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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
 ― 番外編 ― 副官フォルツの勇壮なる帰還
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副官フォルツの勇壮なる帰還<1>

「こ、今度こそ自分がばっちり活躍する……」

「……」

「そのすべてを包み込むような生温かい微笑みはなに??」

「どんなにはかなくても希望をもてるのは生きる上で大事なのことなのですー」

「それって無駄な希望は持つなってことなの? ねぇ?」


 時系列は本編からちょっと先、ルキルアの部隊が本国に帰還する頃合いのお話です。

 アルディラの様子がおかしい。

 帰り道がとても順調なのもおかしい。

 上機嫌なのは、ルキルアと一緒で浮かれているオルクェルくらいだ。


 きっかけは、カカルシャの王都フオーリでの、最後の夜だった。

 その夜、リオンはルキルアの部隊が過ごしていた、離宮の塔の前の庭にいた。オルクェルもいた。なぜかアルディラもいた。みんな揃って、なんでかルキルアの部隊の夕飯に厄介になっていたのだ。将軍達に招かれた晩餐ではなく、普通の、野営する部隊の晩飯に、である。

 なんであんなことになったのか、順番に思い返すと、一番の原因はラムウェジだ。

 エレムの養い親であるラムウェジは、大陸全土に知られる高名な法術師でありながら、偉ぶらず謙遜もせずの気さくな人物で、滞在中は王宮に招きたいというカカルシャ王の申し出をやんわり辞退してルキルアの部隊に身を寄せていた。

 それがあって、豪奢な王宮での待遇を窮屈がったイムールの王太子エトワールも、ルキルアの部隊と一緒に過ごすようになった。

 ルキルア軍の白弦騎兵隊総司令ルスティナは、国王と(義理の)縁続きで貴族階級の人間ではあるが、立場は軍人なので、寝泊まりする場所以外は普通に兵士達と同じ生活をしている。

 これが王宮なら、ルスティナもエスツファも、さすがに食事の場所は下っ端の兵士達とは変わってくるのだろうが、今は自分たちが率いている部隊と滞在しているから、当然普通に兵士達と一緒に食事もとる。なんなら、白龍の焚き火の周りにいる子供達にも、平気で混ざってくる。

 リオンも最初は驚いたが、この旅の中ではルキルアの部隊と一緒にいることが多かったから、こういう日常にすっかりなじんでしまっていた。

 ので、うっかりオルクェルが「自分がエトワール殿下を迎えに行ったら、殿下は皆と一緒に朝食をとっていた」などと話した、そのときのアルディラの「はぁ?」という表情に、男二人は失態を悟ったのだった。

 そこからは怒濤の質問攻めである。

 ルキルア軍の高官と一緒に滞在するだけならまだしも、仮にも王族、しかも王太子といえば「お世継ぎ」のことなのである。いくらカカルシャ王都の中とはいえ、ろくな護衛もなく他国の一般兵と一緒に簡素な軍隊の食事など、普通に考えたらあり得ない。これがカカルシャ王が招いた王宮でなら、一般の兵士と一緒に生活などさせないだろう。

 もっともではある。

 もっともなのだが、そもそもルキルアの将官二人が、そういう一般的な固定概念に囚われない。兵士達は、その変わった上司に対処できる、ある意味で訓練された精鋭達なのだ。

 という理性的な抵抗(せつめい)など実を結ぶはずもなく、

「わたしもルキルアのみんなとご飯食べたい! 焚き火の周りで楽しくしたい!」

 床に寝転んでジタバタしかねないアルディラに押し切られ、オルクェルがエスツファに打診したところ、

「姫には本国に戻ったら改めてお礼をと思っていたのだが、こんな粗末なところでよいのならお招きさせていただこうか」

 とあっさり受け入れられた。それも、普段とそんなに変わらぬ食事になるが良いかな、と付け加えられたらしく、エスツファの察しの良さをリオンも改めて痛感したものである。

 そして、その「おまねき」が、明日は揃ってフオーリを出立という、最後の夜だった。



 それは一風変わった席だった。主賓はアルディラだが、会場は、ルキルア軍が滞在している離宮の物見塔の下の庭。

 夕暮れ近い藍色の空の下、夜の気配が松明の炎を橙に色づかせる。

 心配性のオルクェルに配慮したのだろう、アルディラのための宴席は、ほかの兵士達の場からは少し離れて設けられていた。即ち、いつも白龍が陣取っている場所のそばである。

 兵士達はいつも、それぞれ焚き火の周りに円を作って食事をとるのだが、さすがにアルディラのための場所には、簡素な長机を並べてある。

 庭園での昼のお茶会ならともかく、この時間に外にテーブルを出しての食事など、上流階級になるとなかなか経験しないものらしい。アルディラはこの時点からわくわくした様子で、粗末な椅子に長布をかけただけの主賓席もお気に召したようだ。

 同じ離宮に滞在しているエトワールも、当然招かれた。

 アルディラは五番目とはいえ、大国エルディエルの正当な大公位後継者候補だ。エトワールはイムールの王太子、即ち世継ぎの立場である。

 山岳地帯のほかの小国の首脳陣が見たら、一歩先んじられたと地団駄を踏みそうなものだが、そもそも当人達に外交戦略的な意図はない。だがこの思惑のないつながりは、後々の南西地区の状況に微妙な影響を与えるかもしれない。

「そういえば、姫は部隊を離れて従者と単独行動をされることがままあると聞いたが、どのような状況であったので?」

 巷で流れるおてんば姫の噂をそのまま疑問符にしたエトワールに、後ろに控えるオルクェルが盛大に咳き込んで、リオンが話を振られないように慌てて身を隠す、という前余興もあったが、晩餐というか夕餉の会は概ね和やかだった。当然のようにアルディラの隣に座らされたグランも、今回ばかりは『頑張って』うんざり顔を隠していたようだ。

 普段と変わらない食事がいいとアルディラがいうので、当番の兵士が味付けした肉と野菜の煮込みに、固めだが焼きたてのパンが(メイン)だった。無骨な椀と大きめの匙に、アルディラは目を輝かせている。末席に連なった子供達も、なにか言い含められていたらしく、『いつも通り』の賑やかさだ。

 とても、和やかで、騒がしかったが、大きな問題もなく晩餐というか夕餉の席は終わった。

 今までなにもつけていなかったはずのグランの左の耳で、簡素な銀の耳飾りが輝いていることに、アルディラが気づいたらしい、以外は。

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