副官フォルツの勇壮なる帰還<2>
「ここを出たら、翌日にはルキルアの領内です。先ほどルキルア側より、王都に到着日は王の過ごす離宮にて、晩餐の席を設けたいとの打診がありまして……」
「そう」
野営の天幕にしつらえられた長椅子でくつろいでいたアルディラは、報告するオルクェルに気のない声で答えた。
帰り道でも、通りかかる国々でアルディラは歓待を受けた。表向きはそつなくこなすものの、最近のアルディラは妙に元気がない、というのが侍女侍従達の見解である。
楽でいい、という楽観意見は三割程度で、残りの七割は心配以前の気味悪さで微妙に恐れおののいていた。
往路では、好奇心旺盛にあっちを見たいこっちに寄りたいとだだをこね、エルディエルだけではなくルキルアの部隊まで巻き込んで寄り道し、都度騒動に巻き込まれていたのに、一体どのような心境の変化があったのか。そんなにお気に入りのあの傭兵と別れたのが辛いのか。今大人しくしている反動で、あるとき突然総動員であの傭兵を追いかけることにならないか。誰もが気が気ではなかった。
「こちらとしても、今回の旅ではルキルア軍に多大なる協力を受けており、その感謝の意を表すためにも招待に応ずるべきかと……」
「構わないわよ」
本心から「構わな」そうに、つまりはどうでも良さそうに、アルディラは頬杖をついて宙を仰いでいる。はぁ、とオルクェルが反応に困っていると、
「……カイル王子に」
「はい?」
「あのお城に、また行ってみたいわ。あそこが、ルキルア軍の騎兵隊の本拠地になってるんでしょう」
「まぁ、今は修繕中ですが、本来の王宮はあの建物でございますから……」
そしてそれを壊したのはエルディエルの部隊だが。なぜ壊したかと言えば、アルディラがルキルア王宮に囚われているという情報があったからで、そこを更に遡ると、アルディラの失踪が事の発端になっていたからで……
「そうね、修繕がどれくらい進んでるか気になるわね。わたしたちのせいで、ルキルア王と王妃は離宮に退避なさってるんだもの……」
考えてみたら理不尽にあれだけの被害を受けておいて、さっぱり忘れた顔をしているエスツファとルスティナ、ルキルア王室の面々の懐の広さはただ事ではなないように思える。
あちらにはあちらの事情があり、結果的に丸く収まったからこその友好的関係なのだが、それにしてもこちらのわがままによく付き合ってくれていたものだ。
「では、その旨エスツファ殿に相談しておきます。修繕中の城ではカイル王子が生活しているはずなので、単純に修繕状況の視察という形をとるわけにもいかぬかと思われますが……」
「任せるわ」
「は、はぁ……」
「兄様、わたし外の空気を吸いたいの」
話は終わりとばかりに、アルディラは鷹揚に手をあげた。入り口の側に控えていた侍従が恭しく近寄ってくる。
「さ、散歩でございますか? リオンを呼びま……」
「天幕の外に椅子でも出してくれたらいいわ。息が詰まりそう」
「は、はぁ……」
返答に困るオルクェルから侍従に視線を移し、上掛けや椅子の準備を指示している。
帰り道があまりにも退屈で、気力も失ってしまっているのだろうか。行く道が、刺激的すぎただけなのだが。
そしてアルディラは、自分の天幕の近くに椅子とテーブルを出させると、あとは言葉の通り空を仰いでいる。
侍従が気を利かせて茶菓子を用意させたが、アルディラは気のない様子で、人を下がらせた後もぼんやりと空を眺めたままだ。
「今まで多忙であったから、お疲れが出ているのであろうか……」
「うーん、どうなんでしょう」
そんなアルディラを遠巻きに眺め、心配げなオルクェルの様子に、リオンも頬に手を当てて首を傾げる。
なんとなく、心当たりはあった。あったが、それをアルディラに確認したり、アルディラを飛び越してオルクェルに話すのも、気が乗らない。
「……いろんなことがあったから、反動で気が抜けてしまったのかもしれないですね」
「確かに大きなお役目は果たされて、後は無事に帰るだけであるが」
自分たちの身に害が及ぶのを心配している侍女侍従達と違い、オルクェルは単純に、アルディラの様子を気にかけている。良い漢なのだが、リオンは思う。
鈍い。徹底的に鈍い。
「エスツファ様にそれとなく相談してみましょうか? オルクェル様からの相談だと大げさになっちゃうけど、僕からの話なら気軽に聞いてくださるかも」
「そ、そうだな。姫が修繕中のルキルア城を見学したいとも言っていたし、それを伝えるついでにそれとなく姫の様子も話してみてくれぬか」
「承知しました」
リオンは頭を下げた。




