副官フォルツの勇壮なる帰還<11>
「なんていうのかなぁ、……この前の騒ぎでやっと自覚したんですけど、僕、かなり心配な『王子』なんですよね。一般的な『世継ぎの王子様』って、もっとしっかりしてて、颯爽としてて、かっこいい感じがあるでしょう、僕、そういうの全然ないから」
「は、はぁ」
確かに、植物に詳しくて庭仕事が趣味などと言う王子はあまり聞いたことがない。
「だから、侍従長もそうだけど、ルスティナも、すごい口うるさいんですよね。あれはだめ、これは危険、これはふさわしくない、もっと勉強しろ、鍛錬をさぼるな、なんて、何かあるたびに、いろんなことを言われました」
「ルスティナ閣下が……?」
グランのやることを、エスツファと一緒になって穏やかに後押ししていた姿からは、ちょっと想像ができない。アルディラが思わず聞き返すと、カイルは苦笑いのまま、
「今思えば、父が新しいお妃を迎えて、生まれてくる子供が男子だったら、今後面倒なことになるかもしれない、しっかりしてもらわないとって、みんな心配してくれてたんだと思うんですよね。ルスティナは母上ととても仲が良かったから、余計に心配してたと思うんです。でも、そういうの、全然読み取れなくって。僕はみんなの期待通りの王子様じゃないんだって、あんまり周りと話さないようにしてました」
なんとなく判る気がして、アルディラは頷いた。
アルディラ自身、自分が大人に『都合のいい』お姫様でない自覚はある。姉たちを見てきた分の知恵もあり、大公が扱いに困るほどの口達者だ。アルディラは押しつけられる『公女』像に反発する反骨心、理屈で言い抜ける度胸、それを貫く自己肯定感も持ち合わせているが、これが『普通』でないのは、他国の状況、世間の『姫』への認識を見るに明からだ。
大公自身がなんのかんのいいながら、公女達の個性をそれぞれ尊重していることも大きいのだろう。エルディエルでは過去にもすくなからずの女性が大公位を務めているから、大人しく周りのいいなりになるような公女は逆に困るのだ。
それにしたって、想定以上の規格外さであったろうが。
「そう思うと、グランは雷みたいな人だったなぁ。あの騒ぎの中、命がけで助けに来たはずの僕の後ろ頭、蹴り飛ばしましたからね」
「え……はぁ?」
いきなりのことに、アルディラはさすがに目を白黒させている。カイルは頭を掻きながら楽しそうに笑っている。
「何の気遣いもなくお説教されてびっくりしたんだけど、あれも、僕を心配とかじゃなくて、単純に僕を見ててイライラしたらしいです。いやー、僕、なんの関係のない人をここまでイライラさせるような子供だったんだなって、すごく身につまされました」
いや、それはそれでグランは忖度なさ過ぎだろう。それを「身につまされた」って、どれだけおおらかなのか、この王子。
「だから、姫がグランのことを気に入ってくれてるって聞いて、嬉しかったです。姫もそうだけど、ルスティナもエスツファも、フォルツをはじめとした副官達も、気がついたらグランともエレムと仲良くやってるみたいだし、うちの部隊は相手の身分とか関係なく、正しいこととか、役に立つ意見は聞き入れる度量があるんだなって。……ああごめんなさい、グランの話じゃなかったですよね」
「いえ、なんだか、聞きたかったことを聞けた気がします」
アルディラは力の抜けた笑みを浮かべると、ふと思い切った様子で姿勢を正した。
「王子は、……ルスティナ閣下の耳飾りが、片方なくなってるの、ご存じ?」
「ああ、グランにあげたって言ってましたよ。欲しいって言われたんだって」
カイルはあっさりと、そして、なんでもなさそうに答えた。
「どうして欲しいって思ったんだろうねって聞いたら、『そういえばそうですね』って首をひねってました。ルスティナも鈍いなぁ」
「えっ」
今までのどこかずれた印象の会話からは思いもかけない、鋭い言葉だった。
「グランもね、逆に、『これを俺だと思って』って渡せるようななにかを用意するとか、できなかったのかなぁ。人のことはなんでも遠慮なく言うのに、自分のことになると腰が引けちゃうのかな」
「え、と、それって……」
「別れ際に、女性が身につけているものをほしがるって、そういうことじゃないんですか? というのが大半の侍女の意見なんだけど。侍女の間では、グランは『見かけによらず照れ屋でかわいい』派と『見た目がいいんだからそのまま押していけじれったい』派で盛り上がってますよ」
内部で噂になっているらしい。一番身近な副官達はあまり気がついていないようなのに、やはり女子は鋭い。
「まぁ、そういうのもグランらしいのかなって思うけど、……ああ、ひょっとして僕、すごく配慮のないことを言ってしまったのかな」
「いえ、そういうこと、ですよね」
アルディラの背景が目に見えてどんよりしていく。
グランがアルディラのお気に入りなのは周りの誰が見ても明らかだった。自分を特別扱いしないグランがとても新鮮だったのだろう、という周りの見立ては的を射ている。
そしてその通り、グランにとってアルディラは良くも悪くも「特別」ではないのが判っていたからこそ、アルディラの周りは生温かく見守っていたのだ。
カイルは自分の顎を押さえて少し考えた後、
「でも、人って、大好きだ、信用している、って言われたら、嫌な気はしないし、よっぽど悪い人でない限りは、その気持ちに何らかの形で応えたいと思うんじゃないかな。ククォタで騒ぎがあったときも、姫はグランが動きやすいように、後援してくれてたんでしょう。部隊と別れた後のことが心配だからって、いろいろグランたちを気にかけてらしたってのも、エスツファから聞いてます。そういうの、グランにも伝わってるはずですよ」
「でもそれは、小さい子も一緒でわたしが心配だっただけだし、こちらもいろいろこの道中で、ルキルアの方に助けていただいたことがあったからだし……」
「姫は、グランも、途中で合流した子達も、僕らルキルアの部隊も、お友達だって思ってくれてるってことですよね」
カイルはにっこりと笑みを見せた。
「花だって、こっちが一生懸命お世話すると、綺麗に咲いてくれます。別に、僕らのために咲くわけじゃないんだけど、でも、花が元気に育って、綺麗に咲いてくれたら、嬉しくなりますよね。お友達って、そういうので、いいんじゃないかな。あれ、こういう話し方であってるのかな」
最後は、何故か自分の話の内容を振り返っている。アルディラは目を瞬かせ、思わず吹き出した。
「あら、ありがとうございます。気を遣ってくれたのね」
「いや、なんていうか、僕もエレムにいろいろ愚痴をこぼしたら、すごく巧い例えで励まされて、すっきりしたんですよね。やっぱりあれでエレムは大人だなぁ」
「でも、気持ちは伝わったわ。こういうことなのね」
アルディラに笑われて、カイルは腑に落ちなそうに頭を掻いている。
アルディラはさっぱりした顔つきで、改めて庭園を見渡した。絵を描いている子供は、少し離れた場所で会話する二人に気を散らされた様子もない。集中して、周りの雑音など耳に入っていないのだろう。しっとりした空気の中で、濃い緑の草木が、鮮やかな花が穏やかな風に揺れている。
「……そういえば、王子がお庭に子供達を招くようになったのって、エレムの助言がきっかけだったのよね? どんな話をなさったの?」
「ああ、そうなんです。ほら、グランに後ろ頭を蹴られたときに、あの温室の維持費のこととか考えたことはあるのかって、お説教されて」
「あら、また蹴られた話なの」
「だってそこが始まりなんですよ、それでそのことで……」
おかしそうに笑うアルディラ相手に、照れた様子で身振り手振り、一生懸命カイルは説明している。あずまやにお茶の用意をしていた侍女達は、離れた場所で見守る『護衛』役たちに手振りで止められ、声をかけるのをやめて静かに引っ込んでいった。
「なかなか、意外な流れだな」
銀縁眼鏡を光らせ、真面目な顔で眉一つ動かさずアルディラをみまもるヴェルムの一歩後ろで、フォルツは感心した様子で呟いた。その視線が、隣に立つエスツファに移る。
「ひょっとして、旦那はここまで計算して、姫をお招きあそばしたのか?」




