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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
 ― 番外編 ― 副官フォルツの勇壮なる帰還
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副官フォルツの勇壮なる帰還<7>

 昼餐の後は、アルディラの自由時間という位置づけだった。一応護衛がつくが、城のどこをどう見回ってもよい、好きに過ごしてください、という話である。アルディラが一番に言ったのは、

「わたしもみんなとお片付けをしてみたい!」

 だったので、アルディラ付の侍従達は仰天している。なにがあっても驚かないよう、頭ごなしに咎めないよう言い含められていたオルクェルや侍従長も、さすがに唖然としているが、

「町でグランさんとエレムさんの部屋にお世話になっていたときに、シーツの洗濯やら食事の下ごしらえをしたのが楽しかったみたいなんです」

 という、リオンのささやきで、エスツファは納得した様子で、

「なるほど、普段したことのないことは、何事も遊びなのであるな」

「王子も、庭仕事の後は、庭師達と片付けものをしておられるな」

 多分カイルの王子としての特異性を判っていないルスティナが、あっさりと受け入れているので、オルクェルもなにも言えなくなったらしい。

 カイルと総司令二人は執務のために一旦離脱となり、フォルツとヴェルムが警護を担当する中、エルディエルの公女を交えての後片付けが行われた。

 アルディラ付の侍女達は設営から加わっていたので、そのまま皆で揃って片付けに入った。汚れ物を使用人達が集める間、侍女達が敷物をたたむのを手伝っている。それがあらかた終わると、警備の長であるヴェルムが淡々とアルディラに持ちかけた。

「アルディラ姫、侍女達はこれから午後の休憩の時間に、焼き菓子を焼くのだそうです。生地の用意は終わっているようなので、型取りと窯入れを一緒になさってみないかと言っております」

「えっ、職人でなくても焼き菓子を作れるのですか? みんな菓子職人の心得があるの?」

「小麦の焼き菓子自体は、庶民でも作るものですよ。かまどよりは、窯で焼いた方が風味が良くなるようで、侍女達はたまに集まってパン焼き窯を使って焼いております」

「まぁ、やってみたい!」

 アルディラは目を輝かせている。控えていた侍女達が、茶道具を持ってそのまま陽光宮の食堂へ案内することになった。

 もともと城で働く使用人の中でも、王族近くに仕える侍女達の多くは、行儀見習いとして貴族や富裕市民の娘達が勤めている。基本的なしつけは行き届いているから、姫の接待役にはうってつけというフォルツの意見があり、提案の一つとして用意されていたものだった。

 提案は、うまく響いた様子である。アルディラ付の侍女達も気を引かれた様子だ。

 一緒について行こうとしたリオンに、フォルツが声をかける。

「リオンくん、エレム殿が滞在中に、よく城内の図書室に通っていたんだが、どうも法術や古代魔法の過去の例について調べていたようなんだよ」

「えっ、エレムさんがですか?」

「閲覧記録が残っているそうだ。レマイナ降臨以降、法術が世間に認知されてきた歴史なんかもまとめたものがあるらしい。興味があるなら司書に案内させるけど?」

「いいんですか?」

「だってきみ、世界中を旅するような立派な法術師になるんだろ? エルディエル以外の国での法術の認識ってものを、知っておいても悪くないんじゃないのかな?」

 リオンの『立派な法術師になる』宣言は、あの場にいたみんなが知っている。

 それを踏まえて、こんな風に提案してみろ、というエスツファの助言だったのだが、リオンは心が動いたようだ。別なところで。

「エレムさんがどういうふうに勉強してたか、司書さんご存じなんですか? お話、聞いてみたいです」

「あ、そっちなのか……」

 フォルツから見るエレムは、破天荒のグランに振り回されてばかりの印象が強いが、一緒に旅してきた子供達には憧れの存在でもあったのだろう。フォルツは苦笑いし、オルクェルに手を上げた。

「ということで、リオンくんは自分が預かるよ。閣下はどうする?」

「わ、わたしは姫の警護に……」

「うちの警備隊長がついてるから、心配はないと思うが。そちらの侍従長殿も一緒のようであるし」

 と、フォルツはにやりと笑った。

「『黒弦(うち)の兵士達の稽古につきあってもらえないか』って、エスツファの旦那が言ってたな。遠征部隊の兵士らは、炊事や警備当番の合間での鍛錬だったから、体がなまっているのではないかと心配していた」

「そ、そうであるか、しかし……」

「そういえば、出立前に黒弦の兵士と元騎士殿で、勝ち抜き戦のまねごとをしてたっけ」

 兄馬鹿なオルクェルは、やはりアルディラの様子が気になるらしい。フォルツは「思い出した」といわんばかりにわざとらしく手を打った。

「いやあ、十人相手に鮮やかな手並みであったな、ルスティナも元騎士殿の実力には感心していたな。」

「ル、ルスティナ殿も黒弦騎兵隊の鍛錬に立ちあわれるので?!」

「鍛錬にと言うか、エスツファの旦那の監視みたいなもんだけどな。いつのまにか現れて様子を見ていることが多いよ」

「う、うむ、わたしがルキルアの方の役に立てるなら、微力ながら協力を……」

 わかりやすい男である。隣のリオンも心なしか生温かい目で見守っている。

「じゃ、黒弦の副官に案内させるから、そうだな、そちらの騎士殿達も、一緒に連れてってもらえると、盛り上がるんじゃないかな」

「そ、そうであるか?」

 鍛錬に盛り上がるもなにもないのだが、この一瞬ですっかり趣旨が変わっている。フォルツは目についた黒弦の副官に手を振ると、後を任せてリオンを連れて城に向かった。

 普段アルディラの側にいる自分たちに、揃って別行動を促した。リオンはさすがに不思議に思ったようで、

「フォルツ様、エスツファ様は、なにかお考えがあるのです?」

「姫の、気分転換のために、いろいろ皆で相談していたのだよ。元騎士殿もエレム殿もいなくなって、塞いでいるようだとオルクェル殿からも聞いていたそうだ」

「ええ、まぁ……」

「きみたちも、せっかく異国に来たのだし、いろいろ経験してみてもいいんじゃないかな。姫だって、新しいことにいろいろ興味をお持ちなんだ」

「アルディラ様は前からずっとああでしたけどね……」

「ああそうか、旅の途中で護衛の旅隊を振り切るようなお姫様だもんな」

 フォルツは改めて思い当たった様子で、おかしそうに笑みを見せた。

「でもそれは、君たちがいてくれたからじゃないのかな」

 その何気ない一言に、肩を縮めかけていたリオンは目を瞬かせた。

 アルディラは好奇心と行動力の塊で、大公の五人の娘の中でも一番の問題児だ。ことを起こすたびにリオンとオルクェルがかり出され、なんとか収拾をつけるのが常だった。

 もし自分たちがいなかったら、アルディラはどうなっていたのだろう。

「うちのカイル王子は、今でこそああだけど、母上である前妃が亡くなってからは、周りが庭仕事に理解を示さなくて、引きこもってたような感じだったんだよ。そこを、あの宰相頭につけ込まれてしまった。そう考えると、我ら全体の失態も重なったということなんだが」

 確かに、王位継承者が武術や学問よりも庭仕事に関心を寄せているとなれば、周りは心配するだろう。あれこれ口うるさくいわれて、助言が煩わしく思ってしまうこともあるかも知れない。

「でも君たちも、ずっと姫のおそばにいるわけじゃないんだろ。お互い、離れてる状態での過ごし方にも、慣れていった方がいいんじゃないの?」

「ああ……そうですね」

 アルディラのもてなし、といいながらも、エスツファは自分たちの今後のことを考えてくれているのか。

「あの旦那、食えないし人使いは荒いけど、一旦自分の懐に入れた相手を悪いようには扱わないよ。ここは企みに乗っかってみても、いいんじゃないかな」

「企み……ですか」

 フォルツがにやりと笑う。

 なんにしろ、アルディラの面倒を見てくれて、自分には自分向けの趣向を用意してくれている。ここは素直に厚意を受け取った方がよさそうだ。リオンは納得して頷いた。

「フォルツさん、こうしてお話しすると、なんだか偉い人みたいな感じがしますね」

「一応偉い人なんだよ?」

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