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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
逍遥の游子と航夜の灯星
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48.道は縒り分かれ<8/8>

「そ、それで、妙に物わかりが良かったのか……?!」

「なにも判らないはずの、君たち的には『一般人』である私が、山中での怪異について妙に理解を示すのが、不思議だったのだろう? 私には正体を確かめようがなかったけれど、山岳地帯のあの辺りに『なにか』が隠されているのは、()()ずっと判っていた。ラムウェジ殿から事情を聞いて、やっと今までの胸のつかえが取れたような気分だった」

「早く言えよ!」

 最後の言葉は、素知らぬ顔をしているラムウェジに向けられている。ラムウェジは心外そうに、

「説明する機会がなかっただけだよー。それに、殿下の『判るだけ』という力が、どこまでのことを指してるのかもピンとこなくってさ。フォンセちゃんといい、今まで出会ったことのない(ケース)の人が立て続けに現れて、私もまだよく飲み込めてないんだよね」

 本当にそうか? わざと黙ってこちらの様子を見てたんじゃないのか? 疑わしげなグランの視線をさらっと受け流し、

「だから、法術諸々の話は、あまり心配しなくても大丈夫な方よ。グランさんの周りはいろんな人がいるから、その点も気を遣わなくていいんじゃないかな」

 それはいいのか悪いのか。

「アシオのことを驚かない人がいて、こちらも助かるよ。ずっと身を潜めているだけではかわいそうだと思っていたからね。クロケくんといったね、アシオのことも、よろしく頼むよ」

「あいさー」

 クロケは軽いノリで、額に右手をあてて敬礼のまねごとをしている。アシオの方がどう思うかは判らないが。

「こんな面子で、これから進むのか? 大丈夫なのか?」

「もう、なるようにしかならないですよ……」

「よくわからないが、寛容で柔軟な方なのだな」

 まったく話についてこれていないフォルツが、勝手に解釈して勝手に納得している。お前は話を聞いていたのか。

「いいなぁ、おれもこっちについていきたいものだ。いろいろと観察のしがいがある」

 立ち上がりもせず、黙って様子を見ていたコルディクスが、しみじみとうらやましがっていた。


 

「なんだか、すごいことになってるのですの」

 立ち上がったものの、一応空気を読んで、焚き火のそばから大人達の会話を伺っていたユカが、目をきらきらさせて呟いている。

 白龍とランジュは、盤の上に乱雑に積みあがった駒の山を崩さないよう静かに間引く遊びをしている。遠巻きに大人たちの会話を耳にしながら、リオンは冷ややかな目でユカを見上げた。

「きみ、判ってるの?」

「……なにを、ですの?」

「グランさん達と行くっていうことは、今まできみのためにいろいろしてくれた、ルスティナ様、エスツファ様、アルディラ様の努力を無駄にすることだ。それだけじゃなく、きみのことを心配しながら送り出した司祭役さんやご家族との約束も、反故にするってことなんだよ?」

 もともと、町の人たちに対してしていた「枯れない水脈をもたらしてくれた感謝を捧げるために、どこかにあるかもしれないアヌダの神殿に参詣する」という説明自体は、表向きのものだった。

 しかし、アヌダのことを知りたい、自分の使う力のことについて知りたい、というのが、町を出るのを後押ししてくれたアルディラ達への説明だったはずだ。

 根幹の矛盾を突かれても、しかしユカは怯むことなく、むしろ心外そうにリオンを見返した。

「約束を破ったりはしないのですの、そういうのはちょっと後回しになるだけで、今はもっと大事なことをするだけですの」

「ラムウェジ様についていった方が、旅は安全だし、勉強の機会も、いろんな人に会う機会もたくさんあるよ。それよりも、グランさん達について行く方がいいって本気で思ってるの?」

「そ、そうですの。わたしは、わたしにしかできないことで、グランバッシュ様をお助けするのですの。もちろん、そのために、いろいろお勉強もするし、鍛錬もするのですの」

 いつになく真剣なリオンの視線に、ユカは今度こそさすがに怯んだものの、精一杯言い切った。

 リオンはしばらく、ユカの心を動きを見定めるようにまっすぐ見つめていたが、思い切った様子で立ち上がり、一歩踏み出した。気圧されつつも、身を引かずにユカが頑張って胸を張る。

「な、なんですの?」

「僕は、国に帰ったら、学校に通って神学や法術についてしっかり学ぶ。体を鍛えて、体術や杖術も会得したい。ヘイディアさんに紹介していただく先生の元で、古代文字や古代文明のこと以外にも様々な教養を身につけて、国内だけじゃない、大陸中を渡り歩けるような、立派な神官に、法術師になる。僕が、グランさんとエレムさんと一緒に旅できる位になったときに、きみがまだふらふら落ち着かない、中途半端でみんなに守られるだけのなにもできない子のままだったら……」

「そ、そんなことはないのですの!」

 あまりにも具体的なリオンの『目標』に、さすがに怯んだ様子ながらも、ユカは声を張り上げた。

「わたしも、もっともっと強くなって、皆さんをお助けするのですの。お勉強もたくさんして、法術も使いこなせる、立派な人になるのですの」

 睨み付けるようにこちらを見上げるユカを、むしろ不機嫌そうに見返していたリオンは、

 そこで、突き出すように右手を差し出した。

「えっ?」

「僕も、きみには負けない。次に会ったとき、僕に鼻で笑われないくらいには、精進することだね」

「こっちの台詞ですの! 小姑みたいに口うるさいあなたになんか、負けないのですの!」

 かみつくようにいいながら、ユカはリオンの右手をぎゅっと握った。再会の約束と言うより、ケンカの売り買いのような握手だ。

 リオンはその手を握り返すと、もうユカには興味を失った様子で手を離し、身を翻した。エトワール達との話が一段落ついて、頭を抱えるように座っているグランと、もうなにもかも達観した様子のエレムの元に歩み寄る。

 気づいた大人たちが、顔を向けて様子を見守る中、リオンはグランの前に立った。怪訝そうなグランとエレムに向けて、

「グランさん、エレムさん。僕はこれからもっと精進して、強くて賢い、立派な神官になります。次は、ちゃんとした仲間として、一緒に旅をさせてください」

 グランとエレムは顔を見合わせた。

 それは何年後の話なのだとか、その頃お互いどうなっているか判らないだろうとか、突っ込めることはいろいろあった。だが、グランは面倒そうに立ち上がると、真剣に自分を見上げるリオンの頭に手を伸ばした。

「一〇年早ぇよ」

「うわっ」

 がしがしと、わしづかみに頭を撫でられ、リオンが頭を抱えて悲鳴を上げる。エレムが目を細め、周りの大人たちは笑い声を上げた。



「人というのは、いろいろ面倒なものじゃのう」

 気の抜けた様子で椅子に座り直し、ユカはリオンとグランたちの様子を眺めている。ランジュが一生懸命、駒の山から歩兵の駒を引き抜くのを見守りながら、白龍がつり目気味の目を細めて呟いた。

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