38.旅人は昏きを航り<4/6>
山岳地帯上空には稼働中の古代施設が浮遊していて、その真下に当たる地上には、普段は幻惑の結界に隠された緩衝地帯がある。その結界の不具合で、緩衝地帯に侵入してしまった人間が運悪く、警戒中の『大きな異形』に襲われてしまい、その結果けが人達は『小さな異形』が保護して、上空施設で加療している。
という話などとても公表できないので、表向きは、街道の封鎖で人が裏道に流れたのを狙って(架空の)『賊』が暴れている、カカルシャはイムールと協力して警戒に当たっているが、安全が確保されるまで裏道の通行には制限がかけられる、ということになっている。上空施設で加療中の行方不明者が戻ってきたら、無事に賊は討伐されたことになって、通行は全面的に再開されるだろう。
表向き、『賊』に警戒が必要な今の状態で、護衛もなく病み上がりのエトワールとアシオだけを帰すわけにはいかない。
あの動きを見ていると、アシオなどもう平気なんじゃないかと思うのだが、ラムウェジが言うには、『あれは使命感から無理をしているだけで、普通ならまだ安静が必要な状態』らしい。というかそれなら、ラムウェジなら縛り付けてでも安静にさせそうなものなのだか、それを言ったら微妙な顔で話を濁された。
グランを突然襲ってきたことといい、どうもあれはあれで事情があるらしいが、面倒なので掘り下げて聞かなかった。
問題は、その話に乗っかってきそうなフォンセである。
エトワールが、向かう方向が同じであれば自分たちの帰還にグランたちも同行してほしい、と話を運びはじめたところ、「わたしも実は」と割り込んできたのである。
そのときはフォンセについては一旦保留になったが、今頃はラムウェジも交えて改めて話を聞いているだろう。ひょっとしてフォンセは、グランたちとではなく、エトワールと一緒という形で同行になるかもしれない。
それはそれでまぁ、こちらが嫌だという理由もなさそうなのだが。まだエトワールと一緒に行く件も了承していないし。
「なーんか、勝手に別の流れができてるみたいなのが、気にいらねぇんだよな」
「話がうまく進みすぎているということか?」
ルスティナが首を傾げる。
「うまくっつーか、乗らなきゃいけないような流れになってるのが、気に入らねぇ」
「渡りに船、という言葉があるではないか」
「そういうのと違う気がするんだよな」
どっちみち、自分たちを厄介ごとに巻き込む『ラグランジュ』の力が働き始めたら、こちらの抵抗などなんの足しにもならない。とはいえ、このままなし崩しにフォンセまで同行と言うことになったら、なんだかんだでアムタウヤまで引きずられていきそうな気配ではある。
正体は判らないが、誰かの思惑にうまいこと乗せられているようで、気分が悪いのだ。
「しかし、今の話だと、道場の法円とアムタウヤには関わりがありそうなのであろう?」
紅茶を口に運びながら、エスツファは仏頂面のグランを面白そうに見やった。
「そしてその法円が、元騎士殿が嬢ちゃんを……『ラグランジュ』を見つけたときに見たものと、同じ太陽を現した。これはもう、関係がないと思う方がおかしいのではないか」
「そうなんですけどね……」
「私は思うのだが、渦の中心にいるのは、やはりグランたちなのではないか?」
ルスティナの言葉に、グランとエレムは揃って目をしばたたかせた。
「渦?」
「ですか?」
「海に近いところでは、暑い時期になると、度々海から嵐がやってくるそうだ。遠い東方では台風と呼び、西の大陸ではフラカーンなどと呼ばれるらしいのだが」
と、ルスティナは一見関係なさそうなことを話し出した。
「その嵐は、雨風を伴って渦を巻く大きな雲の塊なのだというが、不思議なことにその中心は無風で晴天なのだそうだ。しかも、それ自体には進む力がない。上空の季節風に乗って移動するだけらしく、その流れにうまく乗れればとても早く過ぎ去るが、その風が弱いと同じ所に長く停滞している」
「俺たちが嵐だって?」
「確かに、最初は些細だったことが、とんでもない事態に大化けしたのも一度二度ではないですけど……」
「納得すんな」
「いや、ちょっと違うかな」
顎をなでながら話を聞いていたエスツファが、言葉を挟んだ。ルスティナが視線を動かす。
「違う、とは?」
「確かに、勢いに乗ったときとそうでないときの元騎士殿達は、動きに落差があるが、それでも元騎士殿も、エレム殿も、『嵐』に巻き込まれているだけであろうよ。中心に近いところにはいるのだろうが」
「……なるほど」
それだけで、エスツファの意図を理解したらしいルスティナが頷く。
「なにが、なるほどなんだよ」
「大きな力を持っているが、自分では進む力がない。だから、周りの者を巻き込みながら、周りの流れに乗って動いている、ということなのだな、……『ラグランジュ』が」
ルスティナは言いながら、窓の外に目を向けた。子供達が過ごしているであろう、中庭に。
「そうだな、そう考えると、ラグランジュは、『自分が行きたい方向』に進む力を持った者の力を借りて、動いているのではないか」
「その『行きたい方向』に向かう動機や願いを持った者を、持ち主に選んでいるのかもしれぬ」
将軍ふたりが勝手に納得した様子に、グランとエレムは、思わず顔を見合わせた。
多くの者が、伝説の秘宝だか秘法である『ラグランジュ』を探しているのに、そうした者の前には現れない。むしろ、そんなもの持っていても迷惑だとすら思っているグランの前に、『ラグランジュ』は存在を示した。
人間としてのランジュ自身は、毒にも薬にもならない、ただの子供だ。『ラグランジュ』は、なんでも願いをかなえると言いながら、持ち主に一番役に立たない姿で現れ、厄介ごとを招き寄せてばかりだ。だがそれでも少しづつ、目的地に近づいている。
それは、持ち主が願いを叶えようと道を開くことが、『ラグランジュ』の目的に沿うから、ではないか。
「渦を巻いて周りのものを引き寄せるのも、嵐が起こす風のようであるな。暁の魔女殿といい、リノ殿といい、なかなか普段関わりにならないような人材が寄ってくる」
「それって、言っちゃなんだが最初に引きよせられたのはあんた達ってことじゃねぇの?」
「なるほど、そうとも言えるな」
グランの精一杯の嫌みに、エスツファは豪快に笑っている。失礼だとか思わないところも彼ららしい。
ルスティナもつられひとしきり笑うと、不意に表情を引き締めた。
「集まると言えば、気になるのは『法具』の集まり具合ではないか」
その視線がちらりとグランの剣の柄に向く。
「ユカ殿の法具も驚きであったが、クロケ殿にミンユ殿、そして此度出会ったフォンセ殿も、その剣の柄と同じ金属でできた『法具』を持っているのであろう? ユカ殿の法具自体は、古代文明時代には多く用いられていたもののようであるが、クロケ殿とミンユ殿の持つ法具の出所や本来の利用目的は不明だ。そして道場の一件から、フォンセ殿の法具はどうやらアムタウヤと関連がある。そのアムタウヤが、古代文明時代の文献にも名前が出てくるというのなら……」
「アムタウヤは過去に、古代の魔法文明圏となんらかの技術共有があり、その技術や記録を継承している可能性があるのではないかな。同じ技術で作られているのであれば、元騎士殿たちに必要な『ラグランジュ』に関しての情報があるやも知れぬ」
「……」




