事。ただ、それだけよ」


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