そうじ当番と居残り
冬馬はためいきをついた。今かよっている野町小学校が来年の3月でなくなると先生がいったからだ。子供の数がだんだん少なくなったので、となりの町の弥生小学校とガッペイして新しい小学校になるそうだ。
野町小学校は創立100年以上の古い学校だ。冬馬のお母さんもおばあちゃんもこの学校を卒業した。だから、お母さんもおばあちゃんも冬馬の小学校の校歌が歌えるのだ。冬馬はそれがなんとなくうれしかった。
野町小学校の校歌は室生犀星という有名な詩人の先生が作ったそうだ。その室生犀星も野町小学校を卒業したのだと、おばあちゃんがおしえてくれた。少しむずかしい歌詞で3年生の冬馬にはよくわからなかったが、冬馬はこの校歌が好きだった。でも、学校が新しくなると校歌も新しくなると先生がいっていた。そしたら今の校歌はどうなるのだろう。学校といっしょになくなってしまうのかな。そう考えると冬馬はなんだかさびしかった。 ある日の放課後、冬馬は教室のそうじ当番でぞうきんで机をふいていた。前の時間は習字だったので、あちこちに墨が飛び散ってなかなかとれず、冬馬は下をむいていっしょうけんめいぞうきんでこすっていた。
そしてやっととれたと思って顔をあげると、知らない男の子が立っていた。男の子は冬馬と同じくらいの年ごろで着物を着ていて、こわい顔をして窓の外をにらんでいた。よく見ると教室のようすもなんだかいつもとちがう。かべも窓のわくも木でできていて、テレビドラマで見るむかしの学校のようだった。
「きみはだれ?」冬馬は男の子に声をかけた。
男の子はおどろいたようすだったが、冬馬が子供だとわかると安心したように答えた。
「ぼくは室生照道」
「え?」冬馬はおどろいた。室生照道というのは室生犀星の本名だと、社会科の郷土の偉人で習ったばかりだ。
「ねえ、今は西暦何年?」冬馬は男の子にきいてみた。
「1898年」男の子は、へんなことをきくなあというような顔をして答えた。
ここは100年以上前の野町小学校か。でもどうしてだろう。夢でもみているのかな。そんなことを考えていると、今度は男の子がきいてきた。
「きみはだれ?」
「ぼくは白石冬馬。よくわからないけれど、未来から来たみたいなんだ」
「みらい?」男の子はふしぎそうな顔をした。
「うん。2013年から」 冬馬がそう答えると男の子はしげしげと冬馬を見た。
「ねえ、さっきから気になっているんだけど、ここで何をしているの? 窓の外に何かあるの?」 冬馬はたずねた。
「何もないよ。ただ屋根の瓦を数えているんだ。先生に居残りだっていわれて、じっとしていてもやることがないから」
「居残りって、何か悪いことしたの?」
「何もしてない。ぼくが悪くなくてもぼくのせいにするんだ。いつもいつもそう。あの先生ぼくのこときらいなんだ」男の子はそういってまた窓の外をにらみつけた。
「きみは何もいわないの? 友だちは?」冬馬はたずねた。
「いってもむだだよ。だれもたすけてくれない。こんな学校大きらいだ」男の子はこぶしをぎゅっとにぎりしめた。
「そうか、きみは野町小学校がきらいなんだ」 冬馬はなんだかかなしかった。
「でも、きみはおとなになったらこの学校の校歌を作るんだよ」 冬馬はいった。
「校歌? ぼくが?」 男の子はおどろいて目をみはった。
「うん。きみの作った校歌はもう60年もずっと歌われているんだって先生がいってた。ぼくのおばあちゃんもお母さんも同じ校歌を歌えるんだよ」 冬馬はそれからちょっと考えて、学校がなくなることと校歌がなくなることはいわないでおこうときめた。
「ぼくは今こんなに学校がきらいなのに、どうしておとなになって校歌なんか作るんだろう?」男の子はいった。冬馬はしばらく考えた。でもわからなかった。
「おとなになってみないとわからないよ」
「おとなってへんだ」男の子はこわい顔をしていった。
「でもぼくはきみがおとなになって作った校歌が好きだよ」
冬馬は校歌を歌い始めた。歌い終わってあたりを見回すと、そこはいつもの冬馬の教室だった。男の子もいなくなっていた。
「どうしたの? 急に校歌なんか歌って」 クラスの友だちが声をかける。
「なんでもないよ」冬馬はそういってそうじの続きをはじめた。あの男の子はどんなおとなになるのだろう。ぼくはどんなおとなになるのだろう。それはわからないけど、学校がなくなっても校歌はわすれないでおこうと冬馬は思った。