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Need of Your Heart's Blood 1  作者: 彩世 幻夜
第二章 Truth
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 「昨夜は良く眠れましたか? ――なんて……すいません、あんな騒ぎでは眠れませんよね……」

 疲れた顔をした葉月が用意された朝食に箸をつけつつ、申し訳なさそうに言った。

 「いえ、……さすがに昨夜は驚きましたけど……慣れれば大丈夫です」

 咲月は、慌てたように笑顔を浮かべた。


 確かに昨夜はよく眠れなかったが――その理由の大半は騒音とは別の理由からだ。


 ――さすがに、猫が喋ったなんて言って信じて貰える訳ないよね……。


 だが確かに猫は言った。

 “――正体が知れたらどうなるだろうな……。”

 あの、非現実的な光景の中で紡がれた言葉。彼らの正体。それを知ったときどうするか。逃げ出すか、現実逃避に走るか――退治するか、受け入れるか。

 「このたけのこの煮物、美味しいですね」

 人畜無害を絵に描いたような彼。そんな彼から逃げたくなるような正体とは一体何なのか。

 気になって、眠れたものではなかった。


 それに、退治って……。ネズミやゴキブリの類じゃないんだから……。


 「それにしても朔海君。昨日といい今日といい、なんでこんな朝早くから来るんですか……」

 一人考え込む咲月をよそに、ため息をつきつつじろりと隣の席を睨んだ葉月に、

「え、だって昨日作ったおかずが余ったから、お裾分けしようと思ってさ」

邪気のない笑顔を返す朔海。

 「冷蔵庫に入れといたから、お昼にどうぞ」

 「……それはありがとうございます。でも、だからってこんな朝早く来る必要はないでしょう?」

 そう言って葉月が眺めた先にかかった壁掛け時計はまだこれから7時になるところだ。

 「どうせ家に居たって暇だからさ」

 「……こちらはいい迷惑ですよ。昨日も言ったでしょう、私はこれから休むところなんですよ?」

 表情を引きつらせる葉月にかまわず、

「ごちそうさまでした」

綺麗に空になった食器を前に箸を置き、丁寧に手を合わせて朔海が言う。

 そんな彼にわざとらしく盛大にため息をついて見せながら、彼もまた空の皿の前で手を合わせ、

「ごちそうさまでした」

そう言って椅子を引いた。

 「では、すみませんけど……昼まで休ませてもらいますね。もし、どこかへ出かけるようなら、玄関の鍵をかけて出てください。鍵は玄関の脇の物入れの引き出しに、ハンコと一緒に入ってますから。」

 立ち上がり、自分の使った食器を流しへと運びながらこちらを振り返り、

「ああそれと、」

さりげなく付け加える。

 「診療所のほうへは立ち入らないでくださいね。一つ扱いを間違えば大変な事になるような劇薬や、危険な医療器具などありますから……」

 さりげなさを装いながらも、念を押すような彼の忠告に、

「あ、はい……」

咲月は素直に頷いて見せる。……が、診療所へと通じるたった一枚の何の変哲もないただの扉が、その一言によって彼女にとってそれ以上の意味を持ったのは言うまでもなく――。


 葉月が自室へと戻った後、朔海と二人で食器を片づけながら、彼との会話もそこそこに、咲月は一人考え込んだ。

 当然、気にならないはずはない。

 だが、彼らの親切に対して、それをあだで返すような行為はしたくないのも事実。

 ――それに。

 一応、当面の収入は目処がついたものの、まさかこのままずっとこの家に居座り続けるわけにはいくまい。無理に急ぐ必要は無くなったが、それでもなるべく早くに一人で生きていける術を得なければならない。

 将来のことなど、今まで考える余裕もなかったが……。真剣に考えなければならないことは、いくらでもあった。

 「今日は天気も良いし……、洗濯物を干したら少し近所を散策してみようかな」

 閉じられたままの分厚いカーテンをめくり、外を眺めながら咲月はつぶやいた。

 ……徹夜明けの目に朝の陽ざしは眩し過ぎるのだろうか、ただでさえあまり多くない屋敷の窓という窓は全て分厚いカーテンが掛けられており、もうじき10時になるというのに屋内は薄暗かった。

 「せっかく寝てるのに、掃除機なんかかけたらやっぱり迷惑だもんね……」

 と、すれば洗濯さえ済ませてしまえば昼食時までは特にやることも無い。 

 特にすることも無くただ家にいれば、どうしたってあの事が気になってしまうだろう。

 ――ならば。

 咲月は悶々とする思いを無理やり頭の隅へと追いやり、朔海に断って片付けの済んだ食堂を出て洗濯機のある脱衣所へと移動する。

 「ついでにお風呂も洗って……、ああそうだ、洗濯機回してる間に玄関先くらいは掃いておこうかな」

 一昨日の強風で砂だらけのアプローチを思い浮かべつつやるべき事を考える。

 そして半ば上の空のまま脱衣所の引き戸を開け――咲月はギョッと一点を見つめたまま固まった。

 洗濯機の隣に置かれた脱衣カゴ。その上にちょこんと座っているのは――まぎれもなく、昨夜見た真っ白な猫。――いや、昨日の猫かどうかは微妙かもしれない。暗闇の中だったし、似たような猫なんかいくらでもいる。それに、一緒に居た黒猫は室内をどう見ても居ない。

 白猫は、固まった咲月の目をじっと見上げたまま動かない。

 「あ……、えっと……、もしかしてあなた、葉月さんの飼い猫?」

 咲月は恐る恐る尋ねた。

 「……」

 が、当然といえば当然だが、猫は沈黙したまま動かない。

 「うっかりしてたよ、咲月さん、その洗濯機の使い方分かる?」

 説明書を片手にやって来た朔海が、不自然に固まる咲月を見て、不思議そうに室内を覗きこんだ。

 「あれ、紅姫べにひめ? こんな所で何してんの?」

 咲月の視線の先に、その白猫を見つけた朔海が呼びかけた。

 「紅姫……、って、あの猫の名前ですか?」

 振り返り、尋ねた咲月に朔海は驚いたように目を見張り、

「え……、もしかして視えて――」

呟きかけた言葉を慌ててつぐみ、

「あ……、ああ、そう。葉月の猫だよ」

と、誤魔化すように別の言葉を口にした。

 「もしかして、もう一匹、黒い猫も?」

 しかし、更に続けて問われた朔海は、またも驚き慌て、

「え……、青彦はるひこ……?」

と、良く知るその知人の名をポロリと漏らした己の口に急いで手を当てふさいだ。

 「……彼を、どこで?」

 が、塞いだ手の隙間からもごもごと、今度は逆に朔海が咲月に問いかけた。

 「昨夜、ちょっと……」

 しかし、咲月もやはり猫が喋ったのを見た等とは言い出せず、語尾をにごした後で、ハッとしたように言う。

 「あの、猫の事、葉月さんは何も言ってなかったけど、世話は……、エサとかあげた方がいいと思いますか?」

 「ああ……、え、と……、できれば、気づいてない振りしてあげて?」

 困ったように視線を彷徨さまよわせながら、取り繕うように朔海が答えた。

 「ほら、今まで男の1人暮らしだった訳で……、わびしかったのか何なのか、猫を飼い始めたんだけど、良い年した大の大人の男が猫を可愛がるなんて決まり悪いとでも思ってるのか、僕にも秘密のつもりで飼ってる猫なんだ」

 まあ、こうしてバレてる訳だけど――。苦笑いを浮かべて朔海が言う。

 「大丈夫、一通りの世話は葉月が自分でやるから。だから、気づいてない振りしててあげて」

 咲月の脇をすり抜けるように部屋へ入り、洗濯機の上へ持っていた説明書の冊子を置き、代わりに猫を抱えあげる。

 「ほら、行くぞ」

 されるがままの白猫は、じっと朔海を見上げたまま、にゃあと鳴いた。

 「ごめん、僕はもう帰るけど……、大丈夫? 他に、何か聞いておきたい事とかはある?」

 やんわりと微笑んだ朔海が言う。

 「……い、いえ、今のところ特には……」

 喉どころか舌の先、唇の手前まで出かかった疑問を辛うじて噛み殺し、咲月は答える。

 「そう? じゃあ、葉月をよろしくね?」

 静かに引き戸を閉め、朔海が猫を連れて部屋を出ていくと、殺した言葉はため息に変わり、咲月の口からこぼれ落ちた。

 葉月の飼い猫だと言う、朔海の言葉。……もちろん、あの挙動不審な彼の言葉を額面通り受け取り、納得した訳ではない。あれは、明らかに嘘だろう。

 だとしたら、あの猫達は一体何なのか?

 少なくとも、葉月と朔海はそれを知っている――それは、彼の態度ですぐに分かった。

 「紅姫と、青彦……」

 身体の色と同様、対の名を持つ、不思議な猫。

 せっかく、別の事を考えようとした矢先だったのに――。

 咲月は再び悶々とした想いを抱えながら、しばらく扉に背を預けて立ち尽くすしかなかった。


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