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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
逍遥の游子と航夜の灯星
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29.かたちあるもの、かたちなきもの<8/8>

 大人しく耳を傾けていたユカが、ぱあっと目を輝かせる。巫女様は物語めいた不思議な話が大好きだ。

「驚きました。周辺山地一帯には点々と、出自の判らない古い時代の絵や壁画などが残されているのですが、見つかったのは山岳地帯では有名なマチューア教堂にある壁画と同じ手法で作られた、色鮮やかな破片(モザイク)画でした。ただ、描かれていたのは、絵と言うよりは、紋章というか……」

 と、ノクスは懐から取り出した紙片を広げた。壁の絵をざっと黒鉛で書き写したもののようだ。子供たちも、大人たちも、身を乗り出してのぞき込む。

 中央には大きな円が描かれ、その中心部分には、剣先が左上を示す形で短剣が描かれている。剣は、どうやらフォンセの持っているものと、同じ形をしているようだ。そして図の左下部分には、見覚えある配置の七つの星があった。

「……これは、北の七つ星でございましょうか」

 背筋を伸ばし、表情の薄い顔で絵を眺めていたヘイディアが、静かに指を指す。北極星に付き従う、柄杓の形をした七つ星のことだ。

「確かに、この配置は柄杓星に見えますね……」

「背景が空なら、この丸いものは月なんでしょうか?」

 エレムとリオンがノクスに視線を向ける。ノクスは恐縮そうに、

「もう少し、絵心があれば良かったんでしょうが……。確かに、あの色合いからみれば、この丸は月です。本物にはもっと精巧に月の模様が描かれていました」

 フォンセも頷く。

破片(モザイク)画自体は壁と一体化していて、多分道場の建設工事中に併行して作られたのではないかとのことでした。ただ、今回の調査計画にはないためその場で出来ることはほとんどなく、破片モザイク画に関しての知識のある人もおらずで、こちらに関しては戻って改めて検討すると……」

「……アムタウヤ聖王国の国旗だ!」

 一人、首を傾げて考え込んでいたラムウェジが、唐突に声を上げて立ち上がった。

「思い出した! これ、古い時代のアムタウヤの国旗だよ! アムタウヤに行ったとき見た!」

 驚きで語彙が乏しくなっている。どうやらノクスの書き写してきた図をのことを言っているらしい。エレムは目をしばたたかせると、あ、と大きく口を開けた。

「……どうも記憶にあると思ったら、これ、アムタウヤの騎士剣の柄じゃないですか?」

「えっ?」

 ラムウェジはエレムの視線を追って、テーブルに置かれたフォンセの短剣を見やり、ああ、と口を大きく開けた。

「そうだよ! だから見覚えあったんだ!」

「……ラムウェジはともかく、なんでお前がそんなの知ってんだ?」

「僕が子供の頃、前職がアムタウヤの王宮衛士だった方と同行してた時期があったんですよ、その方は、衛士を辞したとき下賜されたという剣を持っていました。一見、剣とは思えない不思議な形だったんですけど……」

「それと同じ意匠の柄が、法具として用いられているってどういうこと? アムタウヤとカーシャム教会ってなにか関係あったっけ?」

「相性がいいだけで、法術のための法具として作られたわけではないのかも知れないですよ」

「でも、法円の発動と関わりはあるってことだよね。アムタウヤと縁のある人が、当時の諸国連合軍の中にいたって事?」

 エレムの横からの声に、ラムウェジは頭を抱えて考え込んでいる。隣のヘイディアが黙ったまま、表情の薄い顔でその様子を伺っている。

「ていうか法円が絡むなら、建物自体が古代文明の技術と何らかの関わりがあるかもしれないわけだし、調査員がそれに気がついてるならなんでそんな情報が上がってきてない……いや調査終了が一ヶ月前なら、調査班の報告書がまだ作成途中なのかしら……、この地区の古美術調査ってどこが統括してたっけ……」

「どういう理由かは置いておいて、その法円は、法円を発動させられる条件を揃えた奴が現れたときに、『壁を調べろ』って伝えるために作られてたってことか?」

 ブツブツ言っているラムウェジは放っておいて、グランがあごをなでながらノクスに目を向ける。なるほど、とリオンが膝を打つ。

「そうではないかと推測しています。たぶん、これを発案した人は、いずれカーシャムの法術が喪われ忘れ去られていくことを、予見していたのではないでしょうか。そしていつか、自分の法術の素養に戸惑って助けを求める者が現れた時に、道標になるようなものを、残したのではないかと」

「今回はたまたま、美術調査員が訪れていたことで、壁を調べることが先になりましたけど、本来は、フォンセ様のような人を助けるためのものだった、ということでございましょうか」

 ヘイディアが淡々呟く。腕組みして話を聞いていたグランが、眉を寄せてフォンセに目を向けた。

「隠されていた壁に、アムタウヤの国旗と思われる絵が描かれていたなら、なにかしらの関連性はあるんだろうな。あんたはこれがきっかけで、北を目指そうと思ったってことか?」

 視線を受け、フォンセは気後れしたように肩を縮めた。それでもすぐに姿勢を正し、かなり頑張った様子で顔を上げた。

「……いろいろ、考えていました。なぜ、私だけが、人には感じられない『なにか』の存在が判るのだろう。一生懸命この感覚を伝えようとしても、周りには、理解を()()()とはしてくれても、本当の意味で『理解』できる人はいません。私は、ずっと、ひとりでした」

 ああ、とラムウェジが息をつき、ノクスが面目なさそうに肩をすくめた。

「でも、そんな私に、誰かが、なにかが、道を示そうとしている。誰も説明してくれないこの感覚を、知っている何者かがいるんだと思いました。だったら、その示される先に行けば、私のこの感覚を、そしてこの剣について、はっきり説明してくれる誰かに会えるかも知れません」

「……仲間がいるかもしれない、ということですの?」

 ユカの言葉に、フォンセは驚いた様子で言葉を切った。自分でも思いつかなかったことを、言い当てられたような、あっけにとられたうな目が、そのまま笑みの形に細くなる。

「そう、ですね……、共有できる誰かが、いたらいいのになとは思っていました。仲間、……そうですね」

「そのために、北を目指す道を模索していた、ということですか。なるほど……」

 エレムは頷きながらグランに目を向けた。グランも、なんとなく納得はした様子で首を回している。

 話が通じたことを察したノクスが、ぐるりと全員を見渡した。 

「お話しできることは、これがすべてです。こちらでもできる後援(バックアップ)はさせていただきます。どうでしょう、お二人の向かう方向が同じなら、フォンセの同行を検討してもらえ……」

「それは後での話にして、とりあえず、見に行きましょうか」

 ノクスの言葉を遮って、それまで頭を抱えてなにやら考えていたラムウェジが、妙にふっきれた様子で顔を上げた。エレムが目を丸くする。

「な、なにをです?」

「決まってるじゃないの、道場と、その絵をだよ」

 当然のような答えに、リオンも目を丸くする。

「えっ、今から行くんですか?」

「だって、ここまで聞いたら気になるじゃない? 気になるでしょ? ねぇ?」

 勢い込んでぐるりと全員を見回しながら、ラムウェジが問いかける。ヘイディアは静かに首を傾げ、ユカは目を輝かせて大きく頷いた。言葉を失うエレムの横で、グランはうんざりと頬をひくつかせている。

 ラムウェジはもう決断している様子で、エレムに目をむけた。

「エレム、グランさん、仲卸のナグジャ氏? を紹介してちょうだい、サンザさんにこのラムウェジが会いに来たって」

「こ、これからですか?」

「今に決まってるでしょ! あと、ノクス!」

 目を白黒させているエレムから。視線がノクスに移る。ノクスはすました顔で、

「なんでしょう?」

「それが終わったら、みんなであなたの教会まで行くよ、馬車ならどれくらいでいけるの?」

「まぁ、馬車なら一時もあれば着きますが……、馬車の手配の方に、多分時間がかかると」

「馬車ならナグジャ氏が手配してくれるでしょう、ねぇ、エレム」

「え、ああ、まぁ」

 確かに、ラムウェジが直々に来て、サンザの様子を見るとなれば、その結果に関わらずナグジャも喜んでこちらの頼みを聞くだろう。グランたちに手を貸すという約束もある。

 エレムは深くため息をついた。

「……あれこれ考えるのが面倒になったんですね」

「エレム様のと言うより、グランバッシュ様のお母様みたいなのですの」

「ケンカ売ってんのか?」

「あのひと、ラムウェジ様の性格、よく判ってらっしゃるんですねぇ……」

 なんだかんだで、面白そうなものをちらつかせれば、ラムウェジが食いつくと見越していたのだろう。リオンのつぶやきが聞こえているのかいないのか、ノクスは端正な口元をわずかにほころばせた。

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