女神ミリアの優しさ
少し遅くなりまして申し訳ありません。
また誤字脱字などがあれば訂正いたしますので、報告宜しくお願いいたします。
目を覚ました俺はその荘厳な雰囲気に多少のデジャヴを感じつつも目の前にいるあまりに神々しい存在に息を飲んだ。
「ようやくお目覚めですか」
そこにいたのは紛れもなく俺とエリをこの剣と魔法の世界に転生させた張本人だった。
いや、転生という言い方は少し間違っているのかもしれない。
普通転生というのは人がその生を終えた時、輪廻転生によって次の世界に産まれ変わることである。
しかしその点俺たちはだいぶ特殊であり、死ぬには死んだのだが俺とエリの死ぬには死にきれないという思いと、死ぬにはまだあまりに早すぎるという神の恩情を賜って元の姿のまま別世界に転生させられたのだ。
そりゃもちろん普通に死んで輪廻転生の順番を待つというやり方もあったが俺はまだエリと離れたくはなかったし、異世界に興味があった。
エリもついてきてくれると言ってくれてとても嬉しかったのを覚えている。
でも結局は俺のせいでエリを死なせてしまった。こうなるのが分かっていたら輪廻転生を選んでいたかもしれないのに。
俺はエリを思うとまた少しだけ涙が零れた。
「何を泣いているのですか」
腰まで伸びた金色の髪をたなびかせ、大きな椅子から立ち上がったその姿はまさに神話の世界に迷い込んだように美しい。
女神は一歩ずつ俺に近づいて、すぐ傍で立ち止まると白く長いワンピースのような着物をたゆませて、しゃがみ込み膝まずく俺の顔をのぞき込んできた。
ふと視線をやると女神の黄金色の美しい瞳が心配そうに俺の目を見る。
ドキッと心臓が高鳴る。
恋でもしたのかと思うくらいには見惚れてしまったが恐らく人間が神に恋をするようなことは無いため、これはきっと尊敬の念からくる高鳴りだろう。
「いえ、もう泣き止みました」
無理やり笑って答えると女神は余計心配そうな表情を強め、俺の涙を手で拭う。
「無理はしなくてよいのですよ。同じ人間の前で強がるならまだしも、神の前ではそれは無意味なのです。すべて分かってしまうのですから」
「そうっすよね……」
流石神様といったところだろうか。前回来た時もそのようなセリフを聞いたことがある気がする。
「ミリア様、エリや、ほかの仲間たちはもうここにはいないのでしょうか」
俺は一番聞きたくないことと一番聞きたいことを同時に孕んだ質問を投げかけた。
その質問を聞いた女神は俺の中の恋心もきっと見通しているのだろう、悲しそうに眉を顰める。
「彼女がここに来たのは随分と前のことになります」
随分前?彼女が死んだのはついさっきのことのはずである。
「いや、ミリア様。彼女、エリが死んだのは――」
「ええ、不思議に思われるのも仕方ないでしょう、まずはここの時間のことからお話しします」
女神ミリアはそう言って子供を寝かしつける時のように穏やかに語り始めた。
「まずは私の存在について。あなたはとうにご存知のことかもしれませんが、私は輪廻転生を司る神です。人や動物、虫に至るまでこの世の生命の全ての魂を次の世に送る手助けをしています」
「そんなに膨大な量の命を?その命一つ一つにこうして語り掛けているのですか?」
「いえ、こうした時間を設けるのは特例です。あまりにも深い後悔の念や強い精神力を兼ね備えた者に限って、この謁見は行われます。それにほかの命に関しても部署ごとに担当が分かれているのであまり忙しくはないのですよ」
「なるほど、そこに関しては分かりました。ですが時間は?」
「ええ、一番の問題はそこなのです。私たち神と呼ばれる存在は良くも悪くも何かを成すために生まれ、そして今なお使命を遂げるために私はこうして輪廻転生を司っているのです。しかし私を含めどの神にも言えることですが、その使命を終えるのには途方もない時間が掛かるのです。豊穣の神や戦の神にしてもそう。
なので私たち神の世界では時間があなたたちの世界よりも数千倍、もしかしたら数万倍かもしれません、そのくらい早く流れているのですよ」
「……と、いうことは」
「先ほど言った通りです、谷津絵里は随分前にここにきて今は輪廻転生の――」
「もういいです!わかりました、もうなにも言わないでください」
ショックだった。文字通り命の恩人だった女神様に対して声を張り上げるほどに。
エリにはもう二度と出会うことは無いのだ、そう思ったら自然と涙が零れてくる。
そして旅を共にした仲間たちにももう二度と会えない。
二度とあいつらと軽口を叩きあうことは無いんだ。
「う、うう……」
声を押し殺して泣いていると女神様は困ったような顔をして、
「アキ、確かに随分前にここに来たとは言いましたが――」
『ギギィ』
ふと、背後の謁見室の大きなドアが不意に開く音がした。
「ミリア様!今日の分の輪廻転生、動物の部終了しました!」
聞き覚えがある声と共に誰かが入ってきた。
「まさかお前は……」
ついさっきまで俺が守っていた人、そして俺を守ってくれた人。深紅の髪の毛はだいぶ伸びたが、綺麗な顔立ちやその男にも間違えられそうな貧相な胸は一切変わらない。
「それはお疲れさまでした。ですが謁見中に入ってきてはいけないと命じたはずですよ」
「そ、それは失礼しました!今すぐ退出いたします!」
そいつは俺に気づかずに謁見室を後にしようとする。おそらく女神さまにしか目が行っていないのだろう。
「フフッ、相変わらず気が抜けてんなぁ、大事な時はものすごく頭が切れるってのに」
お辞儀をして丁度扉を閉めようとしていたそいつは一瞬硬直する。
「君もしかして……アキなのか!」
ドアを思い切り開くとこちらに猛ダッシュで走ってきた。
俺も立ち上がり両腕を広げて待つ。
「アキ!」
そして勢いを殺さぬまま俺に飛びついて、名前を呼んでくれた。
お互いこれでもかと言うほど泣いていたのは言わなくてもわかるだろう。
「久しぶりだな、エリ。待ったか?」
俺はエリを強く抱きしめながら言った。