禁断の再会
続きです。
酷い頭痛とともに目を覚ました俺は即座に起き上がり、先程までエリを介抱していた場所へ急いだ。
もしかしたらエリが生きているかもしれないと、見慣れたあの誇らしげな顔を想像し淡い希望を抱いて。
しかしすぐに現実を叩きつけられた。
勇者、谷津絵里は死んでいた。俺を助けたせいで。
酷い後悔で心が澱んでいく。
「エリ!エリッ!おい、実は生きてるんだろ!?目を開けてくれよ、頼むからッ……」
エリの傍らで跪き、冷たい頬に触れた。
涙がとめどなく溢れてくる。
その涙がエリの頬に滴り落ちた時、俺はようやくエリの表情にきづいた。
「幸せそうな顔しやがって……、こんな結果で勝ったつもりかよ、クソ……」
エリはいつも通りの勝ち誇った表情のまま亡くなっていた。
もしこれが俺に対する罰ゲームなら本当に酷い塩梅だと思う。クソゲーだ。
「お前は俺に生きろって言ったよな、なんでだよ。お前がいなくちゃ息を吸うのも辛いっていうのに」
目を腫らし涙が出なくなっても泣き続け、脚色なく息をするのが辛い。
『なら君と私が逆の立場ならどうする?』
頭の中でエリの声が聞こえた。
俺が前世でエリを騙しまくっていた時によく言われていたセリフだ。
「こんな時まで説教かよ、お前らしいというかなんというか――」
泣きつかれた俺はエリの死体と愛剣を担ぎひとまず城から離れることにした。エリの右腕も忘れずに。
極度の疲労と、エリを失った事による精神的なショックで起こる眩暈とぐらつく足元を踏ん張りながら、がれきの山をかき分けて城内から抜け出したとき俺は再びショックを受けた。
城外で魔物たちと戦っていた王国の騎士たちは一人残らず死に絶え、僅かに――といっても百数匹は残っている魔物たちが騎士の死肉を貪っていたのだ。
「チッ、まだ残っていやがんのか、しぶといクソ野郎どもめ」
共に戦ってくれた王国騎士の名誉のためにもあの魔物たちはすべて葬り去ってやりたいが、しかしこちらも満身創痍である。
とりあえず周りに魔物の生き残りが居ないことを確認すると、近くにあった塹壕にエリの死体を隠す。
「お前の剣、借りてくぞ」
見た目にそぐわず意外と軽い片手剣を震える両手で握り直すと、俺は魔物に向かって突進していった。
勢いよく突進したはいいがこの体力だと一度にすべて相手にしたら敗色濃厚だ。
とりあえず暗殺者を複製しつつ、群れからはぐれているリッキーという名前のゴブリンに後ろから切りかかる。
「グギィィッ」
振りかぶった剣で勢いよく首を跳ねると、そのまま同じ要領で次々にリッキーたちの首を跳ねていく。
こいつらリッキーゴブリンはまさに俺たちが想像するようなゴブリンそのもので、一体一体はそこまで強くはないが集団で襲い掛かられるとかなり厳しい。
狡猾で卑劣な手段もためらいなく使用してくるので、そうなる前に一匹ずつ狩っていくのがセオリーだ。
そんな具合ではぐれていたリッキーたちをあらかた狩り終わった後、俺は次の手をどうすべきか決めあぐねていた。
残りのリッキーたちは集団で行動しており、しかも騎士たちから奪ったであろう、王家の紋章入りの弓や剣、槍などまで所持している。
どうしたものかと、がれきに隠れて様子を伺っているとやばいことに気づいた。
狩り損ねたはぐれリッキーが先程エリの死体を隠した塹壕に近づいているのだ。
「早くあいつを殺さないと!」
そうは言ったものの、安全に隠れながら行けば先にリッキーに死体を見つけられて無残に食い散らかされてしまうし、突っ切れば間に合うかもしれないが、いずれリッキーの集団に見つかりジリジリと追い詰められ、エリの死体を守り続けた俺もあの世行きが確定だ。
「エリならどうする……」
俺は深呼吸をして息を整えると走る準備をする。
きっとエリならこのまま突っ込んで必ず守り抜くだろう。
これが考え抜いた結果の答えだった。仲間がいたならもっとやり方はあったのかもしれないが俺は唯一の生き残りだ、現状ほかに手は無い。
「よし、3・2・1でいこう……」
冷静になるために自分に声をかける。戦場では冷静さを欠いた奴から死んでいくのだ。
火急を要する場合なら別だが。
しかし用心するに越した事はない。
「3……2……1……、ゼロッ!」
勢いよくがれきの影から飛び出しはぐれリッキーに向かっていく。
暗殺者を複製しているので走るのが途轍もなく速い、もう追いつきそうだ。
そのまま背後まで接近してリッキーの首を跳ねた瞬間、俺は思わず硬直した。
「「「「「「「ギィェエエエエエエエエッッ!!!!!!!!」」」」」」」
まだ残っていたのだ。塹壕の中に、リッキーの群れが。
あのリッキーははぐれてなどいなかった。
一見しただけでリッキーの数はおよそ三十匹ほど。
おそらく塹壕の中で死んだ人間から装備をはぎ取り死肉を貪っていたのだろう。
俺はとっさにエリを確認する。よかった、まだ誰も手を付けていないようだ。
しかも塹壕なら丁度いい。
すでに冷静さを欠いた頭で考える。
「炎系の魔術をぶっ放せば一網打尽っしょ!」
狭い塹壕内で魔法を放てば行き場を失った魔法がリッキーたちを全て殺しつくしてくれるはずだ。
塹壕を登ってこようとするリッキーたちを切り伏せつつ、魔術師を複製する。
「魔術師を複製!モノマネ、エターナルフレイ――」
ここで俺は大きな過ちを犯したことに気が付いた。
炎系の最大魔法、エターナルフレイムを唱えれば塹壕内は焼き尽くし、蔓延るリッキーたちを殺せるのは事実だろう。
しかし見落としていた、塹壕内にはまだエリの死体が取り残されたままなのだ。このまま魔法を放てばエリの死体まで燃やしてしまうことになる。
そんなことは絶対にできない。
しかしリッキーたちには好都合だ。
片手を宙に掲げたまま一向に魔法を放たない俺を見て、反撃のチャンスだと言わんばかりにリッキーたちが塹壕から溢れ出る。
そしてそのまま数で押してくるリッキーたちを一歩遅れて魔法で応戦するが、小賢しいリッキーたちは俺が魔術師ということを理解して近接戦闘を仕掛けてくる。
このままでは本当に死にかねない。
しかしこれでは複製する暇も無いため徐々にジリ貧になっていくばかりだ。
「クッソ、燃えろ!フレイム!フレイムッフレイ―ムッ!!」
苦し紛れに小魔法を乱射するが現状は一向に良くならない。
そんな俺を見てさらに調子づいたリッキーたちは耳が張り裂けそうなほどに大きな雄たけびを上げ、より強引に距離を詰めてくる。
しかし俺もエリの為にまだ負けていられない。
そう思い、エリの死体の方に視線をやった時だった。
一匹のリッキーがエリの右手を持ち上げ嬉しそうにかぶりつこうとしているところを見てしまったのだ。
パキッと心が折れる音がする。
抵抗する力が無くなり、リッキーたちに押し倒される。
俺の顔をのぞき込むリッキーの生暖かい息とともに死を予感した。
耳元では耳障りなリッキーの声が聞こえる。
そんな中、俺は目を瞑りエリのことを思い出していた。
もし天国があるならもう一度彼女に、エリと会って話をしよう。
もしかしたらまたどこかの世界に転生するかも、なんて考えながら。
柄にもないことを思案しながら次の瞬間に訪れる死を待つ。
「「「ギュアアアアア!!!」」」
今までで最も猛々しく耳障りな雄たけびが聞こえ、ほとんどそれと同時に、鋼の剣が何かを貫いた音が聞こえた。
刺されたな。
だが痛みは無い。人間死を覚悟すると痛みを感じなくなるのだろうか、もしくは俺はもう死んでしまったのか?
先程まであんなに騒がしかったリッキーたちの声が一切聞こえない。
恐る恐る目を開けてみると今までの戦場の雰囲気とは全く違う、荘厳な雰囲気の漂う王の謁見室のような場所だった。
「一体どこだここは?また転生か?てことはエリも――」
「ようやく目覚めたのですね」
正面の玉座の方から透き通った女性の声が聞こえる。
ああそうか、思い出したぞ。
俺をこの世界に送り込んだ張本人のことを。
また俺はここへやってきたのだ、転生の女神『ミリア』のもとへ……。
そしてそれと同時に俺は死を自覚した。