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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
逍遥の游子と航夜の灯星
604/622

43.道は縒り分かれ<3/8>

 はす向かいに優雅に座るエトワールとラムウェジ、エトワールとテーブルを挟んだルスティナとエスツファ、ラムウェジの後ろに立とうとしてアルディラに咎められたエレムも腰をかけている。皆すました顔をしているが、恨めしそうな顔のグランとは、極力視線を合わせようとしない。

「昨日、ラムウェジ殿とルスティナ閣下から改めて事情を聞いたので、状況は把握しているつもりです。知られざる古代施設の存在が、周辺の治安に影響を与えていたとのこと。この件に関しては、古代施設の不具合自体は解消されたようですし、無闇に公表していたずらに人心を動揺させる必要もないでしょう。私たちエルディエルは、引き続きラムウェジ殿のお考えを支持し、できる限り後援していく所存です」

「ありがとうございます」

「当事者でありながら、なにもかもラムウェジ殿にお任せする形になり、私としても心苦しいのだが」

 エトワールは穏やかに微笑んだ。

「問題が判っていたところで、上空の古代施設になど、イムールが手出しはできない。ここは、ラムウェジ殿の提案を受け入れることが、事態収束の一番の早道であると判断した。本国への言い訳は、これから考えるとしよう」

 いい加減というか、柔軟というか。そういえば、イムール側で今回の事態を把握しているのはこのエトワールだけのはずだ。イムール王や、ほかの王族達への根回しはどうなっているのか気になるところではある。

「ところでエトワール殿下は、今後、どのように過ごされるおつもりなのでしょう?」

「私はカカルシャ王や、滞在中の他国の王族への挨拶が一通り済んだら、一度イムールに戻ろうと思っている」

 アルディラの問いに、エトワールはまず、簡潔に答えた。

「ラムウェジ殿の話によれば、私たちと一緒に来て負傷した兵が、上空の古代施設で加療を受けているそうなのだ。完全に回復したら、地上に戻ってくるとの話なのだが、それがいつになるかはさすがに判らないとのことだ。私がカカルシャに滞在中に、彼らが戻ってきてくれれば一番よいのだが、こればかりはこちらの都合には合わせてもらえないだろう。心残りではあるが致し方ない」

 エトワールはこのあたり、話を聞いただけのはずだが、さすがに自身が異形に襲われているからだろう、ラムウェジの話はそのまま信じることにしたらしい。

「今こうして殿下とお話ししていると、ほかの方々もすぐに戻ってこられそうな気がしますが、殿下の回復の早さはラムウェジ殿のお力があってこそですものね」

「その通り、本来であれば、私も従者も、未だ動くことすらままならなかったのだろう。ラムウェジ殿が通りかかったのはまさに幸運だった」

 ラムウェジは穏やかに微笑んで静かに頭を下げた。

 その『従者』からの視線は、屋内に入ったことで感じなくなった。たぶん、紹介されていない場では、屋内にまで入らないようエトワールが指示しているのだと思われる。外にいると、獣が獲物を狙うような、殺気に近いものを感じるので、グランはどうにも落ち着かないのだ。

「そして、イムールに戻る際に、グランバッシュ殿とエレム殿に同行してもらえぬかと申し入れているところだ。二人は、街道を越えて北に向かう用があると聞いているので、お互い益があるのではないかとも思う」

 打ち明ける形だが、事前に耳にしていたのであろうアルディラは、特に驚きはしなかった。

「小さな子供がいるとのことなので、道の状態によってはひょっとしたら難しいかも知れぬとラムウェジ殿からも聞いてはいるが、だとしても、二人が北へ向かうための援助はさせてもらいたいと考えている。ここにいる方々は、私たちだけでなく、イムールや周辺の住人の恩人でもある、私たちにできることはなんでもさせてもらいたい」

「ありがたいお申し出ですね、私としても、グランたちがいれば、殿下もより安全に戻れると思います。二人は、とても頼れる戦士でもありますから」

 アルディラはにっこりと微笑んだ。なかなか意外な理解の示し方だ。

 ここで別れるのは嫌だ、エルディエルまでついてこい、などと騒がれるのも困るが、ここまですんなりと受け入れられるのも気味が悪い。エレムも意外そうに目をしばたたかせているが、黙って控えているルスティナとエスツファはすました顔のままだ。

「それとは別に、ラムウェジ殿からは、そこの娘御の今後の相談も受けている」

 と、エトワールが視線を巡らせたのは、貴族のお茶菓子を堪能してご満悦のユカの隣で、緊張気味に座っていたフォンセである。こちらの話に耳を傾けていたであろうフォンセは、いきなり自分の名前が出て飛び跳ねるように立ち上がった。そのまま座って控えていなさいと、アルディラが手振りで示したので、またぎくしゃくと腰を降ろす。

「彼女もまた、自分の道を求めて、山岳地帯の北にあるアムタウヤ王国を目指しているとのことだ。そこまでは手助けできないかもしれないが、街道の封鎖された区間を迂回する程度の援助はできそうなので、申し出を受けることにした、ほかならぬ、ラムウェジ殿の頼みでもあるからな」

「あなたのことも、ラムウェジ殿から聞いています」

 と、アルディラはフォンセに向かって微笑んだ。

「カーシャムの、失われていたかもしれない法術の素養を持っている可能性が高い、とのことですね。もしエルディエルの領内であなたと会っていたのなら、私自身が全面的に支援していたところですが、ここは異国の地。あなたがこれからの旅で、自分の道を見いだせるよう、わたしも祈っております」

「も、もったいないお言葉です……」

「で、ここまで話が揃ったら、当然、グランたちも殿下と一緒に行くのよね?」

 かぶっていた猫を一瞬で脱ぎ捨て、アルディラはグランの腕に抱きついて顔をのぞき込んだ。

 狭い椅子の上、できる限り体を遠ざけるようにグランはのけぞりながら、

「だから、まだわかんねぇって。ランジュが一緒だから崖道とかは通れねぇし、準備してる間に街道の封鎖が解除されるかも知れねぇし」

「街道の方はまだしばらく難しいだろうとカシルス殿が言っておったよ、タンザムの保守派の中で兄弟げんかが始まって、革新派そっちのけで場外乱闘になってるとかなんとか」

「殿下もまだ病み上がりであるし、休憩を取りながらイムールに向かうなら、ランジュが一緒でもご迷惑にならないのではなかろうか」

 エスツファとルスティナが、阿吽の呼吸で追撃してきた。エトワールはその通りとばかりに、優雅に頬杖をついて話を聞いている。

「私たちの部隊の帰投についても、そろそろ日程を詰めなければいけないの。グランたちが、今後どういう予定で行動するのかだけでも判れば、安心して帰路につけるというものだわ」

「なんでお前の都合で俺らの今後をすぐ決めなきゃなんねぇんだよ」

「だって心配なんですもの、あなたたちだけじゃなく、ランジュが一緒なんでしょう?」

 アルディラは当然のように返してきた。

「エレムとあなたの二人だけなら、何が起きたって大丈夫と思ってるわよ、わたしたちだけじゃ難しかったことも、あなたたちがいたからこそ解決できてきたんだもの。でも、小さい子が一緒だと、そうもいかないでしょ」

 ここぞとばかりに正論をかましてくる。

「今までは、リオンやわたしたち、ルキルアの人たちがランジュを預かってきたけど、これからはそうもいかないでしょ。わたしたちはグランたちには助けられてきた、でも、グランだって誰かに助けられて、お互いに協力し合って問題を解決してきたのよ、そこ、判ってる?」

 う、と珍しくグランが言葉に詰まっている。エレムは逆に、なるほどと感心した様子だ。

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