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17.風の神官と水辺の街<前>

 ルスティナを天幕まで送り届けてから、グランはエスツファ達が居る宿に向かった。休暇中の者らのうち、夜の街のあんな所やこんな所に行かずに宿の大部屋でだらだらしていた兵士達は、すっかり宴会状態になっていた。

 ランジュは、酒に弱い者たちの逃げ場になっていたようだ。大部屋の隅で別個にできた、しらふの者たちの輪の中で絵を描いたり、将棋チェスの対戦を眺めたりと、いつもどおり気ままに遊んでいた。帰れば家族が居る者も多いから、ランジュは兵士達にはおおむねよくかわいがられている。

 エスツファは酒好きだが、あの体格でたいして強くはない。歌や話で騒いでいる者らと一緒に、機嫌良くやっている。いいところに来たとばかりにグランも飲まされて、なんだかんだ盛り上がってるうちに夜は終わっていた。

 朝になったら、飲んでいたうちの半数が生ける屍と化していた。

 顔色が悪いのは、こういう長い移動には慣れてない若い兵士達ばかりだ。元気な者は朝飯を食べに行ったり、散歩や浴場に行ったりとのんびりしている。

 グランは別に酒は残っていなかったが、さすがに野郎どもと宴会のあと同じ部屋で雑魚寝だと酒臭い気がする。エスツファは先にランジュと朝飯に行くというので、グランは宿の浴場でさっぱりしたあと庭で髪を乾かしがてら上衣を風に当てていたら、宿の使用人が客だと声を掛けてきた。

 まだ昼には遠い時間だし、エレムだったらさっさと中に通されるはずだ。またオルクェルの奴がアルディラに泣かされて使いでもよこしたかと、多少うんざりしながら上衣をかぶって玄関先まで出て行ったら、立っていたのはヘイディアだった。それだけでも意外なのに、従者を連れている様子もない。

「昨日の夕刻に、ルスティナ様がわざわざこちらの天幕にお見えになられまして」

 まだ髪が湿っているので、タオルをかぶって出てきたグランを、やはり目が合わないように微妙に視線をそらしつつ見返しながら、ヘイディアは淡々と話し始めた。

「クフルで出会った子どもの特徴を詳しく教えて欲しいとおっしゃられました。聞けば、子どもの訴えていたことについて、あなたとレマイナの神官殿があれこれ調べておられるとか」

「え……ああ」

 自分よりもルスティナのほうが、調べるのには乗り気な様子だったが。

「子どもの特徴が判ればあなたがクフルまで出向くとのお話でしたが、もとは私にもちかけられた話でございます。私が同行するのが当然でございましょう」

「いや……まぁそのほうがいいんだろうが」

 グランは曖昧に頷いた。こんな女と一緒だなんて嫌だと言っ……てはいないが、できれば御免だったのは、ルスティナも察していたと思うのだ。

 それにヘイディアも、自分から来た割にまったく乗り気には見えない。ルスティナまで動いているから、その手前もあって仕方なく、というのが、正直な所なのだろう。

 存在を認めたくないような素振りだった昨日より、直接グランに話しかけている分対応はマシになってはいる。なってはいるのだが、やはりあまり長時間一緒にいたい雰囲気ではない。

「おや、ヘイディア殿ではないか。このような所までどうなされた」

 ランジュを連れて、ちょうど食堂から戻ってきたエスツファが声を掛けてきた。ヘイディアが静かに頭を下げる。

「小魚を油であげて酢をかけたのがおいしかったですー」

 聞かれてもいないのに、ランジュがグランに向かって朝食の感想を語りだした。その間にヘイディアが、エスツファにも簡単にいきさつを説明した。

 あまり気の進まないグランの様子に気付いたのか、エスツファは軽い苦笑いを見せた。

「人を探すなら、やはり出会った当人がいてくれたほうがよいであろうよ。せっかくの申し出であるし、エレム殿が戻る前に行ってきたらどうだ」

「ああ……」

「嬢ちゃん、また船に乗れるってさ」

「え? 連れてかなきゃダメか?」

 ぽんぽんとランジュの頭をなでたエスツファに、グランは思わず声を上げた。エスツファは当然のようにグランを見る。

「オルクェル殿もリオン殿も来られないから、ヘイディア殿が一人で出向いてこられたのだろう? ほかに誰かが一緒ならまだしも、女人と二人で出歩いたのがばれたら、姫がなんと言うであろうかなぁ」

「アルディラはなにも知らないのか?」

「なにも裏付けるものがないまま、曖昧なことを姫に申し上げるわけには参りませんから」

 淡々とヘイディアが答える。そりゃそうかも知れないが、一応こっちはアルディラの安全のためにあれこれ動いてるんじゃないか。

 グランがなんともいいようのない顔をするのを、エスツファは面白そうに眺めて、

「知っていてもよい顔はしないだろうよ。姫は嬢ちゃんには好意的なようだし、おまもり代わりに連れて行った方がいいだろう。おれも行きたいところだが、昼から休憩のやつらが交代するから、それが終わるまでは町から出られないのだ」

「おまもりって、こいつは役に立たないのが仕事だぞ……」

「船ははやいのですー」

 グランの呟きが聞こえているのかいないのか、ランジュはなにも考えていない様子でにこにことしている。

 ヘイディア自身は、ほかに誰が一緒に行こうが構わない様子だ。グランと一緒に行動すること自体が既に不本意だから、あとはなにがくっついてこようと同じなのだろう。


 とりあえず手短に支度をすませ、ランジュを連れて外に出る。ヘイディアはやはり、従者も連れていなければ、馬車もいない。

 大公が直々に、アルディラとオルクェルに同行するよう命令したという話だが、それなら神官の中でもけっこうな立場なのではないだろうか。ルスティナと同じで、あまり大仰なことは好まないのだろうか。

 アルディラからもらった麦わらをかぶり、うさぎの人形をいれたかばんを斜めがけにして、ランジュは黙りこくったまま歩く二人を先導するように歩いていく。グランがいない間にエスツファと町を歩き回っていたのだろう、船着き場の場所も覚えているらしい。

 いい具合に、クフル行きの定期船の時間だった。午前中なので、双方の町の市場を行き来しているらしい者らで、船着き場は混雑している。グランのことを覚えていた衛兵が口をきいてくれて、なんとか船に乗せてもらった。

 船が大きな水路から川へ出ると、少しの間だけ湖上に浮かぶ城の姿が見えた。

 そういえば、ヘイディア自身は城がまともに見えるところでは気分が悪くなるといっていたから、この無口さもそれが多少関係しているのかも知れない。しかし船が次第に湖から離れても、ヘイディアの様子は相変わらずである。

 どう見てもよそ者で、男女と小さい子どもという組み合わせなのに明らかに家族などではない三人に、周りの者たちはそれなりに興味があるらしい。だが、ヘイディアの硬い表情のせいで誰も声が掛けられない。自分達の関係を聞かれても説明に困るから、その辺は逆に都合がよくもあるのだが。

 グランとヘイディアに挟まれたランジュは逆に、近くに座った行商人の女に、炒った木の実をもらって嬉しそうにかじっている。ランジュはどこに行っても、それなりになじんでいるから不思議なものだ。

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