28.小さな城の大きな秘密<2/6>
目に映る風景はどこまで行ってもかわり映えがない。黙って歩いていると、時間の感覚も麻痺してしまいそうだ。
相変わらずなんの目的で用意されているのか判らない、扉のない部屋をいくつも通り過ぎ、いくつか角を曲がると、初めて階段にでくわした。角度はゆるやかだが、螺旋状になっていて上の階が下からでは見通せない。
階段の壁にも、今までと同じような間隔で燭台が据え付けられているので、足下が不安になることはなかった。そして相変わらず、人の気配が全くない。
「出口まで、まだけっこうありそうか?」
「そうですね……。階段を上がった所に、広い空間があるようなので、そこまで行けば目で先が見通せるかも知れません」
こころもち顔を上に向けて、ヘイディアが答えた。
二階層分をのぼってたどり着いた上の階は、確かに広い空間だった。
こちらは最初の階とは違い、廊下もなければ部屋もない。壁の代わりに無数の柱が等間隔で立っていて、その柱ひとつひとつにやはり燭台が作り付けられている。
下の階と違い、この階はまだ施設として未完成なのかも知れない。
階段はまだ上に続いていたが、この上は風が抜けていないという。
「……なんとなくなんですけど」
階段から少し離れ、その周囲を取り囲む壁を見上げて、エレムが首を傾げる。
「この階段部分って、ひょっとしてひとつの塔なんじゃないでしょうか?」
「塔?」
「ええ、建物にくっついてはいますけど、本来の形は独立した塔のような……」
「でもここ、地下だぞ?」
「そうなんですよね……」
柱は多いが壁がない階なので、ここは端まで見通せる。ざっと見た感じだと、下の階の半分ほどの広さのようだ。
「この先に、また上につながる場所があります」
ヘイディアの視線の先には、やはり扉のない出入り口のようなものがある。見えるが、歩くとなるとやはり結構な距離だ。
歩いているうちに、足下に少しずつ変化が起きてきた。
床の素材が代わったわけではないが、下の階にはなかった、土とも砂とも思える白っぽい粉が、床のあちこちに目につくようになったのだ。たまに厚めに積もっている部分を踏むと、さくさくと軽い音がする。外からの泥でも入ってきたのが風化したのだろうか。
「……伺ってもよろしいでしょうか」
それまで、黙って二人の話を聞いていたヘイディアが、わずかだに顔を向けて問いかけてきた。
「なにを?」
「どうしてあなた方は、そのように冷静でいられるのですか?」
意味が判らず見返すと、ヘイディアは言葉を探すように首を傾げた。
「……突然別の場所に移動したのに、あわてふためくわけでもありませんよね。まるであのような移動の魔法が存在しているのを、知っていたかのように見えます」
「あ……」
「玉座の間の床の絵が、古代語と関連があると気付いたとたんに、お二人とも関心を強められました。それと関係があるのですか?」
なかなか鋭い所を突いてきた。しかしそれを説明すると、そのまま『ラグランジュ』の話になってしまう。上手いはぐらかし方が思いつかず、グランは思わずエレムに目を向けた。
「その……僕が少々古代文明に関心があるので」
エレムがなんとか笑顔を作る。
「読んだ文献の中で、面白い話があると、よくグランさんと話題にしてるんです。こう見えて、グランさんはなかなか教養があって、難しい話もあまり嫌がりませんし」
「こう見えてってなんだよ」
「褒めてるんだから変なところに突っ込まないでくださいよ」
肘で小突く真似をしたグランと、腕で頭をかばう仕草をしたエレムを見て、ヘイディアは微かに笑みを作ったようだった。元の作りは悪くないから、やっぱり笑えば相応に可愛らしい。
「お二人は、旅の生活が長いと伺ってますから、今までもいろいろな経験をされてきたのでしょうね」
おかしいとは思っているのだろうが、ヘイディアはそれ以上は追求しようとしなかった。エレムがほっとしたような、気後れしたような顔でグランを見た。
先に進むほどに、床に散っている白い粉のようなものが目立ってきた。
壁の塗料か接着剤かがはげて落ちてきているのだろうか。足音がだんだん、石の床を踏む硬い音から、砂を踏むようなものに変わりつつある。
「……?」
ヘイディアがふと、訝しげに眉を寄せた。
さっきまでは全く感じなかった人の気配が、三人の視線の先に現れたのだ。ヘイディアはそれを、風の動きで感じたのだろう。
白っぽく揺らぐ灯りの中に立つ、青いドレスを着た金色の髪の女の姿。色のついた夢のように、そこだけが鮮やかに浮き上がって見えた。
「やはりこちらでしたか」
思わず立ち止まった三人に、クレウス伯爵夫人は艶やかに微笑んだ。三人がどうやってここに来たのかも、夫人には判っているのだろう。
「……見かけによらず、ずいぶん広い城なんだな。すっかり迷っちまったよ」
「ええ、ですので危ないところには入らないようにと、お願いしておりましたのに」
しれっとした顔で夫人は答えた。城の内部であることは否定しない。やはりこの広い空間は、あの狭い城の地下にあるのだ。
夫人が近づくと、グランはやはり左の手のひらがちりちりする。今のところは害意も敵意も見えないが、グランが一番警戒するべき相手はこの女なのだ。
だが、エレムもヘイディアも、夫人に対しては特になにも感じないらしい。突然現れた夫人を見て驚いてはいても、警戒をしている様子はない。
「ここは、いったいなんなんですか? 城の地下に、なんのためにこんな場所を作ってるんですか」
「作ったわけではございませんの」
エレムの問いに夫人は穏やかに答えた。
「昔から、ここにあるのです。それこそ、島に城ができるずっと前から。私どもはそれを受け継いでいるだけにすぎません」
「城ができる前からって……」
城自体が相当古いものなのに、この地下の施設は、地上にある城よりもかなり状態がいいし、古びても見えない。整然としているのに、人間の生活感がまるでない、なんのために存在しているのか推測しづらい施設。
「……古代人の都市遺跡だな」
グランの声に、エレムははっとした様子を見せた。