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19.風の神官と水辺の街<後>

「ああ、あの村からの船は、三日に一度休むのさ。今日は来てないよ。それにしても、ジルがそんな気の利いたことをするなんてねぇ」

「礼を言ったら、自分の姉さんに似てたからだって、言ってたんだってさ」

 おばちゃんは、さっきの屋台のオヤジとは違って、グランとヘイディアとランジュの関係が気になるらしい。探るように見比べてくるので、グランは内心苦笑いしながらも、素知らぬ顔でヘイディアに顔を向けた。

「領主の城に働きに行って会えないから、久しぶりに姉さんに会ったみたいで嬉しかったんだって。なぁ」

「え、ええ……」

「ジルに、姉さん?」

 おばちゃんは驚いたように首を傾げた。

「そんな話、聞いたことないけどねぇ……。あのうちは、上からみんな男ばっかり五人だよ。ジョットさんが、次こそは娘が欲しいってぼやいてたもの」

「へぇ?」

 今度はこちらが首を傾げる番だった。

「じゃあ、同じ村の別の家に、かわいがってくれてた娘でもいたのかな?」

「どうだかねぇ。あんた、けっこう美人だから、照れ隠しにそんな嘘でもついたのかもね。ジルもおませさんになったこと」

 おばちゃんはヘイディアを見て、今度は勝手に納得してくすくす笑っている。

 村からの船が来ていないのだから、同じ村の別の者から話を聞くこともできない。ほかにもジルの家族と親しそうな奴らがいないかおばちゃんに教えてもらって、話を聞きに行ったが、どうもジルの姉どころか、最近ジルの村から領主の城に働きに行った者があるような話も聞いたことがないらしい。

 妙なことになってきた。



「どういうことなのでしょう……」

 船着き場の近くの水辺で、石の長椅子に並んで腰を掛け、しばらくの沈黙の後、ヘイディアが呟いた。ランジュが沈黙してるのは、棒のついた飴をなめているからだが。

「子どもに話を聞いた後に、あの城を見たからこそ、なにかよくないものがあるのだと確信してしまったのですが」

「子どもの話と、城の印象と、どっちかだけならあまり深く考えなかったよな、確かに」

 店の者らから話を聞くために、意味もなく買ってしまったタオルやら座布団クッションやらの入った袋を抱えて、グランも思わずため息をついた。タオルはともかく、なぜ座布団なんか買ってしまったのだろうか。

「考えられるのは、単純に子どものいたずらか。それとも、あんたにこれこれこういう事を言ってこいと、誰かに頼まれたのか……」

「誰か?」

『姉を助けて』と言われたこと自体は、エレムも聞いているから間違いはない。

 城が変な雰囲気だ、というのはエレムとリオンとヘイディアの三人が共通に感じていることだ。まだルスティナ以外には言ってはいないが、領主のクレウスに会った時の、グランが感じた左手の違和感といい、とにかくあの城に絡んでなにかがあるというのは間違いはないだろう。

 最初のが無意味ないたずらにしては、その後の符丁があいすぎている。ジル自身は誰かに駄賃でも渡されて、それっぽくヘイディアに声を掛けたと考える方がまだしっくりする。

 そうなると今度は、『誰に』『どうして』という疑問が出てくるのだ。

「もう本人に会いに村まで行く時間もないしなぁ。明日にはまた、船でクフルに来るんだろうが」

 どう動くのが現実的か、少し思案した後、グランはふと思いついて訊ねた。

「そういや、晩餐の時間を変えてくれってオルクェルが申し出たのは、どうなったんだ?」

「はい、すんなりと昼餐会に変更になりました。昼前には姫と護衛の者は城に渡り、夕刻前には郊外の天幕に戻られる予定です」

「そうか……」

 昼前にはアルディラが城に入るなら、朝のうちからアルディラの周りは騒がしくなっているだろう。昼餐会の前に、またクフルとヒンシアを往復するのは難しそうだ。

 どうもすっきりしないが、この町にこれ以上いても、できることはなさそうだった。

「とりあえず、一回ヒンシアに戻るか。早ければエレムも昼過ぎには戻ってくるだろう」

 あとは、エレムがどういう情報を持って帰ってくるかだ。

 ヘイディアも考えがまとまらない様子ながらも、グランの言葉に頷いた。それからふと、ランジュに目を向けた。

「ずっと気になっていたのですが、この子はいったいどういう素性の子なのですか?」

 げ、いきなり率直に聞いてきやがった。グランは思わず身を引きかけたが、ランジュは舐めていた飴を口から離してにっかりと笑った。

「グランバッシュ様は私の持ちぬ……」

「事情があってあんまり深くは言えないんだ、知り合いの子どもだとでも思ってもらえれば助かる」

「左様でございますか……」

 喋り掛けたランジュを遮って答えると、ヘイディアはさすがに気後れしたように頷いた。

 ランジュが不服そうにこちらを見上げたので、グランはその目の前に、色のついた水の入った小さなガラス瓶をちらつかせた。ランジュはすぐに関心を移し、手に取った瓶を光にかざして遊び始めた。

「法術の素質とはまた違うような、不思議なものを前々から感じるので、気になっているのですが」

「へ、へぇ?」

 そういえば、エレムの養い親でレマイナの法術師でもあるラムウェジは、こちらが話す前から既に、ランジュがなにか判っていたような素振りだった。それなりの力を持った法術師だと、ランジュから特別に感じるものがあるのかも知れない。

「お、俺にはよく判らないけどな。まぁあんたがそう言うなら、なにかあるのかも知れないな」

「悪いものには思えませんので、あまり神経質にならずともよさそうですが」

 言っていながら自分でもよく判っていない様子で、ヘイディアはランジュからグランに視線を移した。

「あなたの剣の柄にあるその石からも、同じようなものを感じます。ひょっとしたら私の理解の及ばないなにかからの加護でも、ついているのかも知れません」

 うわぁ、そこまで判るのか。グランは内心舌を巻いた。加護がついているというか、憑いてるんだがな……ランジュが俺に。

「か、加護か。それならいいけどな」

 ちっともよくないが、背中に変な汗をかきつつグランは曖昧に笑みを作って頷いた。

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