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Need of Your Heart's Blood 1  作者: 彩世 幻夜
第二章 Truth
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2人の正体

 「……あの、どうしました?」

 ボーっと上の空でいた咲月は、突然掛けられた声に、ギクリとし、思わず茶碗を落としかけた。

 「私の顔に、何かついてますか?」

 言われて、ハッと気づく。

 ……無意識のうちに葉月の顔を凝視したまま固まっていたらしい。

 すでに半分以上減っている葉月の食事に比べ、殆ど手つかずの咲月の皿を見て、葉月は心配そうにこちらの顔色を窺う。

「もしかして、どこか具合でも?」

慌てて首を左右に振りながら、

「い、いえ、昨夜つい夜更かしをしてしまって……」

それを否定しつつ誤魔化す。

 「……その、これからどうしようか迷ってて」

 苦し紛れに言い訳をひねり出す。――まあ、あながち嘘ではない。


 ――彼は……


 耳の奥で、紅姫の声が木霊こだまする。


 「遠慮はしないでくださいね。本当に必要ならば、金銭的な援助を惜しむつもりはありません。――裕福とは言えませんが、学業に必要な分位の蓄えは十二分に用意してありますから。」

葉月は、真剣なまなざしを咲月に向けて言った。

 「今が、一番大切な時期です。ここで蓄えた知識や経験が一生を左右する――そう言っても過言ではありません。少なくとも、今の社会はそう出来ていますから……。貴方が、後悔せず、自信を持って歩んでいける未来を選んでください」

 たかが他人。そう切り捨てられても文句は言えない立場にいるはずの自分に、真摯しんしに向き合い、真面目な答えを返してくれる。

 「……っと、そうそうそれと。――うっかり忘れるところでした。昨日、咲月さんが心配してる旨、朔海君にお伝えしましたら、早速返事が来ましてね。明日早速いらっしゃるとの事です。……ようやく土鍋が使えそうですね。UNOやトランプも……」

 昨夜、命の危機だと知らされた人物の名があっさり出て来た事に、咲月は驚いた顔をした。

 「えっ、だ……大丈夫なんですか?」

 その話を聞いてしまった事を、葉月はまだ知らないはずだった。

 実際、葉月は異様に驚く咲月に首を傾げつつも、

「まあ、彼も子供じゃありませんからね。本当にまずい時に用事を放り出して自分の欲求を優先する様な事は無いでしょうから、まあ、大丈夫でしょう」

と事も無げに言った。

 ……その言葉は、一体どこまで信じて良いものなのだろうか。

 咲月は胸に巣食うモヤモヤを悟られぬように気を付けながらも、にこにこ爽やかに笑む葉月をじっと眺める。


 ――葉月と、朔海様は……


 だが、こうして見ても、彼が――だなんて信じられなかった。

 昨夜見た光景は確かに衝撃的ではあったが、一晩明けてこうして食堂に現れた彼は、若干疲労の色こそ残っているものの、特に変わった様子も無く、いつも通りに食事を進めている。

 そう、確かに外見は普通の人間と比べて綺麗すぎるかもしれない。――でも、本当にその程度の違い。


 ――2人は……吸血鬼、なのよ。


 散らばる空の血液パックと共に床に蹲る、口元を血で汚した一人の男の前で、彼女は告げた。


 「……だから、これ?」

 人語を喋る猫という非現実的な生物から聞かされた、実にファンタジックな名詞。

 

 だが、異常な量のパックが詰め込まれた冷蔵庫を前にし、大量の空のパックが散乱した部屋の中で、半分空になったパックを手にした男が、口元を血で汚して蹲っているのだ。

 そこに、吸血鬼だと言われてしまえば、冷蔵庫の中身は彼にとっての貯蔵食料なのであり、床に散らばる空のパックは食い散らかした――というよりは飲み散らかしたと言うべきか――結果であり、手にしたパックはまさに飲みかけ……という説明がつく。


 しかし、それにしても尋常ではない。

 ――吸血鬼というものが、普段どれ程の量の血液を必要とするものなのかなど当然知るよしもなかったが……けれど、この量は明らかに異常である。

 何より、うずくまったまま気を失っている男――葉月の様子こそ、明らかにおかしかった。

 浅く短い呼吸を苦しげに繰り返す彼の顔は脂汗が顔中を覆っている。しっとり湿った着衣を見るに、恐らく身体の方も汗まみれになっているであろう事は容易に想像できた。

 寝台に運んで休ませるべきか、タオルか何かで汗をぬぐう方が先か、それとも――……どうするべきかと迷いながら部屋をぐるりと見回す咲月に、紅姫は、

「大丈夫、大した事ないから。すぐに目を醒ますだろうし、明日の朝までには持ち直すはずだから。今は、このままそっとしておいてあげて」

そう言って部屋から出て行こうとする。

 「……葉月が起きる前に、診療所ここを出ないと」

 彼の言いつけを破ってここにいる事をハッと思いだし、明らかに具合の良くない人間――いや吸血鬼――を放っておく事に罪悪感の様なものを覚えながらも、急いで部屋を後にし、急いで部屋へと戻ったのだが……。


 ……あの状況でそう言われた時は、なるほど、とつい納得してしまったのだけど。


 ちら、とカーテンの閉まったままの窓に視線を向ける。

 紅姫の説明によれば、とりあえず太陽の光を浴びたからと言って命に係る事は無いらしい。

 だが、通常の人間より日光に弱いのは事実で、あまり長い事直射日光に当たっていると、皮膚が焼けてしまうのだという。

 「冬の日差しでも、夏場の海で日焼けしすぎて火傷したみたいな状態になっちゃうのよね」

 それなりに訓練すれば、ある程度の耐性を身につけることは可能なのだと言うが。

 「そうね、葉月はこっちの世界での生活が長いから……昼でも屋内なら問題なく活動できるし、真夏じゃなければ外を歩いても2、3時間くらいは保つかしらね……」

 とはいえ、なるべくなら避けるにこしたことは無い。

 閉ざされたカーテンはそのための配慮だったのだ――と。


 これも、言われればそうだったのか、という気にはなる。


 ――さすがに、一度に全てを聞かせるのは酷だと思ったのだろう。昨夜聞かされたのは、ただ彼らが吸血鬼という、人間ではない生き物なのだという事実だけだった。


 しかし。

 

 「朔海君の事です、どうせまた人の迷惑も考えずに朝っぱらから押しかけて来るんでしょうからね……。幸い、明日は休診日ですし……昼食は何か美味しいものでも食べに行きますか?」


 血を吸う鬼だという、人ではない彼は、これまで咲月が見て来た薄情な人間達に比べ、余程も温かかった。

 一体どうして、人間ではない彼が自分を引き取ったのかと、疑問に思わないでもないが……。


 「ああ、碁盤と将棋盤、見つけておきましたよ。後で綺麗に拭いたら持ってきますね」


 カーテンを閉め切った部屋は、少し薄暗いけれど。

 これまでを思い返せば、日だまりの中にいる様な気さえするこの場所から、逃げ出したいという気にはならなかった。


 だが……。

 もしも……、もしも万が一彼らが豹変する様な事が――牙を剝き、血をすすろうと襲ってくるような事があったとしたら、どうだろうか。

 こんな、ほのぼのした朝食風景の中ではそんな想像はあまりにも突飛に思えてしまうのだけれど。


 紅姫によれば、血液の摂取は血液パックで十分間に合うのだそうで。

 「別に、あなたの血を非常食にしようとか、そんな理由で引き取った訳じゃないから安心しなさい」

 ……との事だった。

 「そもそも、命を繋ぐために必要な量はそう多くないわ。大半の吸血鬼にとって、必要以上の吸血は殆ど娯楽みたいなものよ。そうね、人間が美食を楽しむ様な感覚に近いかもしれない」

 「でも、じゃあさっきのあの大量のパックは……?」

 「……普通に生活している分には、命を繋ぐのにそう多くの血は必要ないけどね。でも、どうしても普段より栄養分けつえきを必要とする時っていうのがあるの。人間も、病んだ時はそうでしょう?」

 「――命の、危機って……」

 「そうね。それに関しては、色々かなり複雑な事情があるから……。詳しい事は追々……順を追って説明するけど……理由はともかく、今、あちらの世界から貴方を狙う刺客が日々送り込まれて来ていて、彼はそれを撃退するために闘ってる」

 言われて、咲月は絶句した。

 「…………え? ……私……の、せい……なの? ……何で?」

  ――行く先々で不幸を呼び込む疫病神。

 そう言われて忌避された過去。まさか、という思いでざっと背を悪寒が走る。

 「……貴方に責任は無いわ。あちら側の勝手な理由だから」

 顔色を変えた咲月に、紅姫は断言する。

 「でも、確かに貴方は狙われていて、葉月は貴方を守るために闘っている。今、必要以上の血を必要としているのは戦闘による消耗を補うためよ」


 何で自分が狙われているのか。その理由は、まだ聞いていない。

 が……血も繋がっていない――おそらく義父母らとも無関係であろう――種族さえ違う、真実他人であるはずの咲月を、自分の命を危機にさらしてまで守ってくれている。

 ……何かしら――おそらく、思惑の様なものはあるのだろうが……今は、それでも良かった。


 そんな風に思える自分は、普通じゃないかもしれない。

 

 でも、もうそんな事はどうでも良かった。



 「実は……、通信系で何か始めようかと思ってるんですけど……」

 咲月は、食事を終えた葉月におずおずと相談事を切り出した。

 



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