44.道は縒り分かれ<4/8>
「仲間は多いに越したことはないわ。それも、信用できる人ならなおさらじゃない。それでなくたって情勢の落ち着かない山岳地帯に向かうのよ、三人だけで行動するよりは、地理に明るい協力者がいたほうがいいって、考えるのは当然でしょ。ラムウェジ様だって、あなたたちの意思を尊重してるから何も言わないけど、本音は心配なさってるのが判らない? だいたいね、グランは人の好意を受け取るのが下手なのよ、そりゃとても強いし傭兵としての経験もあるから、大抵のことはなんとかできる自信はあるんだろうし、自由に動けた方が気楽でいいって思ってるんだろうけど、周りのみんながあなたたちに感謝して、だからこそこの先を心配して協力しようとしてるのよ?」
たたみかけられ、言葉を失ったグランは、逃げ場を探すように視線を巡らせた。
アルディラの後ろでおろおろしているオルクェル、表情の薄い顔で控えているヘイディア、極力考えを顔に出さないように様子を見守っているエレム。やり込められているグランを面白い演劇でも見るような顔で楽しんでいるラムウェジ。
色とりどりの焼き菓子から次に食べるものを楽しそうに選んでいるランジュの横で、達観した様子でリオンがこちらを見ている。息を飲んで見守っているフォンセの隣では、アルディラの発言に全面同意を表明するようにユカがうんうん頷いている。
エトワールは頬杖をついたまま感心した様子でアルディラの演説に耳を傾け、エスツファは感心したように頷き、ルスティナも穏やかに目を細めて微笑んでいる。
「わ、判ったよ、俺が意固地だったよ」
ぐいぐい迫ってくるアルディラに、グランは口元を引きつらせつつもそう言うと、アルディラの肩を押して体を離し、エトワールに向き直った。
「俺があんたになにかをしたつもりはないが、俺たちも一緒にっていうのは、あんたなりの厚意なんだよな。子供連れで厄介かけるかもしれないが、それでいいならよろしく頼む」
ちらりと目を向けると、エレムもおやおやと眉を上げて笑みを浮かべている。エトワールは嬉しそうに、星のような笑顔を輝かせた。
「ラムウェジ殿お墨付きの戦士殿が一緒なら、これほど心強いことはない。もちろん、イムールにたどり着いた後も、貴殿らの行程に関しては協力させてもらうつもりだ、よろしく頼む」
差し伸べられた握手の手を返すと、アルディラが満足げな笑顔でぎゅっとグランの腕を抱きしめた。今度ばかりは、抵抗する気力もない。
「姫に一本取られたな、元騎士殿」
「うるせぇよ」
「やれやれ、グランさん達の今後のめどが立って、こっちも安心したよ」
『口を挟まない』のを頑張っていたらしいラムウェジが、こきこきと首を回しながら背筋を伸ばす。
「わたしたちも、カカルシャ側と今後の手はずを詰めたら、コルディクス君を連れて北西地区に向かうことにするわ」
「あら、それなら、わたしたちと一緒に戻りませんか? エルディエルからなら、北西地区まで船が使えます」
「ありがとうございます、教会との兼ね合いもあるので、今後の話によっては改めてお願いするかも知れません」
アルディラの申し出に、ラムウェジはそつなく答えると、笑顔でユカに目を向けた。
「ユカちゃんも、一緒に来てくれるよね?」
「えっ、あっ」
「ラムウェジ殿から話は聞いています」
いきなり話を振られ、ユカはさすがに驚いている。アルディラは姫らしく微笑んだ。
「協力するといいながら、あなたのことはルキルアの方々に任せきりでしたが、ラムウェジ殿ならレマイナ教会を通じた様々な援助が可能とのこと。であれば、わたしたちが口を出すより、ラムウェジ様にお任せした方が、あなたが当初から求めていた『アヌダ』の真実や、アンディナについての情報以上の有益なものが得られるのではないかと思います。ラムウェジ殿であればあなたをお任せしても心配はないでしょう」
「そ、そのことなのですけど」
アルディラとラムウェジの間では、すっかり話がついている様子だ。ユカは意を決したように勢いよく立ち上がり、一歩進んで背筋を伸ばした。
「わたし、グランバッシュ様たちと一緒に行きたいのです」
「……はぁ?」
グランが反射的に声を上げる。緊張気味だったユカは、そのグランの声に、逆に堅さがほぐれた様子で、
「もったいないくらいありがたいお申し出をいただいて、とっても嬉しいのですの、でも、わたし、グランバッシュ様と一緒に行きたいのですの、もっともっと、いろんなものを見たいのですの」
「ラムウェジと一緒の方が変わった経験できるに決まってんだろ、なんたってこいつは……」
「グランバッシュ様が言いたいようなことは、リオン様からも聞きましたの、それでたくさん考えたのですの。ラムウェジ様のお申し出を受けた方が、わたしの今後にもとても良いのもよくわかるのですの」
「だったら……」
「でも、グランバッシュ様は英雄の素質がおありだから、これからも行く先々でいろんなことが起こるはずですの。わたしは、わたしにしかできないことで、お役に立ちたいのですの!」
「……」
グランは何から突っ込めばいいのか、言葉が追いつかず口をパクパクさせている。一息にそこまで言ったユカは、背筋を正し、今度はルスティナとアルディラをそれぞれ見据えた。
「ルスティナ様には、町を出るために両親や司祭役を説得していただいたり、アルディラ姫の援助を取り付けてくださったり、とてもご協力頂いたのですの。アルディラ姫が後押ししてくださったから、町からもすんなり出られたし、これまでもいろいろご親切にしていただいて、とても感謝しているのですの。アンディナの教会で学んで、法術のいろいろも知りたいって言うのも、今も嘘ではないのですの。でも、それよりも今は、今しかできないことをしたいのですの、どうかグランバッシュ様達と一緒に行くことを、許して頂きたいのですの」
リオンはぽかんと口をあけ、精一杯胸を張って立つユカを見上げている。フォンセは、話の筋が判らないながらも感銘を受けた様子で、両手を握りしめて話の行方を見守っている。
「あちゃー、そうなっちゃうか」
ラムウェジは額を押さえて天を仰いでいる。アルディラも目をぱちくりさせたものの、
「……わたしは、ルスティナ閣下から、これこれこういう事情の子がいるから手助けしてもらえないかって、相談を受けただけだし」
意外にあっさりと肩をすくめ、ルスティナに目を向けた。どうやら『今しかできないこと』というのが効いたらしい。
「ルスティナ閣下もいろいろご心配でしょうが、自分の意思で未来を模索する自由を、わたしは尊重してあげたいです」
「俺の意思と自由はどうなるんだ!」
「まぁまぁ、今大事な所であるから」
「他人事みたいな顔で何言ってんだよ!」
グランとエスツファが横でごちゃごちゃやっているのを、かろうじて口を出さずにエレムが口元を引きつらせている。ルスティナは微妙に困った様子で首を傾げたものの、
「グランやエレム殿の意見はともかく、もう、ユカ殿の心は決まっているようだ」
と、肩を落としているラムウェジに目を向けた。




