いつものクリスマス
軽快にベルの音を伴奏として、子供の合唱が響き渡る。曲名は『ジングルベル』。今日十二月二十四日にクリスマスセールでこの商店街はにぎわう。
俺はクリスマスデートで来ている。
「合計で二千九百五十円になります。」
と言うことであればいいのだが、実際は叔父が経営するケーキ屋で今日と明日で日雇いバイトだ。サンタのコスチュームに身を包み、ケーキ屋『ソフィア』のクリスマスケーキを露店販売する。
「ありがとうございました」
「またね、大輝くん」
「来年も待ってます。高木さん」
大学受験があった去年を除き、俺は毎年のようにクリスマスのころにはここでバイトをしている。バイト代はとてもいい。叔父さまさまである。普段からこの商店街で人気があるこの店だから余裕はかなりある。
また、叔父の顔立ちは色男といえるほど整っている。女性からも人気があるのだが、未婚である。理由としてはただ一つだけである。
「大ちゃんがいると助かるわ」
「ひと段落ついたんだ叔父さん」
「おねえさん、せめて叔母さんにして」
叔父はおかまである。高収入、顔立ちの良さ、体格もしっかりしている。家事も一通り完璧にこなせる。それらをすべてチャラにして叔父を結婚から遠い存在としている。
叔父曰く、「もし同性婚が出来るならもうしているわよ。出来なくても今の生活が幸せ」だそうなので問題はない。語尾にハートマークがつきそうな言い方をしているのが気になったが、幸せならば俺としては別にどうでもいい。
「せっかくのクリスマスなのにデートの約束しないのね」
「しないんではなくて、する相手がいないんだよ」
毎年、この会話絶対する現在進行形で叔父は口角を大きく上げて笑みを作っている。彼女いない歴イコール年齢である俺にとってストレスになる内容だ。
だから、このことをいじられるのだろうが。
大学に入れば遊びまくりの、女の子と楽しみまくりと思っていた。しかしながら実際、ほとんど女の子と話せないし、レポートの提出で忙しい。
一年間必死に勉強に徹していたのにあまりにも報われない。
「大輝くん久しぶりね」
「宮城さん、いらっしゃい」
「今年はいるのね」
「去年は受験で」
クリスマス以外でも小間使いで働く俺と面識がある常連さんは多い。今目の前にいるグラマラスな人妻さんとも四年もの付き合いだ。
「もう、宮城さんたら。この子大学に入っても彼女の一人もいないのよ」
「あら、無垢ね」
宮城さんは厚い唇を色っぽくゆがめる。年ごろの男の子に向けてはならない顔だ。興奮してしまう。
「今年もこれでいいですか?」
「いや、コッチの大きい方をお願い」
俺は宮城さんが指定したケーキを取り出し会計をする。
受け取った宮城さんは首を傾げながらバイバイと手を振って帰っ行く。
「だめよ、人妻に手を出しちゃ」
「手、出さないわ!」
叔父は上機嫌に店の中に戻っていく。単に俺をからかうために出て来ただけらしい。クリスマスケーキはショートケーキを基盤として作られている。ショートケーキのショートが示すように、ショートケーキは消費期限が短い。そのため売る直前にケーキを焼くようにしているので叔父はまだ忙しい。
「たいきー」
つんざくように耳に響く子供の高い声。濁点の音を上手く発せず、『だいき』が『たいき』なっている。
声があるほうが振り向くと小型の弾丸がサンタ服を貫く。
「ひさしぶりー」
「おう、おう、ちなっちゃんか」
高い声の音源であるちなつが俺の体をきつく抱きしめる。宮城さんのような豊満な女性に抱きしめてもらうとうれしいが、こんな小さい女の子に抱きしめられるのも悪くはない。
「大きくなったな」
ちなつの挨拶により発生した鈍痛にこらえつつ、受け答えする。毎年この挨拶を受けていた。受験で長い間会わなかったので久しぶりにこの挨拶を受けた結果予想以上に衝撃が大きかった。
「大輝くん、大丈夫?」
「ちなっちゃんのお母さん、お久しぶりです」
ちなつ親子は毎年ケーキを買いに来てくれる常連だ。俺は妹のようにちなつを可愛がっている。
「ちなっちゃんはもういくつになったんだっけ?」
「今日で十才だよ」
俺を抱きしめ続けるちなつの頭をゆっくり撫でる。ちなつは歯が見えるくらい大きく笑う。癒されるがあくまでバイト中。いつまでもこの状態でいるわけにはいかないのでちなつのお母さんに話しかける。
「そうね、今年はお客様がいっぱいいるからね。このホールケーキ二つお願い」
「パーティですか?」
俺はちなつを引き離す。以前はいやいやとしたが、さすがに心身成長したからしない。顔はフグのように膨らみ、ムスッとするが。
「この子のお友達とその親御さんが来るのよ」
「ねえ、たいきー」
「なんだ? 試食はないぞ」
ちなつは「ちがう」と大きく声を上げる。俺はケーキが入った箱を袋に詰めてから腰を下げる。一声かけてからちなつにケーキを渡す。ちなつの頭をなでて笑って見せる。そのあとちなつの母親から代金を受け取る。
「んじゃ、またな。ちなっちゃん」
「うん、また」
ちなつはうつむきながらもの惜しげな顔をしてあいさつする。
以前はまだ行きたくないと駄々こねて泣いていた。改めてちなつの成長と子供の成長の早さを感じ、感慨にふける。
「女の子とデートできないからってあんな小さい子に手を出しちゃだめよ」
「おい、おっさん、人を勝手にロリコンにするんじゃんねーよ」
「おい、若造、人を勝手におっさんにするな、おねえさんとおよび」
「余計ねーわ」
仕事をしているか疑わしくなるほど俺を見に来る叔父に怒鳴る。
「それにロリコン扱いじゃないわ。ペドフィリアよ」
「どうちげーんだよ」
俺を変態扱いする叔父を追いやり、店の中へ戻す。子供で心を癒すことくらいはさせてほしい、性的な意味なしで。
「あのー、すいません」
「あ、はい」
荒げた息を整えている間に三十代半ばの女の人が来ていた。荒々しいサンタに半分引き気味だ。来るお客様のほとんどが常連のこの店には珍しく、一見のお客様だ。買い物帰りなのが見て取れた。
後ろでちなつと同じ年くらいの男の子がゲーム機を使ってピコピコしている。
最近はよく見る子供の態度だ。俺もゲームはするが、人と話す必要がなく余暇があるときしかしない。彼の様な子供を見るとどこかむなしく感じるものだ。
「クリスマスケーキですね?」
「ええ、でも私とこの子だけしかいないので」
「お子さんと二人で?」
「いえ、私はこの子の母親ではないのです」
男の子は一瞬眉を上げる。俺たちの話を聞いてないわけではないらしい。
大学生活を送っていてもたまにあるが、人にあまり聞かれたくない家庭の事情に当たってしまう。女の人もばつの悪そうな顔をしている。
「こちらのカッティングされたものがあります」
「じゃあ、それをお願いします」
乾燥を防ぐため設置された、小型のショーケースからケーキを二つ取り出す。取り出したケーキを箱に詰めようとするが、思うところがあり一度手を止める。
「あの、失礼ですが、その子の親御さんは?」
ぶっしつけで、デリカシーのないことであるのはわかっている。女の人も答えていいものか迷っている。男の子は未だにゲーム機をポチポチしている。
俺はもう深く聞かない方がいいと思い、再びケーキを詰めようとする。
「かあさんは三年前に死んだよ」
男の子はゲーム機から目を離してサンタな俺に向けて言う。ポチポチもしていない。男の子が想像よりしっかり話しているので俺は少しばかり驚いた。
「もうクリアしたのかな?」
「このクエストはとっくにしてる、ほしい素材があったから」
「まだ、十二じゃないよね?」
どうやら男の子は対象年齢十二以上の某狩りゲームをやっていたようだ。
「六才だけど」
「ませてんな」
「とうさんは今日は帰れそうにないって」
男の子は無表情になるよう意識しているが、目が潤んでいるのが見て取れる。
女の人は俺を睨み見て、男の子をどうしようか困り顔で見る。
昔から大人が『最近の子供が』と言うのを聞いた。だけれども、実際は最近の子供と言うよりは『最近の大人は』なのかもしれない。」
子供が悪いことをしていたり、態度が悪いことを肯定する気はない。でも、それを子供にも思うことがある。何かの問題に直面することもある。それは時に子供自身が解決できるものではない。
この男の子もその一人なのだろう。寂しさが顔に出ている。
俺は大きく息を吐く。俺が何かしても意味がないかもしれないが、何もしない選択肢は自分がなるべき大人から遠ざかると思う。
俺は帽子を整えてからわざとらしく咳をする。俺の奇行を二人は不思議そうに見る。二人に笑って見せてから野太い声を出るように意識する。
「メリークリスマス、ソフィアのサンタから君にプレゼントだ」
俺はショーウインドウからもう一つケーキを取り出す。
「なんでもう一個同じやつにするの?」
「君たちにはもう一個必要だろ?」
このケーキは男の子の父親の分だ。勝手だが、父親にも男の子と一緒にクリスマスに参加してほしい。
「合計で千二百八十円になります」
「え、それは二個分の」
「ひみつですよ」
俺は鼻の前で人差し指を立てる。男の子にも再度笑いかける。
「余計なことするなよ」
「悪いが、させてもらったよ」
女の人から代金を受け取り、ケーキを入れた箱を渡す。
二人はすぐに去っていく。男の子は一度振り向いて怪訝な顔をする。
「ありがとうございました」
俺は普段より大きくあいさつし見送る。
しばらく見守ると二人は立ちどまる。女の人は電話を取り出し耳に当てる。しばらく誰かと話す様子を見られた。
パッと女の人は明るくなる。男の子に一言二言かける。今度は男の子方が目を見開いて明るくなる。男の子は先の態度からは考えられないほどはしゃぎ回り女の人に抱き付く。
男の子はずっと見ていた俺に気づき親指だけを立て笑って見せた。
二人は『善は急げ』とばかりに走って行った。
「よかったわね、大ちゃん」
「なんで毎回ここにきているんだよ、叔父さん」
「別にいいじゃない」
叔父は言葉とともにゲンコツを俺に食らわす。力仕事が多いだけにたくましく出来上がった腕から放たれたそれは俺を悶絶させる。
「勝手に店の商品をサービスしない」
「それに関してはすみませんでした」
「まあ、いいけど」
叔父は手を口まで持っていき、息を吐きかける。
「見かけるたびに元気がなさそうだったからねあの子、私も心配だったのよ」
そう言うと叔父は店に戻って行く。
「だから、ゲンコツひとつで許してあげる」
叔父はウインクをして起こっていないことをアピールする。ゲンコツもなくていいと俺は思いつつもこの店がここにあり続ける理由を実感した。
サンタの格好は暖かいが、ケーキを移動させる作業もあるので手袋がなくとても手が冷える。息を吐きかけるだけでは間に合うわけがない。
冷える手を温めたいと思うと、もう一つ温めたいものが思いあたる。
「あ、ケーキあんじゃん」
黄昏てると若い女性の声がした。バイト中であるのを忘れかけていたので気を締めなおして、お客様に体を向ける。
「いらっしゃいませ、クリスマスにソフィアのケーキはいかがですか?」
「あんれ? 大輝じゃねーか」
聞きなれた声がするのでお客様の顔をしっかり見る。
「宗次じゃねーかよ、久しぶりだな」
「はは、久しぶり。バイト中なのか?」
「叔父の所でな。お前は…… デート中か」
宗次は笑顔をより大きくし肯定の意味を示す。
「宗次、誰? こいつ」
「小、中で仲良かった友達なんだ」
「へー」
宗次の彼女は興味なさそうに相槌を打つ。どうでもいいのなら聞かなくてもいいと思うが、それを言ったら何も話が出来なくなるだろう。
「店ん中でもケーキ食えるけど、買っていくか?」
「いや、ゴメン。これから予約しているところがあるから」
「予約?」
宗次は何故か困った顔をしている。別にこれから食事に行くならばそれは仕方ないし、ケーキも強制して買うものでもない。だから困る理由はないはずだ。
「大輝は彼女は出来たか?」
「いんや、それどころか女の子と話すのもできてない」
宗次の顔に申し訳なさで満ち溢れているようだ。旧友の態度に俺は疑問が積もる。ケーキを買うわけでもないのに、いつまでもここにいさせるわけにもいかないので、俺は行くように話しかけようとする。
「宗次、早くラブホいこ」
「ちょ、バカ。ここで言うなよ」
現在の時刻はほぼ七時。ほとんどのケーキは昼の内に売るので予約された方以外はほとんど人は来ない。
今も俺たち以外は二人通り過ぎるくらいだ。
「ラブホお……」
「そ、宗次と朝までラブラブするの」
「朝まで」
「あ、そうだ。大輝、食いもん持ち込めるからケーキ買ってくは」
宗次は急いで金を払い、放心状態で会計する俺からケーキを奪うようにとる。「じゃあな」と一言だけ残し立ち去る。
「へー、ラブホ」
カタゴトになった口調で何度も反復する。
「そっかー、あいつリア充か」
ここから一番近いところで十分弱で着くため、俺がここで体を冷やしながらバイトしている間にあいつは体を温めながら彼女と熱くなることになる。
俺の中で急激に冷たくなるものを感じる。
「そうですよね、そうですよね、リア充さんはクリスマスはやりどきですよね」
宗次たちが去ってから五分ほど経つと、腕を組みあうカップルが次々と通り過ぎていく。
「イライラする、俺イライラする」
クリスマスは本来、イエス・キリストの生誕祭だ。神道、多神教の日本が祝う必要はあるはずがない。祝うとしてもアメリカとかでは家族サービスの日だ。恋人とイチャイチャして、盛んに夜を過ごす日ではない。
「なんでこのリア充の中で俺がいないかっな」
俺は顔がいいわけではないが、別段問題があるわけではない。出会いを求め色んなイベントにも参加した。その結果が、ケーキ屋でこの先にある巨大クリスマスツリーを見に行くリア充たちを見送るだけしかできない。
「な、おい、俺と一緒に見に行かね? な、おい」
「いえ、私はいいんで」
「な、おい」
流れゆくリア充の波の先にガムをクチャクチャと鳴らす長身の長髪の男がセミロングの女の子をナンパしている。
女の子は何かスポーツをやっているらしく体つきはいいが大人しい性格のようで男の誘いにハッキリと断ることが出来ていない。この状況が続けば女の子が折れて、俺の目の前でリア充が再び誕生することになるだろう。
「大ちゃん、今のうちに食べちゃうこれ?」
叔父は何の飾りもない、捨てるはずのスポンジの切れ端に生クリームをぶちまけただけの簡易ケーキを俺に持って来てくれた。
毎年このバイトのまかないでこれを食べさせてもらっている。ここの生クリームは甘すぎないので、生クリーム大量のこのケーキでも甘ったるいことはない。しかし、別の目的で叔父はいいタイミングで持って来てくれた。
「うんもらうよ」
俺は一歩で叔父の前まで行きケーキを受け取る。俺が妙な笑顔をしているため叔父は引いている。
リア充たちの流れが一時止まっているのを確認し、道向かいのナンパ男の元まで歩いて行く。女の子の方は俺が近づいて行くのに気付いた。
俺はジングルベルを鼻で歌う。普段はどうだかは知らないが今現在で目の前でリア充が生まれるのはむかつく。
ナンパ男との間合いを測り、立ちどまる。
「ちょっとそこのお兄さん」
「ああん?」
ナンパの邪魔をされて男は怒りを示すが俺は気にしず、ケーキを持つ右手を振り上げる。
「メリークリスマース」
祝いの言葉とケーキを男にぶつけた。
目を開くと夜空が見えた。俺はケーキをナンパ男の顔に全力でぶつけた後、見事に返り討ちに会い、気絶した。
頭に気持ちがいい感触がするので頬ずりしてみる。
「何してるの」
こめかみゲンコツを食らう。ただし、叔父の特大モノではなく明らかに女性の小さい手のものだ。
「あれ? 夢倉さん?」
「高校の卒業式以来だね」
未だに頭がぼんやりするので頭を上げずにいる。
姿から先ほどナンパされていた女の子は彼女のようだ。高校のとき同級生であったが、普段からあまりしゃべることはなかった。
「あのナンパして来た人は店主さんが追い払ったよ」
女の子に膝枕してもらうサンタを通行人はたまにチラ見する。それを見て取れたのでようやく俺は頭を上げようとする。
「ねえ、この後時間ある? 一緒に見に行こうクリスマスツリー」
俺は叔父がオーケイサインするのが確認できたので首肯した。
END