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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
逍遥の游子と航夜の灯星
602/622

41.道は縒り分かれ<1/8>

 朝早くから妙に慌ただしかった。

 外の気配に気がついてグランが窓から様子をうかがうと、塔の出入り口の前にカカルシャの騎士服の男が数人控え、見覚えのある馬車が横付けされている。

 あれは昨日ラムウェジがヘイディアと使っていた、エルディエルの馬車だ。ラムウェジが戻ってきただけにしては、妙に大仰だ。

 とはいえ、呼ばれてもいないのに様子を見に行くのも癪だ。身支度を調え、外の井戸に顔を洗いに行く。一足先に外に出ていたエレムは、食事当番の兵士と一緒に、井戸の側の洗い場で果物を洗っていた。もちろんランジュも一緒である。

「出入り口に馬車がいたぞ? ラムウェジが来てるのか?」

「ああ、なにか慌ただしいなと思ってたんですけど、洗い物をはじめてしまったので……って、グランさんやめてくださいよ、ランジュが真似するじゃないですか」

 青林檎を手に取って皮ごと囓りはじめたグランに、エレムが声を上げる。

「いいじゃねえか減るもんじゃねぇし」

「減りますよ!」

「おいしいものはみんなで食べるのですー」

 食べるのを楽しみにして洗い物に付き合っていたであろうランジュが、恨めしそうな声を上げる。面倒なので残りを手で割って口にくわえさせていると、塔の出入り口が賑やかになった。

 フォルツに先導されたラムウェジが、後ろに更に数人を伴って現れた。ヘイディアとフォンセはいないが、代わりにカカルシャの騎士数名がおり、それらに周りを固められるように、陽光を受けひときわ輝く金色の髪の青年が、昨日は身につけていなかった白いマントを翻して歩いてくる。

 そのエトワールを視認した瞬間、全く別の場所から視線を感じてグランは首を巡らせた。姿は見えないが、感じるのはやはり、獣がこちらを狙うような気配だ。

 フォルツとラムウェジはぐるりと周囲を見渡し、自分たちを見つけると軽く手を上げながら近寄ってきた。それに気づいたエトワールも、嬉しげに笑みを見せる。グランを叱ろうとしていたエレムは、それどころではなくなって慌てて洗いものから離脱し、自分とランジュの手を拭いている。

「二人とも、昨日は村まで足労をかけた」

「馬車で着いたばかりではお疲れではないですか、声をかけてくれれば僕らから中に行ったのに」

「中にお通しする暇もなかった」

 気さくに握手を求めてくるエトワールを気遣うエレムに、ちらりとラムウェジを見ながらフォルツが肩をすくめる。どうせ勝手知ったるとばかりに、ラムウェジがさっさと中庭に案内してきたのだろう。ラムウェジは知らん顔をしているが。

「昼からカカルシャ王に会うのだが、その前にアルディラ姫に挨拶にきたのだ。同じ離宮の敷地をルキルアも使っているというので、先にルキルアの方々にも挨拶をと思ってやってきた」

「ルスティナ……閣下もエスツファ閣下も、支度でき次第降りてくるよ」

 フォルツが付け加えている間、エトワールはエレムとの握手を終え、グランに手を差し出してきた。それはいいのだが、グランがエトワールと握手している間、どこからか感じる視線からの殺気が更に濃くなって、どうにも落ち着かない。

 グランと握手を終えたエトワールは、そのままなぜか背をかがめると、グランの横でもぐもぐと林檎をかじっているランジュに目線を合わせた。

「そなたはなかなか動じぬな」

 ランジュもなにか挨拶しかえしたようだが、ずっともぐもぐやっているので、何を言っているのかはさっぱり判らない。エトワールは気にした様子もなく、ランジュの頭をぽんぽんと撫でてやっている。

 ラムウェジはその様子を見て目を細めると、すぐに背筋を伸ばして全員を見回した。

「ヘイディアさんはフォンセちゃんと一緒に、アルディラ姫とオルクェル将軍に知らせに行ってるわ。姫にはこれまでの経緯も報告しなきゃいけないから、時間が決まったらあなたたちも来てね」

「ええ? なんで?!」

「今回の件で、ヘイディアさんにさんざんお世話になってるのを忘れたの」

 上空の古代遺跡とコルディクスに関わる一件は、もともとラムウェジが抱えていた案件だが、レマイナ教会からの報酬が発生しているグランに対し、エルディエルとルキルアの協力は完全に厚意である。ルスティナとヘイディアはなかば勝手についてきたようなものとはいえ、彼女たちの協力がなかったら収拾は更に困難だったろう。

「アルディラ姫とオルクェル将軍には、カカルシャ側との話の調整にも協力いただいて、とても助かったのよね。それにこの前の式典の昼餐会で、ククォタ王家がエルディエルとルキルアとの友好関係をやたら喧伝してたみたいでねぇ、負けず嫌いのカカルシャ王は、エルディエルとの信頼を深める機会をみすみす見逃して、ククォタに後れをとるような真似はできなかったんじゃないかしら?」

 この周辺の情勢には良くも悪くも関係のないエルディエルが、今回は全面的にラムウェジの援護にまわっている。それは表向き、周辺住人の安全に配慮した厚意ではあるが、グランとエレムが事態に関わっているから、というのが真相だ。

 加えて、ククォタのティドレ王子が、先だってのククォタ訪問の際の出来事での恩を、いろいろな形で返そうとしているのだ。昼餐会では末姫ティモも来ていたし、兄妹ぐるみでのアルディラとの親交をさぞかし強調したに違いない。そもそも自分たちの式典のためにアルディラを招待したカカルシャとしては面白くないだろう。

「昨日も言ったが、私としては、私がイムールに戻る際に、是非二人に同行してほしい。私が一緒なら、通行もなにかと面倒がなかろうとも思う」

 エトワールは率直に言い切った。

「しかし、それに抵抗があるというなら、別な方法も喜んで提案するし、援助しよう。この旨も、アルディラ姫には伝えるつもりだ。どのような形を二人が選択しても、こちらは最大限協力するから安心してほしい」

「あ、ああ……」

 古代遺跡の件が公にならないようあちこちに画策する必要があるラムウェジとは違い、イムールはラムウェジとグランたちに対しての協力以外に意図するものはないだろう。なかなか好条件の提案ではある。

「小さな子が一緒というなら、馬車も使える道を探したほうがよさそうだな。そなたも、冒険の日々のようだ」

「旅はみちづれなのですー」

 もぐもぐし終えたランジュが、エトワールに微笑まれて無責任なことを口走っている。世は情け、と続くというが、どんなものやら。


 エスツファとルスティナが支度を終えて庭に降りてきたところで、せっかくなので、とエトワールを交えた朝食会になってしまった。

 なんの先触れもなく異国の王族が拠点に訪問してきたにしては、安定の動じなさである。気がついたらいつも白龍が焚き火をたいている周辺に、騒ぎを聞きつけた子供達も連なって、なんだかよくわからない状況になっているところに、ヘイディアからエトワール訪問の知らせを受けたオルクェルが、フォルツに案内されてやってきた。

「オルクェル殿、朝早くから足労であるな」

「い、いや、姫は支度に少々時間がかかるとのことで……」

 そのオルクェルは、普段通りのルキルア兵の食事風景の中にエトワールが溶け込んでいるを見て、まず絶句している。

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