13.不思議の島
ルスティナもエスツファもルキルア軍の要人だ。だが本人達は、必要以上に特別扱いされたいとは全く思っていないらしい。天幕をそれぞれ専用に使っている以外は、食事も兵士と同じものを同じ場所で食べる。
当番の者が町から食材を手に入れてきたのだろう。昼食は、今までの野営の中でも具材がいくらか豪華だった。パンのほかに、ゆでた腸詰め肉と野菜を一緒に煮たスープの椀が乗った盆を渡され、ルスティナとグランは、ほかの兵士達がいくつか輪を作っている中のひとつに混ざって並んで腰を下ろした。今日も良く晴れて日差しが多少強く感じるが、郊外の草原だから川からの風が吹き抜けて心地よい。
「……なるほど、エレム殿も一緒であったのか」
食べながらグランの話を聞いていたルスティナは、匙を持った手を止めて、ヘイディアの言葉を思い返そうとするように宙に視線を泳がせた。
「確かに、子どもを使って客引きをする、たちの悪い店もあるからな。エレム殿の判断は間違っておらぬよ」
「でも、同じ神官同士で、同じ話を聞いたんだぜ? あんたやオルクェルに説明するときに、エレムの名前ぐらい出してもいいと思うんだよな」
「子どもに最初に話しかけられたのは自分だから、特に言わなくてもいいことだと思われたのか……」
どうにも考えにくい様子ながらも、ルスティナは軽く首を振った。
「その話はまた別にしても、エレム殿もその城を見て変な雰囲気だと感じているのなら、やはり我々には判らないなにかを感じ取っているのかも知れぬな。……グランはなにも感じなかったのか?」
「俺? 俺は別に法術とか関係……」
言いかけたグランに、ルスティナが何気ない仕草で自分の左手を広げ、軽く回して見せた。なにも言わず、横目で意味ありげに眉を上げる。
そうだった。自分でもすっかり忘れていたが、グランにはキルシェという自称「暁の魔女」から半分奪った火の精霊の守護がある……はずなのだ。いきさつに『ラグランジュ』が絡むから、キルシェの事を知っているのはあの時居合わせたルスティナとエレムと、後から話をしたエスツファしかいない。
グランは自分の左手を広げ、手のひらを上にかざしてみた。
「別に、城を見たときはなんともなかったなぁ。距離が離れすぎてるからか、なにか悪いものがあったとしても、俺達にすぐなにか悪さをするようなものでもないって判断してるのか……」
「そうか」
あの一件以来、キルシェは姿を見せないし、ひょっとしたら「契約主の共有」とやらも、とっくに効果が切れているかも知れない。自分の力以外のものをあてにするのも、グランの性には合わないし、最初からないものとして考えた方がよさそうではあった。
「まぁ、ただの取り越し苦労で終わるなら、それに越したことはない」
「それもそうだ」
具のなくなったスープを飲みほして、グランは頷いた。ルスティナもあらかた食べ終えて、当番の兵士からもらった果実水のカップに口をつけている。
「いい日和であるな。書類を片付けたら、私も少し町の様子を見てくるとしようか」
「雰囲気云々はともかく、俺が見てる分にはきれいな湖だったぞ」
「このあたりでは有名な名勝地であるようだからな……おや」
ルスティナが目を向けた先から、天幕の間をすり抜けながら急ぎ足でエレムがやってくるのが見えた。エスツファに預けたままなのか、ランジュも連れていない。エレムは二人を見つけると、なにやら真面目な表情で近づいてきた。
「ルスティナさん、ちょっとお願いがあるんですが」
「どうしたのだ?」
「馬と、騎兵の方を貸して頂きたいんです」
「……なんかあったのか?」
町のことを調べに行くと言っていたのに、来るなりこれである。とりあえず座らせると、エレムは話を整理するように自分のこめかみを指で押さえた。
「少しこの町の歴史を調べてみようと思って、役場に行ったんですね。あ、グランさん、ルスティナさんには……?」
「クフルの子どもが言ってた話と、城の雰囲気がどうのこうのってのは話なら、さっきヘイディアが来て同じようなことを説明していった」
「そうですか。ヘイディアさんもお城を見て、なにか感じるものがあるんですね……」
やっぱりというように、エレムは小さく頷いた。
「それで気になったもので、役場に行ってみたら、あの湖がまだ沼で、川と離れていた頃の古い絵が飾ってあったんですよ。もちろんあの城が描かれた絵なんですけど」
「ほう」
「それが絵では、城のある島の、水際と城までの距離が、今と同じなんです」
「……?」
言っていることの意味がとっさに飲み込めず、グランとルスティナは同じように首を傾げた。
「水際って?」
「ほら、この町は一度水攻めにあって、その時の堰を利用して人工湖を作ったって話じゃないですか。水位が上がって町も水浸しになったのに、城にまでは水が届かなかったっていう話を船頭さんがしてくれたでしょう? ということは、当時の沼の水位は、湖になった今よりもずっと低かったはずなんですよ」
「そうなるな」
「それなのに、沼に浮かぶ島の見た目の大きさが、今と変わらないんです。なんていうのかなぁ……」
「本当なら、古い絵に描かれている島は、水面から出ている部分が今よりも多くて、水際から城まではもっと離れていなければいけない、ということか」
「そう、そうなんですよ」
やっとすっきりしたというように、エレムは大きく頷いた。
「絵だから多少の誇張や間違いもあるのかも知れませんが、当時の沼が、湖である今よりも狭い分、岸につながっている浮き橋は今よりも短く描かれてます。作者の違うほかの数枚を見てもやはり同じなんです。あれだと、水位が高くなったら、すぐに城の建物も浸水してしまうはずです」
「うーん……」
確かに妙な話だが、実際に城はそのままの姿で残っている。地形というのは、長い時間をかけて変わっていくものらしいが、たいした地震や火山の記録もないのに、ごく一部の場所の高低だけが目に見えて変わるというのはあるものなのだろうか。
「それと、騎兵を使いたいというのと、どう関係があるのだ?」
「ああ、そうでした。役場で聞いたら、レマイナの教会のある一番近い町が、馬なら半日もかからず行けるところにあるそうなんです。今から行けば、明日の昼前には戻ってこられるんじゃないかと思って……」
「そこまでして、なにを知りたいんだよ?」
「それは……」
勢い込んで話していたエレムは、グランの問いに言い淀んだ。
「……まずは、なぜこの町にもクフルにも教会がないか、レマイナ教会側の理由を聞いてみたいんです。でも、なんというか……、とても変な感じがするんですよ」
「変?」
「すみません、今はこれ以上は上手く言えないんですけど、あの城を見ていると、とても落ち着かないんです。理由がはっきり判れば、なんてことないのかも知れないんですけど……」
エレムは困った様子で頭をかいた。グランとエレムのやりとりを聞いていたルスティナは、自分のあごを指で押さえて少し黙りこんでいたが、すぐに小さく頷いた。
「判った、待機中ですることはないし、念のために二騎出そう」
「おい、いいのか?」
「直感というものは、あながち馬鹿にはできぬものだよ」
ルスティナはグランに軽く笑みを見せた。
「ヘイディア殿とリオン殿も、城に同じような印象を持っているなら、やはりなにかしら、理由があるのかも知れない。結果的になんともなかったとしても、それはそれでよいことだ」
「わがまま言ってすみません」
「気にすることはない。そなたらには世話になりっぱなしであるしな。頼ってもらえて逆に嬉しい限りだ」
言いながら、ルスティナは立ち上がった。気付いた当番の兵士が、慌てて盆を受け取りにやってきた。
「手配ができるまで、エレム殿も昼ぐらいはすませておくがいい。どうせ町に着くなり調べ物で、まだ食べておらぬのだろう?」
「あ。はぁ……」
行動の型が読まれてきている。エレムは気恥ずかしそうに頷いた。ほかの兵士に声をかけにいこうとして、ルスティナはふと思いついたように振り返った。
「私も町を見るついでに、その役場にある絵を見に行こうかと思うのだが、せっかくだからグランも一緒に行かぬか。残っている書類を片付けてからになるが」
「あ? ああ」
「早めにすませるから待っていてくれ」
グランが反射的に頷くと、ルスティナは近くで休憩していた兵士達になにやら声をかけ始めた。今残っている騎兵を確認しているらしい。
結局なんだかんだで忙しくなるのだ。小さくため息をついたグランを見て、エレムはからかうような笑みを見せた。




