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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
 ― 番外編 ― 副官フォルツの勇壮なる帰還
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副官フォルツの勇壮なる帰還<5>

「建物が崩壊するような攻撃を受けていたのに、宰相頭たる立場の者が、危険を顧みずここまで来なければならないなにかが、あったのかしら?」

 高い天井に施された天井画を見上げ、アルディラも神妙な顔で呟く。

 誰のせいでそんなことになっていたのか、という誰もが心の中で抱く突っ込みを、ここでは口にするものがいない。リオンも、微妙な顔で黙っているだけだ。

「ひとは時に、非効率だったり、理にかなわないと思えるような行動をとるものであります。権力簒奪をもくろむ悪役らしく、『ここはいずれ俺のものだ』と玉座に座って高笑いでもしたかったのではないかと思うと、存外しっくりくるのですよ」

 その点は、エスツファも何度も考えたのだろう。考えた末の、可能性の一つがそれであった。

「おれが知っているシェルツェルは、もとは田舎の貧乏貴族。とても宰相頭など務まるような財力もなければ、品性も知性もなかったのです。娘である今の妃も、行儀見習いで城に奉公していただけでありました。それが、ちょっとした弾みで王妃の父などという立場になって、不相応に権力を得たことが、不相応な野心につながってしまったのでありましょう。どんなに立場が変わっても、人間の性根は、そうそう簡単には変わらぬものです」

「なかなか辛口であるな」

「散々苦い思いをさせられましたからな」

 死者に対してさすがに辛辣ではあるが、『死んでしまえばいい人』などという一般的なものには当てはまらない相手であるのも確かであった。ルスティナも肩をすくめ、

「現実的なことを言えば、あの非常時に宰相がここに来る必要性が、どうしても見当たらぬのだ。国政上の重要な文書や宝物は、当然別の場所に保管されている。玉座の裏に隠された通路なども、残念ながらなかった」

 最後のは冗談だろうか。リオンが目をしばたたかせるが、ルスティナは特に表情を変えず、

「立場的な必然性はないが、シェルツェルが個人的に思いついて、誰もいない時にここでしかできないことをやりにきた、と思えば、エスツファ殿の考えが妙に腑に落ちる。まぁ、謎のままにしておいても、私は困らないのだが」

「陰謀論とか伏線回収とか言い出す物好きもいるのでな、それっぽい考察はしておいた」

 更にいまいちよくわからないことを言うと、エスツファはにやりと笑った。アルディラは、ふむ、と頷くと、

「シェルツェル殿に意見していた参謀殿は、やはり消息不明のままなのですか?」

「まぁ……あれが落ちてきた瓦礫の下敷きになったのは、おれも見てはいるのです」

 エスツファは肩をすくめた。

 実は、瓦礫の撤去が進む月花宮からは、それらしい遺体も、イグが使っていた剣も、彼が身につけていた衣類なども、未だに発見されてはいない。グランは「消えていった」と言っている。

 あれが再び現れるとしても、「シェルツェルに仕えていたイグ」という存在ではないだろう。敵対する立場で現れない限り、もうルキルア側の脅威ではない。だがそれをそのまま、エルディエル側に話すわけにはいかない。

「あの状況で、たとえなんらかの方法で逃げ延びていたとしても、その先で生きながらえられているとは思えぬ。もちろん警戒は怠りませんが、少なくとも我らと関わるようなことは、今後ないだろうと考えております」

「今回の旅の中で、法術とは違う、摩訶不思議な力を用いて他者を惑わす者があるのは改めて判りました。件の参謀とやらも、その類いのものかも知れませんね」

 意外と柔軟に、アルディラも応える。

 この旅の中でもアルディラが直接関わった騒動は一握りだが、ヒンシアの一件では、暁の魔女とやらが目の前に突然現れたり飛び回ったりしていたから、超常的な移動手段を持つものがほかにもいるだろう、くらいには思っているのだろう。

 ルスティナも、玉座の台座跡を見据え、

「有用な人材は、身分出自問わず門扉を広くして迎える方針ではあるが、その真の人となりや、意図するものを見定めるこちらの目も大事であると、大いに気づかされた。いや、甘言を弄するものにつけ込まれないような、普段からの心構えが大事なのかも知れない」

「ひとは、自分の信じたいことを信じるって言いますものね……」

 ぼそりとリオンが呟く。呟いてから、全員の視線が自分に集まったことに気づいて、慌てた様子で首をすくめた。

「えっ、あの、グランさんがそう言ってたのを思い出して、つい」

「ああ、確かに元騎士殿が言いそうなことだ」

 にやりとエスツファが笑う。アルディラはなにか言いかけ、穏やかに目を細めたルスティナを見て、言葉をのみ込んだ。


 一通り、五人でしかできない雑談を済ますと、今度は待機中の騎士数人と合流して、城内のほかの場所を見に行くことになった。ほぼ無傷の黒弦棟から、補修された渡り廊下を通って白弦棟に向かうところで、なにげなく庭を見下ろしたアルディラが足を止めた。

「子供達の声がするわ、使用人達の託児所でもあるのですか?」

 全員が目を向ければ、中庭では、銀縁眼鏡に黒い外套の青年将官を前に、十人ほどの子供達が並んでなにやら説明を受けている。エスツファと同じ外套なので、あれは黒弦の副官の一人のようだ。

「ああ、あれはカイル王子の『公務』であるようで」

 と、エスツファはにやりと笑みを見せる。

「我らがカカルシャに向かった後から、先の王妃から王子が引き継いだ庭園を、民のために活用できないか模索し始めた様子でしてな。今日は、子供達に見学の約束をしていた日であったのだそうです」

「まぁ」

「姫が来られるので延期を検討もしたのですが、前々からの約束であったのでと、畏れながら午前中は見学を優先いたしました」

「そうね、約束は守らなきゃ。でも、カイル王子が直々に案内なさるの?」

「今日来ているのは、レマイナ教会の孤児院の子らなのだが」

 ルスティナが説明を引き継いだ。

「その中に、絵心のある子供がいて、我らが不在の間に、ある問題解決に一役買ってくれたのだそうなのだ。今日は、その礼も兼ねての招待だったとのことで、延期もしづらかった」

「まぁ、どんなことがあったのか、伺ってみたいわ」

「聞いて肝が冷えましたな」

 言う割にはおかしそうに、エスツファは肩を揺らしている。一方で、ルスティナは珍しく苦い表情だ。

「昼餐の時に、直接聞いてみるとよろしいでしょう」

「そういえば、王子はランジュとも仲良くされてたんでしたっけ」

 リオンは、騒動の後で何度か顔を合わせた王子を思い起こした。自分たちとそう変わりない年齢のはずだが、のんびりとして頼りないなと思う反面、あまり偉ぶらない垣根の低い人物という印象があった。グランが言うには「植物偏執者(マニア)」らしい。

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