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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
 ― 番外編 ― 副官フォルツの勇壮なる帰還
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副官フォルツの勇壮なる帰還<6>

 修繕中とはいえ、普段は王が住まう陽光宮はほぼ無傷、王子付の侍女侍従達はそこで普通に過ごしているという。昼餐もその建物で行うかと思っていたが、招かれたのは何故か城の南側、少し小高くなった丘の上だった。背の低いシロツメクサが丘を覆い、白い花があちこちにまとまって咲いている。

「あら、ここ……」

 アルディラはなにかを思い出した様子で、後ろを振り返った。城壁の向こうに広がる町並みの中、レマイナ教会の白い塔が高く伸びている。

 そこは、ルキルア城での騒動の終盤、レマイナ教会にいたアルディラとリオンが、ルスティナ達の馬で連れられてきた場所だった。あのときは、半分崩壊したルキルア城を、逃げてきた侍従侍女たちが呆然と眺めていたが、今は、待機していたアルディラの侍女達も協力し、丘の上には花を描くように敷物がしかれて、その上には食事の用意がされている。

「こんにちは、アルディラ姫、オルクェル殿、それと、えーと、リオンくん」

 侍女達と一緒に敷物を広げていたカイルが、やってくるアルディラに気づいて屈託のない笑顔を見せる。

 カイルはその場を侍女達に任せると、自分は近くにいた子供を一人連れ、急ぎ足に近寄ってきた。相変わらず、威厳や気品といった王族めいた雰囲気はほとんどないが、人の良さそうな穏やかな人物だ。

「せっかくよいお天気だし、お昼……昼餐は狩りの屋外(ピクニック)風にしてみました。お気に召していただけると幸いです」

 リオンは目をしばたたかせた。

 この旅の中、いろいろな国を通ったが、どんなに小さな国でも、あるいは地方領主の領国でも、皆精一杯豪華に格式高いもてなし方をしてきたものだ。屋外庭園のお茶会ならまだしも、こんな形で、侍従侍女や騎士達も一緒に招く国などなかった。ていうか、今一緒に設営してなかったか、このひと。

「まぁ、楽しそう。王子は、いつもみなさんとこうやってお食事をなさるの?」

「僕はそうしたいと思ってるんだけど、侍従長がなかなか許してくれなくて」

 あははと、カイルはお気楽に笑っている。そりゃそうだ。

「ああ、そうだ。姫、いらしたときにご挨拶できず失礼しました、その、前々からの約束があったもので」

「ええ、伺っています」

「本当は、子供達みんなにもご挨拶させたかったんですが、さすがにヴェルムが……警備隊長がだめだというので、代表にこの子だけ来てもらいました。姫に差し上げたいと思って、僕たち、みんなで協力して作ったものがあるんです」

 カイルの陰に隠れるように立っていた子供が、隣の警備隊長から促され、持っていた籐かごをさしだした。カイルが、それにかけられていた布をとると、可愛らしく鮮やかな花かごが現れた。

「僕の庭にある花です。でも、どういうものを彩りよく使うか考えてかごを作ってくれたのは、子供達なんです。切り花ですが、海綿にさしてありますから、水を与えればしばらくはもちますよ」

「うち一番のヴェルム(カタブツ)が検分しているので、危ないものは入っておらぬよ」

「まぁ、こんな素敵な贈り物は初めてだわ。どうもありがとう」

 アルディラはかごを抱えて微笑んだ。子供は、アルディラを見上げ、笑うのになれていないような、はにかんだ笑顔を見せた。

 おかげで対面の緊張もほぐれ、穏やかな空気で昼餐が始まった。さすがにアルディラとカイルと同じ敷物で一緒の食事は周り的に不都合なので、子供はアルディラ付の侍女達のいる敷物に招かれていった。

 用意された食事も屋外で食べやすいよう、肉や野菜をパンで挟んだもの、揚げ物を紙で包んで持ちやすくしたものなど、皿も匙もフォークもいらないように工夫がされている。庶民なら屋台などでよく食べる形だが、アルディラには新鮮らしい。

 揚げた鶏肉を薄いパンで巻いたものを口にして、アルディラは笑みを見せた。

「この味付けは覚えがあるわ。ちょっと辛みがあって独特の香り……」

「ああ、大蒜ですね。主に肉料理の味付けに使われています。あまり多用すると口に匂いが残るのが難です」

 植物のことになると途端に饒舌になるカイルが、それでも抑え気味に解説している。

「エレムが市場の屋台で買ってくれた揚げ鶏にも使われてたわ。ルキルアの市民の好む香辛料なのかしら?」

「舶来品ではないので安く手に入る、というのが一番の理由かとは思います。国内の北に産地があるんです。なじみがあるので、いろいろな料理に使われますよ。薄切りにして、ゆでた小麦の麺と一緒に炒めたり、丸のまま蒸すという食べ方もあるんです、兵士達が好んで食べていますね」

「まぁ、香り付け以外にも使い方があるのね」

 だんだん舌がなめらかになってくるカイルに、ルスティナを除く周りははらはらしているが、

当のアルディラは本気で感心して聞いているようだ。

「……そういえばわたし、市民がどんな食事をとっていて、どんな味付けを好むのか、よく知らないわ……」

「それはそうでしょう、エルディエルはとても大きな国なんですから」

 と、カイルは小国の王子であることを、へりくだるでも卑屈になるでもなく、当然のように笑っている。

「僕も、つい最近までは市民の生活のことにあまり関心がありませんでした。でも、グランに言われたんですよ、城の庭園の花の株一つを買うお金を稼ぐために、水売りが水を何杯売ればいいのかのか、温室を維持するお金で、どれだけの市民が何日生活できるか、知ってるのかって」

「まぁ」

「そういうことを踏まえた上で、将来的に国を治める責任を担っているからこそ、王族は高い教育をうけ、水準以上の生活をすることができるんじゃないのかって、叱られました。恥ずかしいですが、それまでそういう基本的なことを、本気で考えたことがなかったんです」

 かなり穏やかに言い換えているが、グランのことだから、もっと率直かつ直球で言ったのではないか。素直に感嘆しているアルディラの後ろで、リオンは冷ややかに分析している。

「食もそうだけど、どういう娯楽があるのか、子供達がどういう生活をしていて、どんな遊びや学びをしているのかもまだまだよく判りません。最近になって、庭園を利用して市民と交流をはじめてからは、驚かされることがたくさんです」

「そうね、時々お休みで町に遊びに行く侍女達は、大衆の流行もよく知ってるし……」

 アルディラは頷いて、視線を動かした。

 少し離れた場所では、ほかにも敷かれた敷物を使って、アルディラ付の侍女侍従達、ルキルアの侍女侍従達が入り交じって同じ歓談しながら、同じような食事を楽しんでいた。アルディラの護衛である騎士達も、交代ながら食事を振る舞われて穏やかな表情を見せている。警備役として立って控えている者らも、黒弦白弦の副官らに声をかけられ、親しげに言葉を交わしている。

 訪問してきた王族と、ついてきた侍従侍女をもてなすだけならまだしも、自国の侍従達まで一緒の席で食事、などと、普通は思いつかないはずだ。逆に言えば、カイルは、城で働く者達を単なる使用人ではなく、一緒に暮らす仲間だと思っているのだろう。

「別の国に訪ねているのだから、侍女や侍従達も、国同士でお互い交流する機会があってもよいのよね。せっかくカカルシャまで行ったんだもの、侍女達にも、もっと人とふれあう機会を作ってあげれば良かったわ」

「いえいえ、大きな国には、大きな国のやり方というのがあります。どちらがいい悪いではなく、それぞれの……『個性』って奴じゃないでしょうか」

 カイルはにこにこと、アルディラに返した。

「でも、普段にない出会いが相手を見習ったり、自分の改めるべき所に気づくきっかけになることもあるんだなって、思うようになりました」

 なにか思い当たることがあったのか、アルディラは驚いた様子で目を丸くした後、納得した様子で頷いている。

 その様子を、同じ敷物の反対側から眺めていたエスツファが、ルスティナに囁いた。

「王子もなかなか言うではないか」

「我らが少し不在にしていた間に、大きく成長なさったようだ」

 ルスティナは感嘆しきりだが、近くで立って控えているフォルツは、それはどうなんだろう、という顔をしている。黒弦も白弦も、副官達は皆、カイルが絡むとルスティナの判断力がおかしくなるのを知っている。

「ここのところ塞いでおられたのだが、今日は楽しそうにしておられる」

 フォルツと並んで控えているオルクェルが、ほっとした様子で息をつく。エスツファが自分のあごをなでた。

「お日様と風にあたるのは大事なことであるよ」

「太陽と風……そうであるな」

 なにかに思い当たったのか、オルクェルは無意識に空を仰いでいる。出立したときよりも夏の色の濃くなった空を、乾いた風がゆったりと渡っていく。

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