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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
逍遥の游子と航夜の灯星
606/622

45.道は縒り分かれ<5/8>

「こちらも思うところはいろいろある。心配もある。しかしそれを鑑みた上でも、……勉学や鍛錬を欠かさないことを心がけることと、法術師が旅する上での心得をラムウェジ殿から伝授いただいた上でなら、わたしもユカ殿の意思を尊重したいと思う。ご両親になんと説明するかは……帰りの道すがら考えよう」

「ありがとうございますですの! お勉強も体術も頑張るのですの!」

「だから俺はランジュだけで精一杯だっていってるだろ!」

「嬢ちゃんの世話をしてるのはエレム殿であろう」

「そういうことじゃなく!」

「山を歩くのは、賑やかな方がよいよ。楽しい仲間がいれば、歩くのも苦ではなくなるものだ」

「ありがとうですの! 楽しいお話には自信があるのですの!」

「そういう問題じゃなくて!」

「お話がまとまったところで、恐縮でございますが、発言をお許しいただけるでしょうか」

 エトワールまで参加して賑やかになってきた中で、それまでずっと無言で控えていたヘイディアが顔を上げた。錫杖の澄んだ音に、全員が思わず口を閉ざす。

 自分に注目が集まった中、わざわざぐるりとアルディラの正面まで回ると、錫杖を床に置き、ヘイディアは片膝をついて頭を垂れた。

「大公から直々に、姫をお護りし、オルクェル様をお助けするようお声がけいただいた身で誠に恐縮ではございますが、ここから先は私も、グランバッシュ殿、エレム殿と同行させていただきとうございます。どうかお許しをいただきたくお願い申し上げます」

 あまりの予想外の申し出に、オルクェルは内容を理解しきれない様子で目をしばたたかせ、リオンは開いた口を閉ざす暇もなく、銅像のように固まっている。さすがのアルディラも面食らった様子で、

「ど、どうして? そりゃあ確かに、いろいろな騒動にはあなたも関わってくれたけど……」

「お二人が『ラムウェジ殿から賜った』お役目の行く末を、見届けたいと存じます」

 理由になっていそうでなっていない言葉を、ヘイディアはきっぱりと言い切った。

 ヘイディアは、『ランジュを異国の親族の元に届ける』というグランたちの旅の口実が、表向きのものであることを知っている。そもそもの、ランジュの正体も、ラグランジュの対になるものの存在も。

「いや、しかし、ヘイディア殿はそもそも大公の命で……」

「なにか、見届けなきゃいけない、って思う強い理由が、あなたの中にあるのね?」

 わたわたと止めに入ろうとしたオルクェルの言葉を、ざっくり遮って、アルディラがヘイディアを見据えた。ヘイディアが無言で頷く。

 アルディラは思案するように視線を移した。グランが異議を唱えようとしているのを、まぁまぁとエスツファがなだめている。エレムは何を言うべきかもう思いつかない様子で、無意味に両手を踊らせている。

 アルディラは大きく息をついた。

「……判ったわ」

「ええっ、姫、大公は姫のためにヘイディア殿を我らの部隊に……」

 必死で言いつのるオルクェルを、右手をあげて制止し、アルディラは続ける。

「お父様には、わたしの命令で、グランたちについて行かせたってことにしましょう。ごちゃごちゃ言われるようなら、『私がいなくなるより良かったでしょ』って言っちゃうわ」

 オルクェルが大公の代わりを務めるように絶句している。父親の弱点を完全に掌握している。

「その代わりヘイディアは、わたし宛に定期的な連絡をきちんとすること。……そうね、レマイナ教会の連絡網をお借りできないか、ラムウェジ殿、ご協力いただけないでしょうか」

「うーん、確かに、ユカちゃんがついていくなら、ヘイディアさんがいてくれた方がいろいろいいんだろうけど……」

 ラムウェジはまだ納得していなそうながらも、食い下がる気もないらしく、こめかみを押さえてなにやらあれこれ考えている。俺の蚊帳の外にして勝手に話を進めるな、と言いかけたグランの心情を表情で察したらしいエトワールが、穏やかに手を上げて押しとどめた。

「グランバッシュ殿、人は己の心に従って行動するものだと、自分がよく知っているのではないのかな」

 ほう、とエスツファが顎を撫でる。ルスティナも、なにかを見定めるように黙ったまま様子をうかがっている。

「だ、だからって……」

「そういうことでも、大丈夫なの? エレム」

 ラムウェジはこめかみを押さえながら問いかけた。不服さ全開のグランではなく、あいかわらずおたおたしているエレムに向けて。

 エレムは眉を寄せて少し考えた後、力の抜けた笑顔を見せた。

「心が決まってしまった人を止めるのが難しいことは、僕が一番よく知ってますよ。何年、ラムウェジ様(あなた)と過ごしてきたと思ってるんですか」

「う、それを言われるとさすがに言葉がないわ……」

 なんなんだここは自由人の集まりなのか。歯をむきそうなグランを、横のエスツファがまぁまぁとなだめている。ラムウェジは首をすくめて頭をかきながら、

「あれこれ言っても仕方がないし、わたしもできることは協力します。実はあなたたちが関わったヒンシアの件に絡んで、ルアルグ教会とレマイナ教会が主体になって、対策集団(チーム)が発足してるの。ルアルグ教会の本拠地はエルディエルだし、必要があればすぐにエルディエルまで伝わるような新しい連絡網を整えるいい機会だと思う」

 そういえば、ヒンシアの古代遺跡に関して、レマイナ教会による継続的な監視体勢が検討されていたはずだ。異変を察知した時には、レマイナ教会が即座に対応を取り、エルディエルにも連絡が入ると。

 しかし、それをヘイディアの近況報告にも流用など、公私混同もいいところではないか。というか、正式には奉仕者扱いのエレムがレマイナ教会の傘の下で自由行動できている時点で、ラムウェジの『私』なのだが。

「そういうことなら、ヒンシアの件には協力を惜しまないよう、わたしからも本国に言い含めておくわ。古代遺跡に関しての情報共有は、南西地区和平盟約の柱条項ですもの」

 こっちも『私』を隠そうとしない。口もとを引きつらせるだけで声も出ないグランの肩を、エスツファがしたり顔で軽く叩いた。

「物事が発展するきっかけとは、こういうものなのだよ。存外、この一件が、大陸中の通信網の大幅な発達に寄与することになるかも知れぬ。馬や鳥以上に高速の通信手段が構築されたりしたら、情報戦の革命として歴史に……」

「こんなことで歴史を動かすな!」

 


 アルディラと子供達、加えてまだ納得していないグランと達観した様子のエレムをお茶会の席に残し、エトワールを乗せた馬車はカカルシャの騎士達に守られながら離宮を出た。

 ラムウェジとヘイディアに向き合って座るエトワールは、お茶会の流れを思い起こしているのか、楽しそうな笑顔でラムウェジに言葉を向ける。

「そちらの方針は定まったようだね」

「殿下の御前で、騒がしくしてしまって面目ありません」

「いや、いろいろとそちらの様子が判って良い機会だったよ」

 どんな『いろいろ』なのか。含みのありそうな言葉に、ラムウェジが突っ込むより先に、

「しかし、グランバッシュ殿は、ヘイディア殿よりも、あの少女が一緒なのは不満のようだった。どう納得させるつもりだい?」

「それは……」

「その点は、ユカ様にも頑張っていただかないといけません」

 言いよどんだラムウェジより先に、ヘイディアが微妙に視線を窓の外に向けながら答えた。

「本当であれば私も、事前に、グランバッシュ殿とエレム殿に、了承をとらなければならないところでございました。話の勢いに便乗してしまうような形になって、反省しております」

「しょうがないよ、段取りを重視してたら、逆に機会を逃していた所だったでしょう。二人も嫌とは言わなかったし」

「恐れ入ります」

 淡々と頭を下げたヘイディアは、いまいち気分の乗っていない様子のラムウェジの横顔に目を向けた。

「ラムウェジ様は、ユカ殿を『どうしても』ご自分の供に加えたかったわけでは、ございませんね」

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