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ちんこがねぇ…?

 ドクンと心臓の鼓動が響く。失った筈の感覚が蘇り、傷の痛みも消えている。

 冷え切った筈の体はほのかな温もりのお陰か芯まで温まっているようだ。

 意識が徐々に覚醒し、ゆっくりと瞼を開ける。


「……あ?どこだ、ここ。」


 見知らぬ天井に壁、そしてベッド。つん、と消毒液とメスの匂いがすることから恐らく此処は医療関係の施設なのだろう。

 此処が医療施設だとしても、民間の病院であることは有り得ない。俺のような殺人鬼を受け入れる施設はまずないだろう。

 であれば、此処は特殊な医療施設ということになる。


「いや、それ以前に……。」


 何故、俺は生きている?

 俺はあの時、確かに心臓を射抜かれた筈だ。鬼は人間より頑丈なため、心臓の機能が停止して尚、数時間は存命できるが、所詮そこまでだ。

 禁忌にでも触れない限り、蘇生は不可能だ。


「一体どうなってやがる……?」


 考えれば考えるほど謎が溢れてくる。

 今、俺が分かる情報は自分が生きているということのみ。

 それ以外は右も左も分からない、まるで赤子のようだった。


「魔力の方は……。」


 何処とも分からない場で、魔力を放出するわけにはいかないが、身体の次に重要となる確認項目である。

 目を瞑り、己の魔力の気配を探る。


「……どうなってるんだ?」


 体内から魔力の流れを全く感じない。


「……これだと、敵に惨殺されるのがオチだぞ。」


 最も生きることより、死ぬことを願った身だ。

 あの時、俺は死ねる筈だったのに。


「思うようにいかねーな。」


 すると、誰かがこの部屋をノックした。

 瞬時に身構えようとするが、起き上がれない。身体が石のように重たい。


 ガラリと扉を開けたのは高身長の女性だった。


「……っ?」


 しかし、不思議と威圧的な雰囲気はなく、寧ろ穏やかに微笑んだ。


「こら、駄目じゃない。無理に動こうとしちゃ。まだ安静にしてなきゃ駄目なんだから。」

「誰だよ、お前……。」

「誰とは失礼ね〜。私は五十嵐総合病院の医院長の五十嵐小百合(いがらし・さゆり)よ。よろしくね〜。」


 医院長というわりにはまだ若い。せいぜい三十路手前といったところだ。

 いや、そんなことより―――。


「総合病院…って、まるで一般市民が通うための病院って感じじゃねーか。」

「えー?だって此処は善良な市民のための善良な病院だもの〜。当たり前でしょ〜?」

「は?」


 そんなわけあるか、と疑いたくなったが、彼女が嘘ついているようには見えない。


「ま、病院自体は至って普通だよ。私も表向きはこの病院の医院長だし。」

「表向き?」


 すると、にこやかな彼女の微笑みに僅かながら棘が入る。


「裏では異能医師として務めてるよ。白鳳充(はくほう・みつる)くん。」

「やはり、俺を知ってたか。」

「自分の患者のことくらいは知っておきたいからね〜。」


 俺を看る医者が一般の医者である筈がない。

 だが、看る医者が異能医師であったとしても助ける理由はない筈だ。


「何故、俺を治した?どうやって治した?あの時、瀕死の状態だっただろ?」

「ふふ。何か勘違いしているようだけどタダで治すわけないでしょう?連続殺人鬼くん?」

「……ああ?」


 見た目は朗らかに見えても、敵は敵。いつ何時も気を許してはいけない。

 いっそのこと外見も凶悪な者であれば良かった。見た目から凶悪な闘気を発していれば悩む余地はない。

 この女の場合、見た目が善良なだけに、仮面の下にはどのような表情が隠されているか分からない。


「そっか。今、充くんは動けないもんね〜。自分がどんな姿にされてるかなんてわかんないもんね〜?」


 舌を舐め回すような台詞。ゾッと寒気がする。


 ―――この女、危険だ……!


 目の前の女医はポケットに手を突っ込み何かを取り出そうとする。


「ふふふ、もう嘗ての貴方には永劫戻れないわ!」

「………っ!」


 女医が取り出した物は―――。


「………あ?」


 彼女が取り出した物は全く魔力とは無縁の物だった。


「おい、何だよ、それ。」

「ん?手鏡?」

「いや、そうじゃなくて何で手鏡なんだよ。」

「だって鏡見ないと自分がどんな姿してるか分からないでしょ?」

「いや、まぁそうだけど意味わかんねぇよ。」


 パッと鏡を突きつけられると、そこには見目麗しい少女の姿があった。

 背中にまで届く艶やかな黒髪に可憐な瞳、桜色の唇。


「おい、誰だよこいつ。」

「え?君だけど?」

「あん?」

「いや、だから白鳳充くんのビフォーアフター?」


 つまり、だ。

 この見目麗しい少女は俺ということか。

 ―――は?俺?


「はぁ!?」

「反応遅いよ〜。もう。自分の可愛さに見惚れちゃった?」

「んなわけねーだろ。助けるにしても姿変えなくて良かっただろ!」

「殺伐とした感じが消えて良かったね!」

「良くねーよ!どうすんだこれ!」


 この女はいつか殺そうと思う。

 いや、そんなことよりも確認しなければならないことがある。

 身体を起こすことは不可能でも腕は辛うじて動かせる。その腕で股間に手を当てた。


「ち、ちんこがねぇ?」


 と、なるともう一つ確認しなければならないことがある。

 胸を揉んでみる。ムニュリと確かな弾力があった。


「ぅ……ぁん」


 胸を揉んだ衝撃でつい変な声が出てしまった。


「わ〜、エロい声。感度もばっちりだね!」

「うるせぇっ!」


 嘗ての逞しい面影はどこにもない。

 すると、誰かがノックしてきた。


「どうぞ〜」

「勝手に入れるなよ。」


 入ってきたのはビジネスウーマンのような雰囲気の女性だった。


「お取り込み中、失礼。」


 キリッとした真面目さが印象的だが、どうにもおかしい。

 だって普通はラーメン啜りながら病室に堂々と入ってこないだろ。


「先生、来てくれたんですね。」

「そろそろ目覚める頃だと思ってな。」


 このビジネスウーマンと女医は師弟関係か何かだろうか。妙に親しいな。

 すると一通りの会話を終えたのかビジネスウーマンが俺の元へやってくる。


「さて。白鳳充くん。今回の小百合に治療を任せたのは私だ。」

「余計なことすんなよ。」

「私を余計と言うのはこの口か?ん?」

「す、すみませんでした。」


 何処からか取り出した洗濯バサミで舌を挟まれる。

 即座に謝ると「分かればいい」と言って、どかりとパイプ椅子に座る。

 真面目なビジネスウーマンなのは見た目だけで中身はおっさんのようだった。


「さて。まぁ、今の君を見て嘗ての連続殺人鬼と気づくものは少ないだろう。」

「そうだな。」


 見目麗しい少女が残虐な殺人なんてするわけないもんな。


「それに今は魔力も流れていない。何処からどう見ても平凡な少女だ。」

「そうだな。」


 悔しいが、今の俺は無力だ。


「そこでだ。君には私が経営する学園に入校してもらう。」

「嫌だよ、面倒臭い。」

「君は馬鹿か。魔力もない上に戦う術もない今の君に選択肢なんてないんだよ。」


 沸々と溢れてくる殺意をどうにか留める。確かに今の俺には選択肢がない。

 このビジネスウーマンはこの前の巫女をも上回る実力の持ち主であることは一目で分かる。


「まぁ、しかしだ。今のその汚ったない言葉遣いでは女子高生も怯えてしまう。そこで、だ。君には淑女の振る舞いをこの一ヶ月で身につけてもらう。その後は君も女子高生の仲間入りだ。」

「あぁ?なんだその無茶苦茶な要請は……っ!」

「おっと、君の返事はイエスかはいのみだ。それ以外の答えが出るようならば肥溜めの底の底まで突落とすぞ?」


 最早、否定の選択肢は有り得なかった。仮に否定したとしても何をされるか分からない。


「……はい。」

「聴こえんぞ?腹の底から声出るだろう?」

 

 鬼かよ、この女は……。

 だが従わねば、この先が危うい。

 何とか憤怒を押し殺して、腹の底から声を出した。


「はいっ!」


 すると、先ほどまで悪魔のような表情だったビジネスウーマンは打って変わり、晴れやかになる。


「はっはっはっ。やれば可愛く返事できるじゃないか。あまり年長者を怒らせるなよ?小娘。」


 魔力が戻っていれば、すぐさま殺してやりたいところだった。


---


「上手くいきましたね。」

「あの程度の小童を誑かすのは容易いもんだぞ。」


病院の屋上に上がった小百合とビジネスウーマンもとい、天ノ御簾女子高等学校校長の米川千寿江(よねかわ・ちずえ)は缶コーヒを手にしながら街の景色を眺めていた。


「他の奴らに取られる前に彼を、あ、今は彼女か。彼女を此方側に付かせたのは僥倖でしたね。」

「ああ。他の連中供も気付いていない。暫くは私の学校で保護すれば問題もない。ところで今の身体は彼に馴染んでいるのか?」

「ええ。『彼女』の身体を参考にして設計しましたので。血縁者である彼はこの上なく馴染んでいると言って良いでしょう。」

「そうか。それは良かった。」

「ですが、安心もできません。」


 千寿江はコーヒを啜る。じんわりとした甘みがあると同時に甘みを打ち消す程の苦味があった。


「あの身体が持つのは精々数年。あの身体で再び鬼の力が目覚めるようであれば、今度こそ彼の命はない。」

「……そうか。」


 千寿江は目を細めて夕陽を見つめた。

 夕陽は幻想的なまでに美しい。その美しさに向かって烏が羽ばたいて行く。

 しかし、烏の鳴き声は決して歓喜的なものではなかった。悲哀のような音色が込められていた。


「まぁ。それでも私は『彼女』との約束を守らなければならない。」


 千寿江は飲み終えたコーヒーの缶をくしゃりと潰す。


「珍しいですね、貴女が感情に浸るなんて。」

「厄介なことだよ。どんな人間も異能者も。生まれた瞬間から感情という言葉からはどうやっても避けられない。」


 千寿江は沈みゆく夕陽を背にして屋上から去る。


「…本当に厄介なものですね。」


 小百合は残ったコーヒーを飲み干す。一気に飲んだせいか、猛烈な苦味が襲ってくる。


「やっぱブラックコーヒーは無理、です。」



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