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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
逍遥の游子と航夜の灯星
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27.かたちあるもの、かたちなきもの<6/8>

「フォンセさんが、道場に入った途端に、周辺から『なにもなくなった』……?」

 話の情景を頭の中で追っていたエレムが声を上げる。ノクスは頷いた。

時機(タイミング)的にみて、フォンセが道場に入ったのとほぼ同時だったようです。カヤさん親子は、とてもすっきりした様子で帰っていかれました。自分に覆い被さっていた重い布が一枚とれたような身軽な気分だと、仰っていたそうで、その後、カヤさんからの相談はなくなり、集まりでもとてもお元気そうでした」

 全員の視線がフォンセに集まる、フォンセは恐縮した様子で肩を縮め、

「わ、わたしもそのとき、『なにもない』空間が広がったのが、はっきり判りました。たぶん、この剣が、なにかに反応して、働きを強めたんだなと考えました。でも、その『なにか』がさっぱり判らないのです」

「その後、ためしに、『剣を外して』フォンセだけが道場に入ってみましたが、特に変化はありませんでした。剣を別の誰かが預かって中に入っても、同じです。フォンセがこの剣を持って道場に入ったときだけ、それが起こるのです」

「なるほどねぇ……」

 ラムウェジが、状況を想像するように腕組みして首を傾げている。

「それはともかくとして、フォンセが建屋までやってきたのは、その短剣をくれたカーシャムの神官に会うためでもありました。しかし古くからの在籍者にも、そのような神官に心当たりがないそうなんです。その神官を紹介したというレマイナの神官も、別の地区に異動して久しいとかで、手がかりもありませんでした。

 ただ、そのときフォンセに問われたのですよ、『これをくれた人は、”自分で自分を守れるようになるまで、これを身につけていなさい”と言っていた。ということは、これがなくても、自分の身を守る方法があるのですか』と」

「ふむ」

 その剣が唯一有効な『お守り』なら、そんな前置きはいらない。これに頼らず、自分の身を守る方法がほかにある、という含みだとフォンセは受け取ったのだ。

「で、ノクスはなんて答えたの?」

 ラムウェジの問いに、布の上で鈍色に輝く短剣を眺めながら、ノクスは続けた。

「……残念ながらわたし自身、目に見えない『なにか』に関わるような感覚は判りません。ですがその『なにか』が人の心に影響を与えるものであるなら、心を強く保つことが、立ち向かうためには有効であるかもしれません。強い心を持つために、できることは様々あるでしょうが、体を鍛えて自分に自信を得ることも、その助けになるかもしれない、……という話を、その時にしました。それに教会には、様々な状況の人がやってきます。道場に通うことで、多くの人から話を聞き、知見を得る機会があるだろう、そんな中で『短剣をくれた神官』の手がかりを得る機会もあるかもしれない、と」

「すごいなあ、ノクスもそんなことが言えるようになったんだね」

 落ち着いた大人の男のように話すノクスを見て、ラムウェジは素直に感心している。「いったい昔は何やってたんでしょうね」とぼそぼそとリオンがエレムに囁き、エレムがやんわりと止めた。聞こえているのかいないのか、ノクスは微妙に口元を引きつらせながらも、努めてすました顔を保っている。

「それをきっかけに、フォンセは道場に通うようになりました。なかなか筋が良くて、体術だけなら道場の生徒のなかでは一番の実力者です。『見えないなにか』に対する感覚が鋭いということは、人との間合いを読み取ったり、相手の動きを察する感覚も鋭いということなんでしょうね」

「なるほどねー」

 率直に褒められ、フォンセは恐縮した様子で肩を縮めている。

「誰がそれをくれたかは結局判らなかったけど、フォンセちゃんが建屋を訪ねたことで、カーシャム教会と新しい縁ができたんだね」

「そういうことですね」

 行動を起こしたことで、フォンセは一歩前進できたのだろう。

「剣をくれた神官に関しては、追い追い調べてみましょうという話で落ち着いたんですけどね。気にかけてはいたんですが、なかなか手がかりもないまま今に至っていたわけです。それが、先日、状況にちょっとした変化が起きたんです」


 体術の指南を受けるフォンセの成長はめざましかった。

 最初のうちは子供たちと一緒だった稽古は、大人と一緒にできるようになった。稽古の時間も、仕事を済ませた大人たちが集まりやすい午後の遅めの時間になった。

 ノクスは司祭の業務もあるので、毎回とはいかなかったが、時間ができると稽古に立ちっていた。四年経った今では、フォンセはほかの道場との交流試合などにも参加できるほどの実力者だ。

 その一方で、半年ヶ月ほど前、レマイナ教会の歴史文化部から派遣されてきたという一団が道場に訪ねてきた。

 ウカラの教会建屋にいる司祭が一緒だったが、ほかの神官たちは皆ノクスとは初対面だった。

「彼らはレマイナ教会の中で、歴史的な美術品を研究している集団(チーム)のひとつでした。彼らが言うには、戦乱期に活動していた彫刻家ウルベルト氏の連作の一つが、うちの教会建屋に保管されている可能性があると。最近になって別の場所で発見された文献を頼りに、散逸した作品のありかを追いかけていたんですね」

「……レマイナ教会には、医療や体術指南以外にも、様々な部門があるよ。薬学だけでなく、学問全般の研究をしてる部門とか、正しい歴史や文化の調査と資料保全とか、遺跡や遺構の管理調査とか。人間の命が生み出した、たくさんの貴重な知識や技術を守るのも、教会の大事な務めだからね」

 と、ラムウェジが横から補足する。想像が追いつかないのか、ユカとリオンが目を丸くしている。

「で、その作品は、あったんですか?」

「結論から言えば、ありました。道場の南側にあたる壁に飾られていた彫刻画が、それだったんです」

 エレムの問いに、ノクスは頷いた。

「教会の母屋は戦乱期以前からあるとても古いものです。彫刻画は、母屋の隣に道場を建てた際、当時の領主が寄贈したもののようです。なんでも戦乱期の終焉期に、国境を越えて治安維持活動をしていた諸国連合軍の一部隊が当時、教会建屋の近くに拠点を置いていたそうです。その部隊と領主軍が協力して、とある破壊活動集団を壊滅させ、その拠点から押収したものだったようです」

「物騒な由来だな」

「当時は連合軍の活動に、カーシャムの神官も協力することがあったそうです。その謝礼的な意味合いがあったのでしょう。実際、道場の建設には、連合軍の技術兵も協力していたそうです」

 ノクスが淡々と言い添える。

 カーシャムの神官は、「死の裁き」の権限を与えられている。というと物騒に聞こえるが、彼らの活動で一番多く知られるのは、戦場などで、致命的な傷を負い回復の見込みもなくただ苦しんで死を待つだけの重症者に、安らかな眠りを施すことだ。

 もちろん、今よりも治安の悪かった時代には、持ち前の剣技で賊を制圧するなどもしただろう。戦乱期なら、救護に回るレマイナ神官と協力して、戦いの収束した戦場に入ることもあったはずだ。その中で、残念ながら救いきれない者の介錯を施したことも、多くあっただろう。

「なので、彫刻画を飾る石額も含めて、道場の設計段階から考慮されていたようですね。なにしろ、額は壁と一体化していて、ある程度壁を解体しないと額から彫刻画が外せないようになっていたんです。ずっと建物の一部としてあったものですから、歴代の司祭たちも、彫刻画そのものの出自については、あまり考えなかったようでした。

 絵や彫刻というのは、人目に触れない裏側にも出自の手がかりがあるそうですが、石額自体が建物の一部として設計されているので、彫刻画の安全な取り外し方がそのときは判りませんでした。彼らは、外観から構造をある程度推測すると、教会内で申請が通ったら、技術者や鑑定者と改めて来る、と、一旦引き上げていきました。彼らが言葉通りやってきたのが、先々月でした」

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