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24.湖上の城の昼餐会<2/4>

 船着き場から出たのはアルディラを乗せた船が先だったが、城に降り立つのはグラン達の船の方が先になるらしい。船着き場から川につながる水路から更に、湖へつながる水路を抜けると、一気に視界が開けて湖上に浮かぶ石造りの城が目に入った。一緒に乗り込んだほかの兵士達も、陸から見るのとはまた違う光景に軽い歓声を上げる。

 湖側に突き出した防波堤の上の広場では、形式的にエルディエルの兵士達が整列し、不測の事態に対応できるように待機している。数は少ないが、ルキルアの兵士もいるはずだ。アルディラが城に滞在している間は、防波堤への立ち入りも制限されるので、今はほかに観光客や町の人間の姿は見えない。町の衛兵もいつもより数が多いのだろうが、エルディエル兵の方が多いので、巡回している衛兵もどことなく肩身が狭そうだ。

「川からの水が入ってくるから、もっと濁っているかと思ったのだが、なかなか透明度も高いのであるな」

 物珍しそうに首を巡らせていたエスツファが、船縁から水面をのぞき込んで感心したように声を上げた。湖面は穏やかだが、水はあまり澱まずに入れ替わっているのだろう。環境は悪くないようなのに、魚が棲み着かないというのも不思議なものだ。

 少し離れた場所を進むもう一隻の船の上で、従者に日傘をさしかけられたアルディラがこちらに手を振っているのが見え、エレムが笑顔で手を振り返した。

 そのすぐ側にオルクェルが、少し離れたところにぽつんとヘイディアが座っているのも見えた。リオンの姿はない。やはりこういう公の場では、ただの使用人とさほど立場の変わらない世話係は留守番なのだろう。

 湖面にゆっくりと弧を描いて走るアルディラの船を追い越し、グラン達の乗った船は島に近づきつつあった。湖面に浮かぶ陸地部分に、緑はほとんどない。全体が岩場と、石畳と石の階段でできている。湖の周りの陸地は緑にあふれているのに、この島は妙に植物に乏しい。

「城の感じはどんなもんだ?」

「そうですねぇ……」

 あまり気分はよさそうな感じではないながらも、エレムは近づいてくる城に目を向けて考えるように首を傾げた。

「確かに変な感じは変わらないんですけど、近づいてくるとよけいに、なにが変なのかよく判らないです……。こういう感覚も、慣れてしまうものなのかな」

 船着き場には、出迎えに来た衛兵と使用人達が整然と並んで待っていた。

 城の主の趣味なのか、男も女も大体が若くて、容姿も水準以上の者ばかりだ。一番年長らしい案内役でも、エスツファより若い。男達の中には、なんとなく見覚えがある者もいる。どうやら一昨日役場で、クレウス伯爵夫人と一緒にいた従者が何人かいるらしい。

 使用人達は、接岸された船から降りてくる者たちを、形式的な笑顔で出迎えていたが、グランが船から降り立った瞬間表情を軽くざわめかせた。

 あの時はいつもの装備だったが、服装が変わって見栄えが倍は増している今のグランに、皆驚いているのだろう。あからさまな嫉妬と、隠しきれない感嘆の視線がなんとなく小気味いい。

 ほかの兵士達も船から降り、エスツファの後ろに整列を終えた頃合いに、アルディラの船が船着き場に入ってきた。船が固定され、アルディラが岩場の段差に足を取られないように踏み台が用意される。城からの出迎え役の男が、アルディラの手を取ろうと待ちかまえているが、側に控えるオルクェルの手を支えに立ち上がったアルディラは、なにを思ったのか、ゆっくりと首を巡らし、グランに向かって微笑んだ。

「ご指名であるな」

「ええ?」

 周囲の視線が伺うようにグランを見る。案内役の男が一瞬、何者だとでも言いたげな顔をしたが、すぐに穏やかな笑みを顔に貼り付けた。

 グランは内心ため息をつくと、それでも表情だけは取り繕って踏み台の横に歩み出た。アルディラが満足そうに頷いて、さしのべたグランの手をとり、船から降り立つ。

 アルディラはそのままグランの手を掴んでいた。オルクェルやほかの者たちがあらかた降りて、案内役が挨拶を始めようとした素振りを見せたのに乗じ、グランはさりげなく手を外してその場から離れるのに成功した。

「……姫君もなかなか狡猾であるな」

 戻ってきたグランに、エスツファが苦笑いに近い笑みを見せて囁いた。ほかの場だとグランがまともに相手にしないから、邪険にできない状況を利用しているのだ。

「……ヘイディアさんが、やっぱり顔色悪いですね」

 グランの扱われ方はたいして気に留めた様子もなく、エレムが心配そうに呟いた。今日もヘイディアは、アルディラやほかの従者達から少し離れた場所に控えている。表情は船に乗る前とそんなに変わらないが、やはり幾分顔色が悪いようだ。

 しかし周りの者たちは気付いてもいないようだし、唯一ヘイディアの変化に気付けそうな立場のオルクェルも、今はアルディラと城側の使用人達の間でいっぱいいっぱいのようで、とてもヘイディアの様子には気が回らないようだ。

「……ひょっとしてヘイディア殿は、元騎士殿やエレム殿に特別冷たかったのではなく、周り全体に対して同じような態度なのではないかな」

「あんまり周りと上手くやれそうな感じではねぇな」

「人付き合いに慣れてないのでしょうかね」

 しかし不器用というのも、グランにはまた違うような気がするのだ。確かにとっさの気は回らないようだが、それはただの経験不足かも知れない。

 レマイナの神官を見る分には、神官というのは全体的に人当たりがよさそうに思えるのだが、ルアルグの神官はまた違うのだろうか。でもリオンには取り立てて問題があるわけでもない。ただの個性の範疇かも知れない。

 グラン達が喋っている間に、昼食会の会場に移動がてら、少し城の中を案内するという話になったらしい。

 建物の正面には形だけ城門があるが、取り付けられている木の門扉は開かれたままだ。城門以外は、城の外壁がそのまま城壁代わりになっていて、外観もすっきりしている。

 城門を入ると玄関までが石畳の広場になっている。そこに一部の兵士を残して、招待客とその護衛は案内役に先導されて正面の階段を上がり、玄関から中に通された。

 古い城なので、飛び抜けた華やかさはないが、しっかり手入れされた古風な内装だ。淡い緑色を基調にした壁に、深みのある緋色の絨毯が敷き詰められた広い玄関ホールで、両脇に従者達を従えた城の主が穏やかに笑みをたたえて客を出迎えた。

「ようこそおいでくださいました」

 今日のクレウス伯爵夫人は、アルディラより目立たないようにか、落ち着いた雰囲気の青いドレス姿である。しかし派手さがない分体の線がよく判るドレスに、金髪が鮮やかに映えて、どうしても「妖艶な美女」という表現をしたくなる。

「お招きありがとうございます」

「こちらこそ、アルディラ姫におこし頂けて光栄にございます」

 アルディラも、こういうときは大国の姫として威厳ありげに振る舞うのだが、やはり見た目が若いとはいえ伯爵夫人には年相応の風格と余裕がある。夫人はオルクェルやエスツファにも丁寧に頭を下げた後、エスツファの後ろに下がって待っているグランににっこり微笑んだ。

「……あれで四〇過ぎであるか。姫の母上と言ってもおかしくない歳のはずだろうになぁ」

 夫人がアルディラの方に戻り、先導するように歩き始めると、エスツファが感心したように呟いた。その目が今度は、グランの顔を不審そうに眺める。

「元騎士殿、どうかしたか?」

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