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プロローグ

 景色は一帯、劫火に包まれ、おびただしい程の死臭が漂っていた。

 嘗てこの街を闊歩していた者は老若男女問わず骸と化していた。生という概念から遠ざかった世界がどこまでも続いていた。

 俺の身体もまた、限界に近かった。頑強な体のお陰で死には至らなかったものの、体中の骨が軋み、出血が止まらない。

 されど、この歩みが止まることはない。止めてはならなかった。

 この凄惨な世界を創った元凶を破壊するまでは苦痛を堪えなければならない。


 破壊―――いや、殺すといった方がいいか。

 この惨状を作り出したのは兵器でも天災でもない。たった一人の少女の手により生まれた人災なのだから。

 少女の肩からは翼が生えており、頭上にはヴェールの輪が浮遊していた。一見、天使のように見えるが、ワンピースに付着した鮮血が禍々しさを表していた。

 俺は少女を知っていた。短い時間ではあったが、寝食を共にし、温もりに触れた。

 醜悪な空気を吸いつづけていたせいだろう。彼女といると夢を見ているようだった。このまま共に果てても良いと思うほどに。


 ―――この感情は何なのだろう。


 今まで誰を殺しても生まれることのなかった強い感情が胸に押し寄せてくる。

 彼女の強大な力を止めなければ、無関係な人間が命を落とす羽目になる。そうなる前に彼女を殺めなければならない。だというのに、刀の(きっさき)が震えてしまう。


 脳が殺せ、殺せ、殺せと身体に命令を掛ける。

 対して、心は止めろ、殺すなと叫んでいた。

 葛藤の渦が心身を蝕み、いつしか瞳からきらきらと雫がこぼれ落ちる。

 それを見た彼女は愛おしそうに見つめ、微笑んだ。


「良かった。貴方にもそのような表情をする時があるのですね。」


 その微笑みは泣き笑いのようで見るに堪えなかった。

 心が揺らぎながらも、柄を握る力を緩めなかった。その代わり全ての現実を拒絶するかのように瞑目し、絶叫した。


「う、ぉおおおおおおおおおおおっ!!」


 ズブリ―――、と。

 肉を裂く音が響く。世界の崩壊の音のようだった。

 

 俺の刃が彼女の胸を貫いたのだ。

 きっと彼女なら俺の一撃を躱せたはずだ。


「……どうして避けないんだよ……。」


 疑問が思わず声に出る。


「ずっと……思っていたんです。もし、死ななければならない状況が来たら、私は貴方の手に殺されたい、と。」

「そんなわけないだろ。」

「いいえ、だって―――。」


 その言葉の続きが紡がれることはなかった。

 だが、言われずとも、俺は続きの言葉を知っている。


 空は慟哭の色に染まっていた。

 世界に終わりがあるのだとしたら、きっとこんな風なのだろう。

 

 終わりの先には何もない。歩いた先には果てしない無が広がっている。


「俺を……殺してくれ。」


 きっと無の世界に俺の命だけ残っていてもどうにもならないだろう。

 いっそのこと俺という存在が永遠になくなればいい。


「俺を……殺してくれ……」


 震える声で天に叫んだ。

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