プロローグ
「被告”アリス”」
国立”志刻学園”。
日本のある地域に建てられたこの学園には、才能ある学生たちが集められ、日々その学生達の才能開花の為の授業が行われていた。
「お前の罪状は”アリスである事”」
誰もが夢見るそこでの学園生活。
私、”有川 菫”は、そこへ急遽転入する事となり、そして―――
「よって、有罪。被告”アリス”を、死刑とする」
突如として、死刑判決を言い渡されたのだった。
”アリスの学園闘争”
それは、私がまだ小学校低学年の時の事。
私の幼馴染みが、こんな事を言いだしたのである。
「俺、”ちゅうがくせい”になったら、”しこくがくえん”って所に入学するんだって」
その言葉を聞いた時、「へぇー、そうなんだ」という興味無さ気な返事をしてから、今日の献立の話について語り始めてしまった自分自身を、私は未だに、よく覚えている。
その当時の私は、どうにも馬鹿だったらしい。
”しこくがくえん”・・・つまり、”志刻学園”という場所は、スカウト制であり、才能ある人間しか入る事が許されない、エリート校だったのである。
学校の情報などにあまり興味の無かった私は、どうせ彼と同じ学校に通えるのだろうなと、甘い考えを抱いていたのである。
流石のその幼馴染も、困ったような表情で此方の話に答えていた。
それについて後で知った私は、彼に会えなくなると思い、暫くの間酷く泣き喚いていたらしい。
別に、一生会えなくなる訳では無いからと何度も説得されて、私は泣き止んだそうだ。
サッカー選手としての才能を秘めていたらしい彼は、小学校低学年から既にエースストライカーだった。
私も、何度も彼の応援に行ったものである。
「俺、絶対凄いサッカー選手になるよ」
「うん・・・”かなた”ならなれるよ!だって、”かなた”が凄いって事、私知ってるもん!」
そう言って、決して上手とは言えない、歪な、手作りの白うさぎのキーホルダーをお守りとして渡した私は、彼と別れた。
中学校に上がってからも入ってくる、彼の活躍報告は、私を唯一安心させてくれる情報だった。
きっと私は、幼い頃から優しかった幼馴染みに、恋をしていたのだろう。
自身の恋愛に対する純粋さみたいな物は、最早同級生の子達からも賞賛されるような物になっていた。
そんなある日の事だった。
先生から、ある通告を頂いたのである。
「志刻学園への・・・編入?」
「そうだ」
それに、私は深く戸惑った。
一体、私の何の才能が認められて、志刻学園への編入の話が舞い込んできたのだろうか。
そう思って、目の前にいる先生に、それに関して問い掛ける。
だが、対する先生も、困ったように頭を軽く掻くだけで、
「私にも分からないんだ。だが、急に有川の編入についての話が来てな・・・どうする?受けるか?」
そう問い掛けられて、私は固まった。
・・・志刻学園への編入の話?
勿論受けたい。
だってそれは、自身の才能が認められたという事だから。
だけど、私のどんな才能が学園に認められたというのだろう。
・・・分からない。
こんな状態で、私が学園に入ったり何かして、みんなと上手くやっていけるのだろうか。
怖い・・・だから、頷き辛い。
「・・・その、少し、待って貰う事は出来ますか?」
そう言うと、先生は驚いた様子を見せたが、静かに頷いた。
まさか、そういう答えが返ってくるとは思わなかったのだろう。
普通の人間ならば、喜んで!と返事するものだろうからだ。
だって、友達に相談してみたら、何故悩むのかと、逆に心配されてしまった。
帰って親に相談してみても、行くべきだと、とても喜ばれてしまった。
「・・・私、どうしたらいいのかなぁ・・・」
志刻学園・・・そこには、私がずっと気にかけている彼がいる。
そう、幼馴染の彼が。
「・・・”かなた”」
長い間、ずっと忘れずにいるその幼馴染みの名前・・・”大葉 彼方”。
私は、そんな彼を思い出し、迷う事なくスマートフォンから彼へと電話を掛けるのだった。
―――――
部屋の隅に置かれている机から、小さな曲が聞こえてくる。
それに、立派な椅子に腰掛けていた男性が目を向け、近くで書類に目を向けていた男性へと声を掛けた。
「・・・”彼方”、電話が鳴っているぞ」
「あぁ・・・後で掛け直す。というより、今はそれより大変な事態が起きてるだろ。俺はそれを、何とかしないと」
「そうだな。彼方、他の組より先に情報を集めろ。それも大量のだ」
「分かってる・・・”クラブ”の奴らには敵わないかもしれないけど、”スート”の奴らを総動員させるよ」
「あぁ、そうしてくれ」
そう頷いてから、席を立つ男性。
そして、後ろの窓から覗いて見える三つの校舎を見て、彼は笑い声を漏らす。
「あぁ、彼方。まさか、考えも寄らなかった。まさか俺の代で”彼女”が現れるだなんてな」
「全くだよ・・・お陰で、俺の高校生活は大変な事になりそうだ」
そう溜息を吐く彼に、彼は視線を向ける事なく続ける。
「見てみろ、彼方。”ハートのトランプ兵”と”クラブのトランプ兵”が、一足先に動き出した。この調子だと、”ダイヤ”が動き出すのも時間の問題かもしれないな」
やけに楽しそうに告げる彼に、彼方は呆れた様な視線を向ける。
何故こんな危機的状況を、彼は楽しんでいられるのだろうか。
そして、未だ処理の終わらない書類の束を机に置き、彼の横に立つ。
「・・・『ハート』も、『クラブ』も、『ダイヤ』も・・・そして、俺達『スペード』も動き出した。それほど脅威的存在なんだよ、”彼女”は」
「だがその分、此方に取り込む事が出来れば、最大限に利用出来る人間だとは思わないか?」
「そんなの、諸刃の剣だ。何故貴方は、”彼女”をそこまで気に留める」
そう彼方が問い掛ける。
すると彼は、またも小さく笑いを漏らし、彼を横目で見つめた。
「決まっているだろう。今まで、”彼女”を真に味方に付ける事が出来た人間はいなかった。だからこそ、俺がそれを成せば、きっと俺は、”あれ”に近付ける」
「・・・もう、何だっていいさ。俺は貴方の思惑通りに動くよ、”キング”」
そう呆れた様に呟く彼に、満足気に笑みを零した後、『キング』と呼ばれた彼は、天井を仰ぎ見る。
「さぁ・・・我らが『アリス』のご帰還だ」
そう言って、何時もの彼らしからぬ上機嫌な様子を、彼方は呆れた様子で見つめていたのだった。