37.旅人は昏きを航り<3/6>
「貴殿らの活躍についてはラムウェジ殿より聞いている。イムール領内での危険を人知れず排除してくれたこと、感謝している」
結果的には、なのだが。
そもそもイムールはたまたま領内に古代遺跡があっただけで、今まで存在すら知らなかったのだ。あの異形の件は天災と変わらない。
「私たちには手にも負えないだろうし、私が伏せっている間に大方解決したというので、この件についての公的な後処理はラムウェジ殿に全面的に委ねることにした。貴殿らには、我らができる形で感謝を表したい」
と、ゆったりとこちらに歩み寄り、エトワールはエレムとグランに右手を差し出してきた。その背後からアシオが剣呑な視線を投げかけてくるのさえ除けば、とても友好的だ。
それでもつつがなく握手を終えると、エトワールは「ついてきたまえ」とでもいうように、あずまやに向かって歩き出した。自分も世話になっている身のはずなのに、居城のような堂々とした振る舞いだ。
アシオはその後ろに続くかと思いきや、素早い動きで近くの木にとりつくと、あっというまに枝の上までたどりつき、あとは木の枝を静かに飛び移りながらついていく。猿のような身軽さだ。
「な、なんなのですの?」
「東方の貴族には、影のように姿を隠した護衛がついていると聞いたことがありますが……」
エレムもさすがに面食らった様子で、木立をほとんど揺らさずに移動するアシオを目で追っている。アシオの存在を知っていたはずのラムウェジは、ヘイディアと目を見合わせただけで、黙ってエトワールの後についていく。ユカもつられてその後に続く。
ピリピリした空気などどこ吹く風で、ランジュはしゃがみ込んで草陰の花を摘んでいる。その側につくリオンは微妙な表情で、グランに目を向けた。
「あのアシオくん、グランさんを見て、『あいつらと同じ匂い』がするって言ってましたけど、『あいつら』ってなんでしょう?」
「さぁ?」
グランはどうでもよさそうに首をすくめた。リオンの視線が問うようにフォンセに移る。枝上を移動するアシオの気配を目で追っていたフォンセは、リオンの視線に気づいて慌てた様子で首を振った。
「リオン、込み入ったことは殿下とのお話が済んだ後にいたしましょう」
黙って様子をうかがっていたヘイディアが、リオンの視線に割り込むように足を進め、フォンセの肩に手を添えた。そのまま促すように、ラムウェジの後に続いて歩き出す。
「……そういえば、ヘイディアさんはラムウェジ様と一緒に何度かエトワール殿下と会ってるんですよね。いろいろ事情を聞いてるのかもしれないですね」
「だったら、あのアシオくん? もグランさんについて聞いていそうなものじゃないですか。さっきのあれは、いくら何でもひどくないですか?」
「まぁ、そうなんですけどね……事情があるんでしょう」
不信感たっぷりのリオンに、エレムがなだめるように言い添える。
たぶんアシオは、彼らの部隊を襲った『羽のある異形』を動かしていた力と、グランの剣がまとっている気配が同種の古代魔法由来であることを敏感に感じ取っている。だが、その場にいなかったリオンに一から説明するのも大変だ。
リオンは釈然としない様子ながらも、ランジュを促してグランの後を歩き始めた。かわいらしい花束を作ったランジュはご機嫌で、リオンとつないだ手を大きく振りながら素直に歩いて行く。
そのランジュと、グランの背中を少しの間眺め、最後に残った白龍は、
「……まぁ、童子と月に気づかないのだから、たいした獣ではなかろう」
ふふん、と目を細め、てくてくと彼らの後ろについていった。
「それで、どうなったのだ?」
窓から遠くに見えるオヴィル山脈の山並みにちらりと視線を向け、エスツファが問うてきた。
テーブルから少し椅子を離し、足を投げ出して座っていたグランが、肩をすくめる。
「どうなったって、結局、『山を越えたいならイムールが全面的に協力する』ってことでまとまった」
「要約しすぎであるよ」
「だってなぁ」
フォルツが外で兵士達の様子を見回っていて、今この部屋にいるのはグランとエレム、ルスティナとエスツファの四人だけである。ラムウェジとヘイディアはフォンセとともにカイチの村に残り、一緒に戻ってきた子供達はいつも通り庭で過ごしている。
久々に、「表向き」だけではない事情を知っている者ばかりの場だ。
「ラムウェジ様が、僕らの事情については事前に話してくれていたみたいで。まぁ、表向きの事情ですけど」
淹れたばかりの紅茶を注いだカップをそれぞれに差し出しながら、エレムが苦笑い気味に補足する。そのカップに手を伸ばしたルスティナに視線を向け、グランは片眉をひそめた。
「あんたも会ってんだろ? 俺たちのこともいろいろ話してたぞ、『二人はエルディエルとルキルアの恩人であり、旅の道すがらで様々な困難を解決してきた英雄だと聞いている』とかなんとか」
「事実を少々話しただけだ、表向きの事情と一緒に」
ルスティナは涼しい顔で答え、紅茶の香りに目を細めた。
「どうやら殿下は、アルディラ姫がおられるうちにフオーリに来られるつもりのようだ。姫にお目通りなさるのなら、矛盾のないような説明も必要であろう」
エトワールからは、二人は『アルディラ姫を不埒な賊から救い出し、両国の衝突をもくろんだ何者かの陰謀を暴いた功労者』であり、この旅の最中でも、魔女を倒したり地震で倒壊した建物から住人を救ったり、また大きな声では言えないが某国のお家騒動を未然に防いだりと、様々な活躍をしてきて、アルディラ姫だけでなくその護衛の長であるオルクェル将軍からも信頼厚く云々と、どこのどいつの話なのかと思わず聞き返しそうになったくらいの武勇伝を聞かされた。客観的に説明するとそうなってしまうのだろうが、グランにしてみればただ面倒な厄介ごとに巻き込まれていただけである。
北に向かう道の情報を探りに行っただけのはずなのに、なんだかいろいろなことがありすぎて、前進したんだかなんだか自分たちでもよくわからない。
「つーか、どうもイムールまではエトワールと一緒にってことになりそうな気配なんだよな。なんでそんな話になったんだっけ?」
「ほら、殿下を護衛してきた部隊が、怪我をして上空の古代施設に保護されたままじゃないですか。彼らが戻ってくるまでは、裏道が完全に解放されないので……」
「あー」
 




