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21.伯爵夫人の招待<中>

「おや、エスツファ殿、どうかしたのか?」

「どうかしたというか……」

 それぞれが一様に考え込んだ顔つきなので戸惑った様子ながら、エスツファはひらひらと右手に持った書状をかざして見せた。

「さっき宿に、伯爵夫人の使いが来た」

「夫人の?」

「当初の予定ではエルディエルの部隊だけが来るはずだったから、アルディラ姫しか城に招待していなかったがと詫びた上で、よければおれとルスティナにも明日の昼餐会に参加して欲しいそうだ」

「おや……」

 この話の流れで、夫人の名前が出たものだから、さすがにルスティナも眉をひそめている。

「それと使者が言うに、『夫人はルスティナ閣下と一緒におられた、黒髪の殿方にももう一度お目にかかりたいと思っている』そうであるぞ」

 全員の視線が、一斉に一人の人物に集中した。

「……俺?!」

「控えめで名も名乗られなかったが、物腰からしてただの傭兵とは思えなかった、実は名のある騎士殿ではないか、とのことであるが。……なにかしたのか?」

「してねぇよ!」

 どいつもこいつも、避けようと思うと逆にまとわりついてくるのはなぜだ。やけっぱちになって吐き捨てたグランを、エレムが『またか』とでも言いたげな顔つきで見返した。ルスティナが苦笑いをしながら、顔の前で軽く手を振った。

「ああ、エレム殿にはまだ言ってなかったな。昨日エレム殿が発った後にグランと一緒に役場に行ったら、偶然夫人がやってきたのだよ。簡単に挨拶した程度だったのだが、やはりグランは目立つのだな」

「伯爵夫人に会えたんですか」

 エレムは驚いた様子で、ルスティナとグランを交互に見返した。

「それなら、グランさんならなにか判ったんじゃないですか? あの……」

 キルシェのことを言おうとしたようだが、途中でヘイディアがいたのを思い出したらしい。語尾を曖昧に途切れさせたエレムを、ヘイディアが聞きとがめたように眼を細めて見やる。グランは大げさに首を振った。

「確かに、あれが四〇過ぎっていうのは不自然だと思う。だけど、それ以外のことはやっぱりよく判らなかったな」

「うむ、確かに若々しく美しい方であったよ」

 的を射てるのか外してるのかよく判らない相づちを打つと、ルスティナは改めてエスツファに目を向けた。

「して、どうしようか。さすがにこういう話の流れで、我らが二人揃って出席は難しいであろう。万一なにかあったとき、陸地の部隊で対応できるようにしておかねばならぬ」

「おれが行ってこよう」

 とっくに自分の中では決めてあったらしく、エスツファはにやりと笑った。

「せっかくであるし、美貌の伯爵夫人とやらをしっかりと見ておきたいものだ」

「そこかよ」

「ということで、元騎士殿も同行をよろしくな」

「俺も行くの?!」

 思わず声を上げたグランに、エスツファは当然だという顔で頷いた。

「夫人から直々にご指名頂いたのに、断るわけにはゆかぬだろう。きっと姫も喜ぶぞ」

 なんで俺が進んで夫人やらアルディラやらを喜ばせなきゃならないのだ。不服そうな顔のグランと、面白がっているエスツファとを見比べ、ルスティナはなるほどというようにひとつ手を打った。

「確かに、グランがアルディラ姫と一緒に城に行く口実にはなるな。グランは不測の事態こそ頼りになるし、姫も心強かろう」

「なにかがあるって決まったわけじゃないだろ」

「なにもなければそれに越したことはなかろう」

 そりゃそうなんだが。グランは返答に詰まった。どうもうまく言いくるめられつつあるような気がする。

 聞いているエレムまで乗り気になってきたようで、エスツファに向かって小さく手を挙げた。

「僕も同行させて頂いてよいでしょうか」

「そりゃ構わんが、城に近づいても大丈夫なのか?」

「僕は、なんとなく雰囲気が変だと感じる程度なので、入ってもさほど影響はないと思います。僕も、夫人がどういう方なのか見てみたい気はしますし……」

 もちろん、いろいろと気になるものがあるからこそ、多少無理をしても実際に行ってみたいのだろう。ヘイディアはなにか考えている様子でエレムをちらりと見たが、結局なに言わないまままた視線を元に戻した。

「ということで、今夜はおれが天幕で待機するから、ルスティナは町でのんびりするといい。明日も待機してもらうとなると、このままじゃ休みなしになってしまうからな」

 なるほど、連絡がてらそれで戻ってきたのか。ルスティナも気付いて軽く笑みを見せた。


「グランバッシュ殿」

 ルスティナが町に出る支度をするというので、ランジュ以外は一旦天幕の外に出ると、ヘイディアが淡々とした表情ながらグランに声を掛けてきた。相変わらず目を微妙にあわせないのが気になるが。

「町の人々との会話の仕方、参考になりました」

「え? ああ」

 お堅いからこその律儀さなのだろう。クフルでのことなどもうすっかり忘れていたグランは、曖昧に頷き返した。

「あんたこそ、わざわざ悪かったな」

「……もとは私に持ちかけられた話ですので」

 そう言ってヘイディアは軽く頭を下げた。

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