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26.街道の小さな事件の顛末<前>

 少しのやりとりの後、ルキルアの騎兵がカオロの町まで人を呼びにいった。この時点で、『町の衛兵達には、あまり大騒ぎせず、こっそりと人を手配するよう言い含めるように』とルスティナが指示を出している。

 馬でなら、町までたいした距離ではない。ほどなく、カオロの町から騎兵が何人かやってきた。昼に話した年配の衛兵も一緒だった。

 やってきた衛兵達に、襲ってきた男達の顔を確認させたら、首謀者格の大柄の男は、町に一軒しかないの古物商の息子だというのが判った。名前はエンスという。

 割と羽振りの良い家で甘やかされて育ったエンスは、この年になってもろくに仕事もせず親に金をせびる、絵に描いたような穀潰しだった。飽きると換金だと称しては親が買い付けた店の品物を持ち出して、少し離れた別の町まで遊びに行って悪さをしてくるのが習慣になっていたようだ。賊のうち半分は、カオロの町での悪友で、もう半分はたまにエンスが別の町から連れてくる悪い遊び仲間だった。

 正体が判ったので、年配の衛兵は先に町に戻り、待機させていた衛兵を集め、エンスとその悪友達の家やたまり場を急襲した。

 果たしてエンスと仲間達の自室からは、ここ最近の何件かの盗難で、盗まれたと届けがあった品物がごっそりでてきたのだ。どうやらある程度たまるとこっそり持ち出して、ほかの町で換金していたようだった。


 後からやってきた荷馬車に、縛り上げた男達を押し込んで、ついでにグラン達も別の荷馬車に乗せられて、再びカオロの町に戻った。その頃には必要な証拠集めはあらかた済んでいて、男達はまったく言い逃れができない状況だった。もちろん三人を襲った時点で、もう白状しているようなものだったのだが。

 変な魔法を使っていた荷馬車の御者は、名前をシラグという。

 シラグは、自分の住む村から頼まれ、野菜などを町に売りに来たついでに、荷馬車を使ったちょっとした運搬の仕事を町の人間から請け負って日銭を稼いでいた。多少気が弱いが、真面目な働きぶりの男だったらしい。

 捕まった男達は、普段はほとんど使われていない留置場に押し込められた。

 なにしろ、連中が襲ったのは隣国の王国軍最高司令官なのだ。曖昧に済ませたら、カオロの町どころか、国全体を巻き込む大問題に発展しかねない。

 オルクェルが差し向けた、エルディエルの騎兵の存在感も大きかった。最初は町の有力者にまで訴えて息子の釈放を求めていた者もいたが、場合によってはエルディエル軍の介入もあり得ると言われては、もう黙るしかなかったのだ。心配性の兄様のすることが、思わぬところで役に立った瞬間だった。

 こうなると衛兵の詰め所も手狭なので、門のそばにあった食堂が即席の捜査本部になった。

 押収した証拠品をテーブルに並べて衛兵達が記録を取っている横で、グラン達は年かさの衛兵から事の次第を聞かされた。後からやってきた二人の騎兵も、連絡役を終えると特にすることもなくなり、横に立って話を聞いている。

「大きな町まで歩くのをおっくうがったエンスが、足代わりに荷馬車を雇ったのがシラグとのつきあいのはじまりだったようです。なんの取り柄もないとからかわれて、むきになったシラグが、自分は雷の力を扱えるなどと言ったようなのですが……」

 実際に雷の魔法を見ていない年かさの衛兵には、この辺りの話はやはり腑に落ちない様子だ。

 言ったからには、本当かどうか見せてみろという話になるものだ。シラグは最初は、なんでもない木の杭や、小さな虫相手に雷を落として場を収めていたのだが、そのうち人相手にやってみろという話になってしまった。

 仕方なく、人通りの少ないところでたまたますれ違った者に雷の魔法を使った。それが思った以上に威力があって、昏倒させてしまったのだ。

 シラグは慌てて介抱しようとしたが、エンスは倒れた者がたまたま高価な品物をもっていたのに気づき、路銀と荷物袋を奪ってしまった。シラグもよせば良かったのに、自分のしたことが恐ろしくなって言われるままに逃げ出してしまった。

 あとはもう、共犯者どころか、『お前の力で人が倒れたのだからお前が首謀者だ』と、エンスに脅されて口をつぐんでいるしかなかった。

 味を占めたエンスはことあるごとにシラグを脅し、ちゃんと買い取ってやるから、ほかの旅人からも同じように荷物を奪ってこいと命令するようになった。

 奪ったものを渡したところで、報酬として支払われる金は微々たるものだ。それでも、やらなければ今度は真面目に働いて稼いだ金を巻き上げられる。誰にも話せないまま、シラグは従うしかなかった。

 衛兵達は、取るに足らない置き引きのようなものだと、たびたび起こる盗難事件にもあまり関心を示さなかった。やっている方も、最初は抵抗があっても、回数を重ねれば罪の意識は薄くなる。仕方ないのだと自分に言い訳しながら、シラグは日銭稼ぎの仕事の合間、通りすがりの旅人を人目のないところで昏倒させては、荷物を奪うのを繰り返していたのだ。

「なるほど、金目のものを抜かれたあとの被害者の荷物が、奪われた場所から遠いところで捨てられていたのは、荷物を荷馬車に載せて隠していたからだったのか」

 ルスティナは組んだ足の上で頬杖をつき、納得がいったというように大きく頷いた。

 倒れた被害者のそばで、いつまでも荷馬車を止めていたら、多少遠くから見ても目立つ。雷の魔法で昏倒させて荷物を奪うと、シラグはすぐにその場を離れ、人気のない場所で改めて荷物を探って金目のものを抜き取っていたのだ。

 昨日の朝も、村の者から荷物を預かったシラグは、朝早くからカオロの町に向かって荷馬車を走らせていた。夜も明けきらない薄暗い街道を、一人の男が先を急ぐように足早に歩いていた。シラグは街道にも、周りの畑にも人がいないのを確認して、その男を雷の魔法で昏倒させた。

 男がなぜか、胸を押さえながら倒れたのが気になったが、どうせ明るくなれば人通りも増えて、誰かが見つけてくれるだろう。いつものように荷物を奪い、離れた場所で金目のものと路銀を抜いて、あとは捨てた。もう、シラグには「いつものこと」でしかなくなっていた。

「それが、次の日に衛兵さんに頼まれて拾いに行った行き倒れの死体が、自分が襲った人だったんだから、驚いたでしょうねぇ……」

 呟いたエレムの声は、どこか同情的だった。

 とうとう人を死なせてしまった。しかも遺体に付き添ったルキルアの兵隊は、遺体の死因や荷物のありかにも妙にこだわっている。

 今までは衛兵達が無関心でろくに調べもしていなかったが、死人まで出てしまったら衛兵も本気で犯人を探し始めるかも知れない。頭が真っ白になったシラグは町に戻るなり、エンスに話をぶちまけた。

 さすがに死人まで出るとしゃれにならない。しかも昼頃になって、死体を見つけた奴らがなぜか町に寄って、また衛兵と話をしている。理髪屋の女が自慢げに話すには、今度は雷を使う神様の話までしていたらしい。

 さすがにエンスも怖じ気づいたはずである。だが間の悪いことに、大きな町での遊び仲間が一緒にいたものだから、無責任に煽られたエンスは気弱なところを見せるわけにいかなくなってしまった。そんな便利な力が使えるのなら、あいつらが勘づく前に襲って始末してしまえばいいじゃないか、金目のものも持ってそうだし……

「なんだ、殺す気でかかってきてたのか。物取り目的だと思って手加減しちまった」

 エレムの手当を受けて、布を巻かれた自分の右手を見ながら、グランは不機嫌に言った。

「じゃあ返り討ちにあっても自己責任だったな。遠慮なく斬り刻んでおけば良かった」

「素人さんを皆殺しにしたってしょうがないじゃないですか……」

 エレムが呆れたようにとりなした。年かさの衛兵は冗談だとでも思ったらしい。困ったように笑みを見せ、ルスティナに向き直った。

「シラグの、雷の魔法とやらは、小さい頃に、祖母が祀っていた自分の村の祠の像に話しかけられて授かった、という話でした。祖母には、作物の虫を追い払ったり、雨を呼んだりする時以外には使ってはいけないし、人に教えてはいけないと言い含められていたそうです。でもその祖母が亡くなって、世話を手伝っていた田畑も分けてもらえずに、ぼろぼろの荷馬車と年寄りのロバでこつこつ日銭を稼ぐしかなくなって、内心嫌気がさしてたんでしょうな。ただ、気が小さくておおっぴらに悪さもできず、エンスに脅されるようになってからも、請け負った仕事を放り出すこともしなかったようです」

「根は真面目でいい子なんですよ、きっと」

「気が小さいのと真面目は関係ねぇよ」

 妙にエレムはシラグの肩を持つ。グランは隣のテーブルに足を投げ出してそっぽを向いた。

「本当に真面目でいい奴なら、どんなに怖かろうが脅されようが、本気で嫌だって思ってることはやらねぇよ。脅されてるのを言い訳にして、自分がしたいことをしてただけだろ。ふざけんな」

「まぁまぁ、誰もが最初から強くあれるわけではないだろう」

 ルスティナは二人を見比べて苦笑いを浮かべると、年かさの衛兵に顔を向けた。

「して、昨日の行き倒れの男が奪われたものは、見つかったのか?」

「はい、エンスの部屋から」

 言いながら、衛兵は近くで盗品の記録を取っていた若い衛兵に手を振った。若い衛兵は頷いて、テーブルの隅に置いてあった小さな木箱をルスティナに手渡した。

 木箱と言っても、ただ安い薄板を組み合わせたものではない。凝った花の彫り物に美しく塗りを施された、工芸品の類に入りそうな物だった。ルスティナがもう少し一般的な感覚の女だったら、きっと「かわいい!」などとはしゃぎながら目をきらきらさせてふたを開けていただろう。

 周りの期待を全く裏切り、淡々とした表情で木箱を手のひらに載せ、ふたを外したルスティナは、中のものを見てやっと驚いて目を見開いた。

「これは……」

 髪飾りなどというから、若い娘が好むような見た目だけ派手な安物かと思ったら、全く違った。銀の髪留めに、大きさこそ小粒だが、丁寧に加工されたどうみても本物の色とりどりの宝石がいくつも埋め込まれて、風が流れるような模様を形作っている。あんな行き倒れが持っている荷物とはとても思えない。

「路銀の袋とは別に、こんなものも見つかりました」

 言いながら、年かさの衛兵は上質の皮でできた小さな袋をルスティナに差し出した。

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