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23.皓月将軍と暁の魔女<前>

 名残惜しそうな衛兵達に揃って見送られて、グラン達がカオロの街を出たのは、町に着いてから一時半は過ぎた頃だった。

 ルスティナの髪を整えるだけのつもりだったのに、行き倒れの話やらで妙に時間を食ってしまった。本当だったら昼過ぎにはもう街を出て、夕暮れになる前に余裕でエスツファ達に追いついているつもりだったのだ。

 この調子では、合流は日没にぎりぎり間に合うかくらいになりそうだ。万一太陽が沈んでしまったとしても、今日も月が早くから出ているはずだから、歩くのに困るほどの暗闇にはならないだろうが。

 髪が軽くなったせいか、ルスティナは町に入る前よりも機嫌がよさそうな感じがする。あまり小うるさい心配をするのも、グランにはどうにも野暮に思えた。

 町から離れると、街道の人通りは目に見えて少なくなった。たまにすれ違うのは、地元の者ではなさそうな旅人や、街から街への荷物を運ぶ荷馬車のほうが多い。

 少し陽が傾いて影も多くなったので、歩くのにはずいぶんと楽な時間かも知れない。しばらく他愛もない話をしながら歩いていたが、ほどなくすると小さな山を越える道にさしかかり始めた。それまでは山間の草原で視界が開けていたが、周囲に背の高い木が増え始め、前後の見晴らしもきかなくなってきた。木漏れ日のおかげで薄暗いというわけではなく、逆に涼しくて鳥の声も心地いいくらいだが、

「……つけられているな。二人いる」

 一見、少し歩き疲れたとでも言うような素振りで、立ち止まって伸びをしながら、ルスティナが囁いた。もちろん後ろを振りかえろうとはしない。エレムも気付いていたらしく、気遣うようにルスティナに顔を向けながらも、目だけはグランを伺っている。

「町を出てからずっとだな。物陰が多くなったから近づいてきたんだろう」

「僕らとなにか話がしたいような感じではないですね。こちらの様子を伺ってるだけならいいんですけど」

「……物取り目的なら、この先で裏道から先回りした仲間が待ち伏せている可能性もあるが、どうする?」

 自分達二人だけなら、さっさと進んで何人出てこようが適当に畳んで終わりだが、ルスティナが一緒ではあまり無茶はしたくない。だが当のルスティナは、大きく肩を回しながら、

「その時に考えるとしようか」

 特に表情を変えずにまた歩き始める。問うようにこちらを見るエレムに、グランは肩をすくめてみせた。

 気配から察するに、後ろの者らは戦うことを専門にしているようには思えない。武器らしいものを持っている様子もなかった。とっつかまえてもいいのだが、今の状況ではただ一緒の方向に向かっているのだと言われればそれまでだ。

 しばらく歩いているうちに、坂道がゆるやかに蛇行を始め、見通しは更に悪くなった。すれ違う人の姿もない。

 やっと馬車が一台通れるかくらいの幅の道がしばらく続いたあと、切り開かれた広めの場所に出た。馬車がすれ違うために設けられた場所だろう。隅には、山道を保守するために切られた枝や倒木などがまとめられている。

 その積まれた枝木の陰に、数人が隠れている気配がする。

 こういうのに出くわすたびに思うのだが、どこかに『初歩の盗賊入門』などという本でも売られているのだろうか。ちんぴら達は『そのいち・山道での旅人の襲い方』などという項目を、必死に赤インクで線を引きながら勉強しているのかも知れない。

 ばかばかしい想像をしながら、気配に気付かないふりで道を進むと、その先をふさぐように六人ほどが木の陰から現れた。予測どおりすぎて、どういう反応をしてやれば喜ぶのだろうかと考えてしまったくらいだった。

 グラン達が立ち止まったのに気付いて、物陰に隠れていた者たちも後ろをふさぐように道まで出てきた。

 前に現れたのは首謀者らしい大柄の男を含めた六人、後ろには三人。最初からつけて来た奴らを合わせても一〇人程度だ。一応それなりに顔は隠し、手に手に棍棒や、おもちゃみたいな剣を持ってはいるが、どう見てもただの田舎のちんぴらだ。まともに農作業をしている方が筋肉もつくのではないのかと思わせるような、貧相な体格の者が半数を占めている。

 襲われる側としては、「なんの用だ」とでも話しかけてやるべきなのか。グランがルスティナとエレムを見ると、二人ともやはり反応に困った様子で周りを見回している。

 こちらが想定どおりに反応しないので、首謀者格らしい大柄な男も出方に戸惑っているらしい。グランは頭をかき、小さく息をついた。そのまま間髪を入れずに、前の六人に向かって地面を蹴る。

 誰何するどころか、剣も抜きもせず無言のままでいきなりグランが突っ込んできたものだから、可哀相なくらい六人は仰天している。慌てて構えたり、逆に悲鳴まであげてよけようとしているが、もう遅かった。

 グランは、振り下ろした棍棒を見事に空ぶった者とすれ違いざま、左肘で首筋を殴り倒した。その後ろの男の顔をはり倒し、更にその横で構え損ねておたおたしている大柄の男の右手から剣をはたき落とす。その手から柄が離れたところを、左手で受け止めながら力一杯脇腹を回し蹴った。

 蹴られた男は空気が抜けたカエルのような声を上げ、背中から側溝に倒れ込んで動かなくなった。いきなり三人が離脱し、なんとかグランをよけたもう三人は、ひきつった顔で間合いを取ろうとしている。

 グラン視界の隅では、腰の長剣ではなく短剣を片手に持ったルスティナが、素手のまま身構えるエレムと背中合わせになって、自分たちを囲んだちんぴら達を相手にしていた。

 ルスティナが長剣を抜かないのは、安易に相手を傷つけないためだろう。きちんと手入れされた剣を、それなりに使える人間が本気で一振りしたらどうなるか。そんなことも考えつかないほど、連中は素人なのだ。

 ルスティナとエレムに割当たった四人のうち、既に一人が倒れていた。背中からひっくり返っているから、エレムに投げ飛ばされたのだろう。相手があまりにも素人なので、下手に剣で相手をするより、素手で片付けた方がいいとエレムは判断したようだ。

 あっちは任せておいて平気だろう。こちら側の三人を片付けようと、奪った剣をグランが右手に握り直した時だった。

 木が茂って薄暗い中、視界の端が、火花が散ったように一瞬明るくなった。賊が振りあげた剣が木漏れ日を反射したのかと思ったが、そうではなかった。剣を避けて賊の懐に飛び込もうと足を踏み出したエレムの眼前に火花が散った、それと同時にエレムが一瞬棒立ちになったのだ。

 危ないと判断したらしいルスティナが、素早くエレムの前に割り込んだ。割り込む勢いで、エレムに斬りかかろうとした者の横っ面を短剣の柄ではり倒す。

 鈍い音とともに、口元から白い固まりの混じった赤いしぶきをあげて、男が横に吹っ飛んだ。歯が折れ飛んだようだ。

 エレムの方は、一瞬膝から崩れかけ、すんでの所で気がついたようで持ちこたえた。見た感じ、立ったまま一瞬眠り込んで脚の力が抜けたかのような動きだった。

 身構え直しはしたものの、何が起きたのか自分でも判っていないようだ。まるで眠気を覚まそうとするかのように、軽く頭を振っている。

 なんだかよく判らないが、さっさと片付けてしまわないとまずいかも知れない。

 体勢を立て直そうとしているエレムを、ルスティナが背中にかばう形のまま、残り二人を牽制している。歯が折れたはずみとはいえ、味方が血を流したのを目の当たりして、ちんぴら達も怖じ気づいているようだ。

 グランを囲むように広がった三人のうち、棍棒を持った一人が気合いとも悲鳴ともつかない叫びを上げて殴りかかってきた。奪った剣の柄で受け止めて、相手の顔を左手で殴り倒そうとしたのと、グランの目の前で火花が散ったのは同時だった。

 刺すような痛みが、右の手首から肘に向かって走り抜けた。感覚としては、関節の変なところをぶつけてしびれが走った時のものに近かったが、痛みの強さは比較にならない。ぎりぎり剣を取り落とすのは防いだが、受け止める力が弱まって、棍棒は剣の柄を滑りグランの左肩を打ち据えた。

 当たったのは肩当ての部分だったから、それほど痛みはない。それでも、剣の柄で棍棒の勢いを殺し切れなかった分、グランは数歩よろめきながら後ずさった。好機と取ったのか、もう一度男が棍棒を振り上げたので、グランは右足を軸にして、がら空きになった男の腹を左足で蹴り飛ばした。

 打たれ慣れていないらしい男は、今度は声にならない悲鳴を上げながら後ろに倒れた。一緒になってかかってこようとした後ろの二人が、足下に転がって動かなくなった仲間を見て動きを凍らせた。

 間違いない。どうやっているか判らないが、こいつら以外の誰かが、なにかしらの方法で火花を使って自分達を攻撃している。

 痛みは引いたものの、妙なしびれの残る右手で剣を握りしめて、グランは残っている二人を見据えた。片方は粗末な剣を、もう片方は棍棒ですらない細い材木のようなものを握りしめ、腰の引けた様子ながらもグランに向かって身構えている。剣を握っている男の視線が、落ちつかなく横に動いて、グランは目だけでその先を追った。

 視線の先で、ルスティナに向かって棒きれを振り下ろした男が、あっけなくその手首を捕らえられ、右肘を鳩尾に打ちこまれている。更にその先。

 ルスティナとエレムに向かい合う男達からも離れた場所で、武器も持たない男が木の陰からこちらを伺っている。そういえば、最初つけてきていた者は二人いて、後から九人増えたから、相手は十一人いた計算だったのに、襲ってきたのはグランに六人、ルスティナとエレムには四人だった。つけてきていたうちの一人は、出てこずに隠れていたのだ。

 方法は判らないが、一番厄介なのは隠れているあの男だろう。どちらを先に始末するべきか、考える暇もなく、ルスティナとエレムが相手にしていた最後の一人が、半分やけのような叫び声を上げてルスティナに剣を振り上げた。鳩尾を打ち据えて気を失った男を脇に突き飛ばし、剣身を短剣で受け流そうとルスティナが右腕を胸元に引く。

 同時に、物陰の男が右腕を上に伸ばし、ルスティナの方に向かって手を振り下ろすような仕草をした。なんだかとてもまずい気がして、グランは警告の声をあげようと唇を動かした。

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