副官フォルツの勇壮なる帰還<12>
「いくらおれでもそんな大それたことは予測できんよ。年も近いし、せっかくだからちょっとは接点ができればいいかなと思ってはいたが」
エスツファは顎を撫でる。
「殿下が姫に圧倒されるか、殿下の偏執的な話に姫が引いて終わるかと思っていたが、ちょっと姫が弱っていたおかげで、思わぬ方に転がったな。考えてみたら、全く性質が違うからこそ、巧くいく関係もあるのかも知れぬ」
「元騎士殿と、エレム殿みたいなもんかな」
「なるほど」
フォルツのつぶやきに、ヴェルムがぼそりと頷いた。エスツファはにやりと笑うと、親しげにヴェルムの肩を叩いた。
「そうそう。おれと、ヴェルム殿みたいなものだな。これからも頼りにしているぞ」
「『頼りにする』と『丸投げにする』は同義ではないぞ」
ヴェルムは視線だけを動かすと、笑いもせずに吐き捨てた。もちろんエスツファには響いた様子もない。フォルツは敵わないなと肩をすくめ、ふと首をひねった。
「それにしても、どうしてみんなして、ルスティナの耳飾りにこだわるんだろう?」
「えっ」
「えっ」
「えっ?」
晩餐も、野営地の夕食を見立てた、野外での食事だった。カカルシャの離宮で皆で過ごしたのを再現するかのような、贅沢でも華やかでもないが和気藹々とした食事に、アルディラはご満悦だったようだ。
それまで、どこか距離を保っていた感もあるルスティナとも、楽しそうに会話していたのを、リオンもほっとした様子で見守っていた。
さすがに姫を泊められるような場所はないので、アルディラ一行は馬車で離宮へ戻ったのだが、随伴できず離宮で待機していた侍女達は、戻ってきたアルディラの表情が目に見えて明るくなっているのに気づいたようだった。
エルディエルの部隊がルキルアを出る当日の朝、エスツファとルスティナを伴って、カイルが挨拶にやってきた。
「姫、あのとき差し上げたお花は、じきに枯れてしまうでしょうから」
そう言ってカイルがさしだしたのは、額に納まった、一枚の絵だった。
色とりどりの花の収まったかごを抱えた、笑顔の少女が描かれている。横に控えていたオルクェルとリオンが、それを目にして同じように目を丸くした。
「いつの間にこんな肖像画を描いて頂いたのですか」
「これは……わたし?」
それは、ルキルア城での昼餐の時に受け取った花かごを抱える、アルディラ自身の姿だった。花の種類は確かに、受け取った花かごの中身と違わず、アルディラの髪も服も、あのときの姿をそのまま紙に写したような正確さだった。
「さすがに、彩色は専門の画家に手伝ってもらいましたけど、元の絵を描いたのはあの子です。ほら、僕の庭で、絵を描いてた子がいたでしょう」
「あの子が? ……すごい、あの一瞬で、わたしの姿を完全に覚えたの?」
「記憶だけで、ここまで正確に描いたんですか?」
もしアルディラを知らない者に先にこれを見せ、後で顔あわせをしたら、すぐにアルディラと判るであろう正確さだった。着色の時点で確かに現実と差異は出るが、それを踏まえても相当に正確だ。
「これは……確かに素晴らしい才能だわ。それに、絵の中の花なら、枯れないものね。とっても素敵な贈り物です」
「城のみんなも、姫と、エルディエルの皆さんと時間を過ごせて、楽しかったって喜んでました。来てくださって、ありがとうございました」
「まぁ」
『楽しんでいただけました』か、とはよく聞かれるが、『みんなが楽しかった』など、あまり聞く言葉ではない。アルディラは驚きからの、鮮やかな笑みを浮かべた。
「わたしこそ、無理を言って修繕中のお城に伺ったのに、皆さんにとても良くしていただきました。ほかと比べることに意味はないのでしょうけど、ルキルアでは、とても斬新で、楽しい時間を過ごしました。本当にありがとうございます」
「大事な公女様のおもてなしにはあるまじき振る舞いだと、大公に怒られないといいですが」
「いやいや、大公殿下は、心も視野も懐も広いお方でありましょう。姫を見ていると、そう感じますぞ」
「ええ、そうね。そうなんでしょうね……」
エスツファの軽口に、アルディラは何故か、穏やかに目を細めた。
ルキルアを離れ、馬車に揺られ、途中の国に立ち寄るなか、水を与えてまめに世話をしていた花かごの花も、少しずつ元気がなくなっていった。アルディラはまだ元気があるうちにと、生花は侍女達に分け与えた。
「わたしは枯れないお花をもらったから」と。
侍女達はその花を押し花や乾燥花にしたりと、それぞれに楽しんだようだ。かごは、国に帰ったら別の用途で使えるよう、保管させている。
「ねぇ兄様」
もう少しでエルディエルの領内に入るという頃、アルディラは侍従長とリオンの前で、オルクェルに話しかけた。
「わたし、お礼がしたいわ。カイル王子と、絵を描いてくれたあの子と、エスツファ将軍、ルスティナ閣下、ルキルアで出会ったひとたちと……」
傍らに飾られた絵を大事そうに眺めながら、アルディラは指を折っていく。
「途中の町で、市街の見学に付き合ってくれたお店の人たちとか、葡萄踏みを計画してくれた町の人たちとか、ククォタのかわいいお姫様とか……」
「そうでありますな」
目を瞬かせたオルクェルは、侍従長やリオンを見回して、大きく頷いた。
「それぞれにどのようなお礼が喜ばれるか、侍女や騎士達の意見も聞いてみたらいかがでしょう」
「そうね、みんなで考えると、もっと楽しいわね。それとは別に……」
アルディラは少し逡巡した後、意を決したように姿勢を正し、リオンを、オルクェルを見返した。
「今回の旅についてきてくれたみんなに、どんなお礼ができるか、兄様も、リオンも、相談に乗ってくれないかしら。わたし、ほら、大きな寄り道とか、いろいろなことに付き合わせてしまったし……」
リオンが驚愕で目を見開く。侍従長はそれをいさめるようにリオンの腕を肘でつつきながら、恭しく頭を下げた。
副官フォルツの勇壮なる帰還 <了>




