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19.黙ってくださいお兄様

 グランの生業は傭兵だ。普通の場合、仕事を受ける時は、明確な姿を持った敵がいる。戦場だったり、野盗相手だったり、事例は様々だが、だいたいは設定された敵を蹴散らせば任務完了。実に判りやすい。

 だが、いるかどうかも判らない敵を警戒しながらの護衛というのは、逆に疲れるものだ。気分的に。

「この辺りはルエラと標高はそう変わらないはずなのだが、この時期でも蒸し暑いというほどではないな。やはり広い平地と、山に囲まれているのとでは気温に差が出るのであろうか」

「周りに植物が多いのも理由だと思いますよ。植物には気温を下げる働きがあるようですし」

「城の庭は冬でも妙に暖かいがなぁ」

「あの庭は南国仕様じゃないですか……」

 ルスティナとエレムはのんびり周りの景色を眺めながら、他愛もない話に花を咲かせている。

 小さいとはいえ町が近い場所ということで、街道は意外に人通りがあった。町の市場に買い物にでも行くような風情の者や、逆に買い出しを終えて自分たちの村に戻る者や、とにかく通る者のほとんどは、地元の人間ばかりのようだ。

 傭兵に神官に軍人という妙な取りあわせなので、三人はこの素朴な風景からはとても浮いている。だが、エルディエルとルキルアの部隊が通過した直後なので、その関係者だろうというのは周りも勝手に察しているらしく、特に奇異な目で見られることもなかった。関わり合いになりたくないだけなのかも知れないが。

 周りの風景は相変わらず変わりばえがない。さっきの衛兵は歩けば半日程度だといったが、行き来するほかの者らの様子を見てると、思ったより早くカオロの町につけそうだ。

 これなら、あまりルスティナにうるさいことを言う必要もなかったか。グランが思いなおしかけた頃、ずっと前方から、徒歩とは違う早さのなにかがひとつ、こちらに向かって近づいてきた。

「……オルクェル殿?」

 なにかと思えば、緑の上着をはためかせながらオルクェルが単騎で走ってくる。オルクェルもルスティナに気づいたらしく、一瞬安堵したような笑顔を見せた。

 その顔がグランとエレムを見たとたんに、微妙なものになった。

 オルクェルは間近で馬を止めて飛び降りると、風で乱れた髪や上着を整えるのもそこそこに、ルスティナに詰め寄る勢いで話しかけてきた。

「さきほど、リオンの様子を見にそちらの隊に伺ったら、『ルスティナ殿はほかの兵と共に行き倒れた死体の番に残った』などと、よく判らないことをエスツファ殿が言っておられたので」

 まぁ普通に考えたら、こいつはなにを言ってるんだ的な話ではある。

「たいした供も連れずにどうしてまたそんなことを……。兵士だけ何人か残したところで問題ありますまい」

「色々成り行きというものもあってな」

 ルスティナは多少苦笑いを見せ、グランとエレムに目をやった。

「それに私だけではなく、兵のほかにグランとエレム殿も一緒であったから、少人数でも特に問題もない」

「いやだって、いかに信頼できるとはいえ、彼らはルキルアの兵士ではなく傭兵でありましょう? 自国でもないのに、ちょっと軽率なのでは」

「お供を一人しか連れないでよその国で家出するどっかのお姫さんよりは、全然ましじゃねぇの?」

 あまりにもオルクェルが一生懸命なので、グランは思わず横から口を挟んでしまった。オルクェルが言葉に詰まるのを、意地悪く見返す。

「それに、そういうあんたこそ単騎じゃねぇか。あんた、あの部隊で一番偉い人なんだろ? 大事なお姫様を置いて、他国で一人でふらふらしてるなんて、ちょーっと軽率じゃあございませんか」

「いやいや、それはルスティナ殿を残してきたというのに、エスツファ殿やほかの方々があまりにものんびりしておられるから、思わず様子を見に来てしまっただけなのだ」

 妙な汗をかきながら、オルクェルは落ちつかなげに両手をさまよわせて釈明している。グランはすぐにオルクェルの内心を察して、更に意地悪い笑みを浮かべた。

 リオンの話では、アルディラのわがままをなだめるのに仕方なく、リオンをこっちに潜り込ませたようだった。一方のオルクェルはオルクェルで、リオンをだしにして、こちらの様子を見に来る口実を作りたかったのだろう。なんのためって、ルスティナに近づくためである。

 アルディラはグランの、オルクェルはルスティナの、それぞれ様子を見させるためにリオンを潜り込ませていたのに、肝心の彼らが別行動をとっているのが判って、気が気ではなくて飛んで来てしまったのだ。判りやすい男である。

「……あんた、アルディラに『兄様って心配性過ぎる』とかうるさがられてるクチじゃねぇ?」

「え、ええっ? いや、そんなことはない、姫が型にはまらなすぎるだけなのだ。私はごく普通に気を配っているだけで心配性とかそのようなことは」

「『兄様って頭が固すぎる!』『そんな堅物だから未だに結婚できないのよ!』」

「いや武人が柔らかすぎても問題ありであるし、そもそもまだ独り身なのはこれはという出会いがないだけであって、私の性格に問題があるわけでは」

 心当たりがあるらしく、オルクェルは目に見えて動揺した様子で言い訳を始めた。その途中で、笑いをこらえているグランに気付き、はっとなってルスティナに目を向ける。

 露骨に呆れた様子のエレムとは違い、ルスティナは二人のやりとりを微笑ましそうに眺めていた。

「オルクェル殿は、アルディラ姫の良い兄であられるのだな」

「いや……まぁその、それはどうでもよくて」

 真っ赤になったオルクェルは、三人から視線を外して何度か大きく息をつくと、やっと呼吸を整えて再びルスティナに向き直った。

「とにかく、ルスティナ殿が隊を離れたままではそちらも支障がありましょう? 私がお送りする故、どうぞお乗りに」

「エスツファ殿がいるから特に差し障りはないが?」

 言葉の下にあるものが見え見えで、グランは笑いを堪えるのに必死なのだが、ルスティナは単純に厚意からの申し出だと思っているらしい。

「二人を置いてまで急ぐ必要もない。夜までには合流できるし問題はないよ」

「しかし途中でなにがあるか……って、それはどうなされたので?!」

 言っているうちに、ひどく驚いた様子でオルクェルが右手をルスティナに伸ばしかけた。どうやら髪に焼け縮れた跡があるのに気付いたらしい。

 さすがに触れないうちに我に返ったらしく動きが止まったが、気付いたルスティナがなんでもなさそうに自分で髪を触る。

「ちょっとした不注意なのだが、それほどに気になるものなのか」

 キルシェのことは古代魔法や『ラグランジュ』の話が絡んでくるので、とりあえず三人以外の間では黙っていることになっている。それに、自分では意識しないと見えないからなのか、髪に関してはルスティナは全く気にしていなかった。

「そりゃあ、女性が髪を焦がしていたら誰だって驚くと」

「ふむ」

 ルスティナは少し考えると、いきなり自分の背中に手を回した。出てきたのは、腰のベルトに挿してあった短剣で、

「って!」

「ちょっと待て!」

 グランとオルクェルは同時に声を上げた。ルスティナは左手で焦げた部分のある髪を一房つかみ、無造作に切り落とそうとしたのである。さすがに慌てて、グランがルスティナの手首をつかんでひきとめる。

 ルスティナは目をぱちくりさせてグランを見あげ、

「見ていて気になるなら、切ってしまった方がよいのでは?」

「右と左の長さが違ったら、余計に周りが驚くだろ! 焼け焦げてる所だけ切れば済むんだよ!」

「ああ、そうか」

 言いながら、今度は左手で焦げている髪をつまんで引っ張っている。まだやる気らしい。オルクェルが慌てた様子で、両手を広げてぱたぱたさせている。

「いやいや、短剣で揃えるのは難しいし、落ち着いたところではさみでちゃんと……」 

「はさみの持ち合わせはないな」

 だんだん話が面倒くさくなってきた。どうしたものか、ルスティナの手首を放すに放せないまま、グランが思案していると、

「……カオロの街に寄って、理髪店にでもお願いしたらどうでしょう?」

 呆れた顔つきで様子を見ていたエレムが、さすがに見かねて口を挟んできた。

「そこまでせねばならぬか?」

「どうせ出立まで忙しくて、髪を整える暇もなかったんでしょう? 王の代理なんですから、いい機会じゃないでしょうか」

 このまま適当に先を急いで早めにエスツファ達に追いつくつもりだったのに、オルクェルのせいで、余計話がややこしくなってしまった。

 いやまぁ、俺が最初に過剰に反応したのもまずかったんだろうなぁ……。グランはルスティナの手首をつかんだまま大きく息をついた。

「……街に寄る口実にはなるな」

「なるほど、それなら焦がしたことも皆に説明せずに済むか」

 やっと納得したように頷いたので、グランはルスティナの手首から手を放した。おとなしく短剣を収めたルスティナに、オルクェルもほっとしたように息をつく。

「それなら、私が街まで送って……」

「あんた、ルスティナと先に街についたとして、俺達が追いつくまで待ってる時間があるのか?」

 しゃしゃり出てこようとしたオルクェルを、グランは軽い苛立ちを覚えながら見返した。

「こんな長い時間、隊を離れてふらふらしてて、アルディラにばれたら大変なんじゃねぇ? 『わたしにはダメって言っておいて、兄様ばっかりずるい!』とか」

「う……」

「あのはねっ返りが、せっかくおとなしくカカルシャに向かってるのになぁ。次に怒らせたらどうなるやら」

 グランがわざとらしく自分の両腕を抱いて身震いしてみせると、オルクェルは今度こそ怯んだように一歩身を引いた。アルディラの幻影でも見えたのだろうか。

「と、特に変わった様子もないようなので私は戻るが、その、ルスティナ殿、皆のためにも早めに合流を」

「うむ、気遣いありがとう」

 ルスティナはあっけらかんとしたものである。オルクェルは情けない顔でグランとエレムを交互に見た後、未練たらたらな様子ながら自分の馬にまたがった。深緑の上着の後ろ姿が小さくなるのを揃って見送ると、エレムが感心したように横目でグランを見た。

「さすがグランさん、相手の弱い所を見抜いたとたん徹底的に打ち倒す、悪魔のような容赦のなさ……」

「……全然褒められてる気がしねぇぞ」

「オルクェル殿は、なかなか心配りの細やかな方であるなぁ」

 ルスティナのほうは皮肉ではなく本気で感心している様子だ。グランは思わず自分のこめかみを指で押さえた。いや、違うから、あれ。

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