家への招き
病院を出ると、辺りは電灯が灯っていた。
確か殺人事件が起きたのも夜だったな。
「早めに帰るか。」
と、思ったが、冷蔵庫には食材が入っていない。
さすがに断食というわけにもいかないしな。
「スーパー寄るか。」
こう見えて、家事は一通りこなせる。こう見えてな。一人で生活することが長かったため、自然と生活スキルは身についている。
「えーと、人参、ピーマン、豚肉……と。こんな感じでいいか。」
人参、ピーマン、豚肉を買っとけば、後は適当な調味料使って野菜炒めが作れる。
「いちいち買い物行くのも面倒だし、他の食材も買い溜めておくか。」
使える食材を一通り買い物かごに入れ、惣菜のコーナーに入る。普段は惣菜を、買うことはないのだが、偶にはいいだろう。
すると、見覚えのある人影が目に入る。
「……ん、んん。」
俺が怪訝そうに見ていると、向こうも気づいたのか慌てたような素振りを見せる。
「え、えと、美作さん⁉︎」
話しかけられては仕方ない。俺も相応に返すしかないだろう。
「こ、こんばんは。真理沙さん。お買い物ですか?」
「う、うん。今晩の夕食の食材を……。」
彼女の買い物かごを見てみる。惣菜のパックとインスタント食品が山積みになっていた。
は〜ん、なるほどな。
「真理沙さんは寮生活と聞きましたが、やはり自炊なされるんですか?」
「へっ?う、うん。それはやっぱりね、うん。」
おい、言葉に説得力ねぇぞ。
「そう。す、するんだけど、ね。」
何故か小動物のような目でちらちらとこちらを見てくる。おい、やめろよ。何だ、その顔は。周りから変な目で見られるからやめて?
取り敢えずこの状況を何とかしよう。
「え…と、良かったら私の家で夕飯食べていきます?」
「いいの?」
「は、はい。」
やっべぇ。こいつは敵だぞ。
その場凌ぎでとんでもないことを言ってしまった。
くそ、何とか耐えろ、俺。
俺が住んでいるのは学校からは遠くなるが駅近くの高層のマンションだった。賞金稼ぎなんて仕事してただけあって金はあるぞ。
「え、ここ、美作さんの家なの?なんか随分と高級な雰囲気が……。」
「ま、まぁ父親の建てた会社が海外にも店舗がありまして。」
「え、お父様が会社の代表ってこと?」
「そのようなものです。」
嘘ですけどね。
両親は幼い頃に死んでるからな。父親なんて顔すら知らねぇ。
「どうぞお入りください。ここが私の部屋です。」
「お、お邪魔します。」
一人で住むには勿体無い広さだ。もうちょいランクを下げても良かったのかもしれない。
「部屋も綺麗ね。ちゃんと整理されてるし。」
「ええ。とは言っても週一くらいでしか掃除はできてないのですが。」
「え、でも私なんか年に一回くらいだから全然いいと思うわ。」
「そ、そうですか。」
こいつ真面目そうに見えて家事とか生活スキルは皆無なんじゃねーか?家の中どうなってんだよ。
こいつを招き入れたのはよろしくないのだが、幸い見られてまずいような物は置いてないし、オッケーだろう。
「今、夕飯の支度するので適当にくつろいで下さい。」
「ええ、ありがとう。」
作る料理は予定通り野菜炒めと味噌汁でいいだろう。ご飯は昨日炊いた麦飯が三盒近く残ってるからそれで良し。
「あ、美作さん。この写真て、美作さんのお母様かしら?」
げ、写真をそういえば出しっぱなしだったか。あ、そいや部屋の雰囲気にはいいのかと思ってそのままにしてたんだ。
幸い、俺の写真は立ててないはずだ
「ええ、そうですが。よく母だと気付きましたね。」
「気づくも何も、美作さんとそっくりよ。」
―――ああ、そういえば。
女になってこの姿を見た時、どこか見覚えのある顔だと思った。長らく忘れていて記憶の底に沈んでいた。
俺を物理的に女にしたのは院長だ。母の面影があるこの身体にしたのは理由でもあるのだろうか。
どうでもいいがな。
「 こっちの写真は友達……かしら?」
やべぇな。写真筒抜けじゃね?でもその二枚の写真しか表に出してなかったはず。……その筈。
「そうですね。友達です。思えば初めての友達だったのかもしれませんね。」
ったく。こいつは俺が蓋をしていたはずの記憶に土足で上がり込んでくるな。
ふと脳裏に浮かぶのは、ゆらゆらと揺れる陽光のような髪に深海を連想させる碧眼。微笑む姿はどこか儚げで、思い出す度、胸をかきむしるようだった。
「……そっか。」
真理沙はそれ以上は聞いてこなかった。まぁ、執拗に聞いて欲しくないんだけどな。
「お待たせしました。簡単な手料理ですが、どうぞ。」
「それではお言葉に甘えて。いただきます。」
真理沙は櫃に残っていた米を全て平らげ、終いには、パン一斤を食した。どんだけ食うんだよ、こいつ。
「ふぅ。ご馳走様。」
「お粗末様です。しかし、何故今日は私の家に来ようと思ったのですか?」
「あ、大したことじゃないんだけど、今日あんな事件起きたから大丈夫かな、と。」
あんな事件、とは校内で起きた事件を指しているのだろう。この口振りからして俺が現場に居合わせていたことも知っているようだ。
どうもきな臭いな。鎌をかけてみるか。
「生徒会長に観察するよう命じられましたか?」
「え、どうしてそれを。」
なんだビンゴかよ。
「今日、生徒会長に疑われまして。凄惨な光景を前に態度が冷静すぎる、と。」
「だから、会長は私に命じたわけね。」
真理沙はそんな心配不要なのに、とでも言うように溜息をつく。真面目なくせ、一旦味方と判断した相手には甘そうだな。
それはそうと、生徒会本人から生徒会の情報を入手しとくか。
「そういえば、真理沙さんも生徒会の一員なんですよね。校長から生徒会は戦闘のエキスパートばかり集められていると聞くのですが。」
「そうね。天ノ御簾の生徒たちは戦闘に携わらなければ、霊力を持つだけで、普通の女の子と何も変わらない。けど、生徒会のメンバーは戦闘術に精通していて、国家レベルの犯罪討伐にも関わってきた。」
国家レベルか。相当じゃねーか。
それじゃ、鬼の力全開の俺でも勝てるか分からんな。
やや、魔理沙の声のトーンが低くなる。
「だから、国の許可が降りたとはいえ、殺してきたわ。私が一方的に正しいのは分かっているけど、殺してきた。」
瞳が濁っているように見えた。
「真理沙さん?」
「いえ、ごめんなさい。余計な話ね。」
彼女なりの罪科があるのだろう。
罪とは背負ったその瞬間から払拭されることは永遠にない。
いくら手を洗った所で血の色が消えることはない。芯まで穢れが染みついている。
「……ん?」
ふと、妙な臭いがする。
「……これ、は……。」
どうやら真理沙も気づいたようだ。
恐らく、この臭いは魔力だ。