46.道は縒り分かれ<6/8>
「えっ? なにを急に?」
不意を突かれたらしく、肩を跳ねらせて顔を上げたラムウェジは、珍しく視線をそらさずにこちらをみつめるヘイディアの無表情さに、観念した様子で頭をかいた。
「うーん、放っておいたらユカちゃんがああ言い出すのは、想定内だったんだよね」
「グランバッシュ殿達とこの先も同行したい、ということをでございますね」
「好奇心は人一倍だし、行動力もあるからさ。今までのことを見てたら、グランさんの周りは今後も予想外のことが起こるだろうって、誰でも思うよ。面白そうって思うのも、判る。でも、グランさんにユカちゃんがついていくってことはさ、……エレムにも一緒についていくってことじゃない」
と、頭をかいた形のまま、ラムウェジはため息をついた。
「グランさんとランジュの面倒を見ながら、あの自由で危なっかしいユカちゃんの世話までは、さすがに難しいでしょ。それでなくたって、エレムには自分でも自覚してない課題があるのに……」
「それで、エレム殿の負担を減らすために、あえてユカ殿の援助をかって出たわけでございますか」
ヘイディアは淡々と頷いた。なるほど、と、エトワールは面白そうに眉を上げた。
「実際、ルスティナ閣下の話からも、ユカちゃんにはちゃんとした知識が必要だとは思ったしね。引き受けることになったら、もちろん全力で援助するつもりだったよ。なかなか破格な条件で釣ったと思ったんだけど、……やっぱりグランさんには敵わなかったよ」
「グランバッシュ殿は、不本意だとおっしゃいそうです」
「あの人も、もう少し自覚を持ってほしいわ」
困ったもんだ、と息をついたラムウェジは、相変わらずの笑みでこちらを見ているエトワールに気づき、気恥ずかしそうに肩をすくめた。
「グランさん達を援助してほしいってわたしから頼んでおいて、こんな話を聞かせてしまって」
「高名な法術師も、人の子ということかな。いや、人の親、か」
エトワールは特に不快そうな様子はない。むしろ、楽しいことになりそうだという期待感すら汲み取れる。なかなか、こちらも肝の据わった人物のようだった。
「そうか、そういう話になったのか」
今後のことをもう少し詰める、というエスツファとルスティナを置いて、子供達と一緒に離宮の拠点に戻る。出迎えたフォルツは、ざっくり話を聞くと、納得したような、気の毒そうな、微妙な表情で頷いた。
「まぁ、山越えのための援助を受けるという点では、大成功だったのではないかな。その、……荷物が大変そうだが」
「ユカに関しては俺は納得してねぇからな」
「でもまぁ、あまりにも大変だったりで、途中で本人の気が変わったとしても、ラムウェジ様は快くユカさんを迎えてくださるって言ってくれましたし」
白龍の焚き火のそばで、好き勝手にくつろいでいる子供達に目をやって、エレムも力の抜けた笑顔を見せる。
警備当番の兵士の使う天幕の前で、椅子を丸く並べて話し込んでいるグランたちに、近くにいたコルディクスが耳ざとく話に割り込んできた。
「貴様らが、山を越えるまでラムウェジ殿にも一緒に来てほしいと、頭を下げれば済む話ではないのか。どうせおれを北西地区まで連れて行く気でいるのだから、西に向かおうが北に向かおうが行く先は同じだ」
「貴殿、レマイナ教会の支部拠点に連れて行かれたら、なんらかの処分を受けるのではないか?」
「そんなのはあいつらの形式上のことだ。どうせ、事情を聞いた後は、おれの得た知識を得たいと懇願してくるに違いない。おれは、あの古代施設の管理中枢をほぼ把握しているのだぞ」
「お前ちっとも反省してねぇな」
「無駄に自分に自信のある人は厄介ですよね、グランさんといい……」
「俺を並べるな!」
「おれも、お前とその仲間達には興味がある」
もともと我道な上に、そろそろこの場にも慣れてきたらしいコルディクスは、エレムの素朴な感想にも動じず、腕を組んでふんぞり返った。
「ラムウェジ殿がお前達と今後も一緒なら、あれらの観察の機会も増える。レマイナ教会の体面に付き合ってやるのだから、それくらいの娯楽は与えられてしかるべきだ」
「お前ほんと反省してねぇな。百万がいちにでも俺らと一緒に来ることになったら、黒は絶対禁止だからな」
「元騎士どのは確かに面白いからな、エスツファの旦那が気に入るくらいだから、ほかの奴らだって気になるんだろう」
「だから俺は見世物じゃねぇから!」
コルディクスの興味とは、即ち研究対象ということだ。
白龍やジェームズのことだけでなく、どうやらこいつは、ランジュの正体も勘づいている。勘づいていて無理に距離を詰めないあたり、利用する気はないようだが、純粋に研究対象として観察されるのも気分がよろしくない。
「面白そうと言えば、あのエトワールというのも面白そうだな」
舌の動きに任せ、コルディクスは予想外のことを言い出した。
「エトワールさんが? 確かに王侯貴族にしては気さくな方ですけど……」
「あいつ、何やら『飼って』いるだろう」
「飼う?」
何を言っているのか。揃って目をしばたたかせる三人を、コルディクスは見下すように鼻を鳴らした。
「貴様なら気がついていると思ったがな。あれを使役でも隷属でもなく、忠誠心で従えるのだからたいしたものだ、あのエトワールとやら、どんな術を使うのだろうな」
「……アシオのことか?」
今朝エトワールがこちらに寄ったとき、姿は現さなかったが、あからさまな殺気と視線を感じたから、一緒にいたのは判っている。たぶん、普段はアシオは陰からエトワールを見守って、許しがないと人に姿を見せないのだろう。
そして、姿を見せなかったアシオに気づいていたということは、コルディクスにはわかる存在なのだ。
「そういえば、グランさんはアシオくんを『獣だと思った』って言いましたけど……」
「だってあいつ……」
言いかけた途端、ぞわりと視線を首筋に感じた気がして、グランは思わず背筋を伸ばした。コルディクスが「ふふん」とでも言いたげに眉を上げる。
グランが首を巡らすとほぼ動じに、
「あらあら、すっかり仲良くなったのね、あんまり意気投合されても困るけど」
塔から庭に続く出入り口から、明るい声が飛んできた。
ヘイディアを伴ったラムウェジである。
「コルディクスが勝手にしゃべってるだけだ……って、なんでまた連れてきてんの?!」
いつもの調子で言い返したグランは、ラムウェジの後ろで金色に輝く髪のエトワールが片手をあげているのに気づき、思わず本音を口に出した。
「いやぁ、カカルシャ王が、今度こそ私も殿下と一緒に城に滞在くださいって言ってくださったんだけどねぇ」
「ラムウェジ殿がこちらに身を寄せられていると聞いたので、それなら私もと思ってね。今、エスツファ殿にも挨拶をしてきた」
「なんで『それなら』なんだよ?」
「カイチの村でも皆に親切にしてもらってありがたいのだが、皆どうしても私に気を遣うようなのだ。距離感があって寂しいものだよ」
と、エトワールは、一応空気を読んで近寄ってこない子供達に、笑顔で手を振っている。どうやら、朝食の席に混ざって賑やかにやっていたのが楽しかったらしい。
「いやいや、あいつら特殊だし。てかまだ療養中なんだろ、体に何かあったらどうすんだよ」
「そういうときこそ一番頼れる方が、ここにいるだろう」
言われて、ラムウェジが胸を張る。そうだった、こいつは超強力な治癒の力を扱う法術師だった。




