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21,皓月将軍の休日<中>

 もう半時経ったのか。ちょっと脅かしておいたのが効いたらしい。ルスティナはまだ、髪を切るところにもたどり着いていないのだが。

 エレムは二人を待たせていないことにほっとしたような笑みを見せると、今度は振り返って誰かに声をかけている。遅れて追いついてきたのは、朝、集落まで死体を回収に来た衛兵の、年かさの方だった。

「先ほど、今朝使った荷馬車が、そちらの兵士さんをルキルアの本隊に送り届けて帰ってきまして」

 人混みを分けて店に入ってくると、年かさの衛兵は、鏡の中のルスティナとグランとを交互に見ながら話し始めた。

「そうか、わざわざすまなかった」

「御者がエスツファ将軍から伝言を預かってきたというので、持ってきましたが……」

「グラン、見てもらっても良いか」

 封もされていない書き付けだから、ルスティナ以外の者が見てもさしつかえはなさそうだ。一緒にのぞき込んで、グランとエレムは同時に吹き出した。

「……どうした?」

「一度オルクェルに回収されていったリオンが、ぼろぼろになって戻ってきたから、早めに追いついてやってくれ、だそうだ」

 あの二人も黙っていればいいのに、グラン達が別行動をとっていることを、馬鹿正直にアルディラに教えたのだろう。ルスティナは問うようにこちらを見ようとして、髪のあちこちを髪留めで巻き上げている店の女に動きを阻止された。

「そういや、オルクェルはリオンを置いていくのを、あんたになんて説明したんだ?」

「リオン殿は、レマイナ教会の活動や法術がどのようなものか、いろいろエレム殿から話を聞きたいと言っていたとか……」

 アルディラがカイルに会いに城まで来た時に、そんなことを言っていたような気がする。アルディラのご機嫌とりだけでも大変そうなのに、今度はオルクェルの意向も聞かなければいけないのだから、リオンも可哀相な奴ではある。

 しかし、自分たちが隊を離れるとなぜリオンがぼろぼろになるのか、ルスティナにどう説明すればいいのだろう。グランは一瞬考えてしまったが、

「そうそう、朝の行き倒れの男ですが」

いい具合に、衛兵の男が話を変えてくれた。

「あの男の持ち物らしい荷物が、この町のそばで見つかりまして」

「へぇ?」

「街道の道ばたにうち捨てられてました。以前にあった盗難の時も、被害にあった者の荷物袋が町の近くで見つかったので、それとなく巡回の者に気をつけさせていたのです。路銀や金目のものはありませんでしたが、簡単な生活道具と一緒に、家族にあてたらしい手紙が入ってました。これで身内の者に連絡はしてやれそうです」

「誰にも知られずに葬られずに済みそうなのは、よかったですね……」

 エレムがしみじみと呟いた。

 荷物が死体と離れたところで見つかったというなら、やはり死者から荷物を持ち去った何者かがいるわけだ。それが街の近くに捨てられていたというのなら、金目のものはとっくに市場で換金でもされているのだろうか。死者が荷物の中になにを入れていたか判らない以上、そこからたどることはできないが。

 ただ、こういった形の盗難は過去にも何度かあるようだし、実際目が醒めてから被害を訴えた者もいる。そういった者たちは、自分がなにを奪われたか判っているから、その言葉を元に街の古物商などから盗品の情報をたどったりはできるはずだ。しかし、未だに犯人が判っていない。

 と言うことは、犯人はこの町で盗品の始末はしないのだろうか。

 あるいは、町で誰かが買い取っていたとしても、盗品だというのが判っているから、金を払いはしてもこの町では品物を表に出さず、別の町に持ち出して処分しているのか。

 前者の場合は単独犯でも可能だが、後者だと、犯人を知っていて黙っている者がほかにもいることになる。

「……どうしてそんなに離れたところで捨てているのだ?」

 前と顔の横の以外の髪を髪留めで巻き上げられ、やっと理髪師が右手の髪留めをはさみに持ち替える、その隙を突いて、ルスティナがグラン達に視線を向けた。

「ほかに人の目がないと判断したから、行き倒れた者の荷物を奪おうと思うのであろう。それならその時に荷物から金目のものだけを抜いて、不要なものは行き倒れの者の近くに置いていけば済むはずだ。これが混雑した市場などで、通りすがりに荷物をひったくったというのなら、そのまま荷物を持って走って逃げて、人気のない別の場所で金目のものだけを抜くのであろうが、動けない相手から奪うのであろう?」

「……そう言われればそうだな」

「昨日の男は運悪く亡くなってしまったから、何を抜き取られたか判らないでいるが、ほかの被害者は皆めだった怪我もなく、正気に戻った後は被害を訴えてもいるのであろう? 持ち去った荷物をいつまでも持ち歩いていたら、それをほかの誰かに見られる危険も増すだろうに」

「確かにそうですね。犯人がこの辺りの住人ならなおさら、奪った荷物を持っているところを、ほかの人に見られたくはないでしょう。知っている人に見られたら、いつもと違う持ち物を持っているだけで不審に思われるでしょうし」

 ということは、荷物をその場では中を見られない事情が犯人にはあったのか。それとも、荷物を持ち去ってもしばらくは周りに不審に思われない状況だったのか。例えば、自分自身が大きな荷物袋を持っていて、そのなかに奪ったものを放り込んでしまえば周りには気付かれない、とか。

 ……いやいや、犯人捜しはこの国の衛兵の仕事だ。グランは大きく首を振った。

 自分たちがあれこれが考えたって仕方がない。中途半端に関わってしまったせいか、妙に気にはなるが。

「あ、そうそう、役場でちょっと調べてたんですが」

 本格的に理髪師がはさみを動かし始め、ルスティナはとうとう横を向くことが許されなくなって会話に混ざれなくなった。グランはグランで考え事を始めて黙ってしまったので、エレムが間を取り繕うように年かさの衛兵に話しかけた。

「街の入り口の所の水飲み場で、四本腕の像が祀られてるのを見ましたけど、あれ、このあたりの古い神様なんですってね」

「ああ、誰が作ったのかも判らないほど古い祠ですがね。収穫の祈願だけじゃなく、水不足の年なんかは、あの像の神に雨乞いをする村もあるようです」

「こんな山あいで、水不足になったりするんですか?」

「この辺は、大きな川がないんですよ。山からの小さな川やわき水も多いし、井戸にも困らないんですが、冬に雨が少ない年はわき水の量が減ったりしますからね。大きな川から水を引くことができない不安から、雨乞いの風習が残ってるんでしょう」

 年かさの衛兵は、なぜそんなことにこだわるのか不思議そうだ。それでもルスティナの手前もあってか、いい加減に答えを済ませたりはしなかった。

 ルスティナの髪と、理髪師の闘いはしばらく終わりそうにない。自分はこれからは門の番だから町を出るときは声をかけてくれと言い残し、衛兵は店を出て行った。

 雨を降らせるというなら、それこそ火は関係なさそうだ。キルシェはああいっていたが、死体の服を焦がしたのが、仮に法術以外の得体の知れない魔法の力だとしても、その力の元が必ずしも、この辺りの古い神に由来しているものとも限らない。

 しかし、

「ルアルグの兄弟神に、デュエスという農耕神がいるのは知ってますか?」

 ああだこうだとルスティナに話しかける店の女を眺めながら、グランと並んで長椅子に腰を下ろし、エレムは続けた。

「名前をどこかで聞いたことがあるくらいだが」

「水の不足しがちな地方に行くと、教会もそこそこあるんですけどね。あまり教会のない地区でも、穀物の病気や害虫が異常発生したりすると、一気に知名度が上がったりします」

 困った時だけは、普段は気にもとめない神様まで引っ張り出してくるのだから、人間は勝手なものである。

「俺にはあんまり関わりのなさそうな神様だな」

「そんなことないですよ、農家の人の働きがあってこそ、僕たちは毎日食事を頂くことができるんですから」

 もっともな話ではあるが、ここで要点からそれた講釈を聞かされても眠くなるだけである。グランは慌てて顔の前で手を振った。

「で、その農耕神がどうしたって」

「……どちらかというと、天候に直接関わるというより、知識の神としての面が大きいんですけどね。灌漑するための知識や技術を与えたり、病気のでないような作物のつくりかたを見つけられるよう助けたり、その地方の土地や気候に適応できる植物をもたらしたり、という形で加護を与えるという話は聞きます」

「カイルが聞いたら喜びそうな神様だな」

 植物好きの王子の顔を思い出して、グランは頷いた。それとも観賞用の花や植物に関しては、管轄外なのだろうか。神様は植物をそういう形で区別するのかどうかも、グランには想像がつかない。

「そんな神様なので、今は神官の中にも法術を使える人はあまりいないらしいんです。でも、ちょっと古い記録の中に、デュエスの法術師が雷雲を呼んで起こして雨を降らせた話がいくつかあるんです」

「へぇ」

「その中に、ちょっと気になる記録があって」

 言いながら、エレムは自分のこめかみをつついた。

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