24.かたちあるもの、かたちなきもの<3/8>
「確かに、よく判らないことになってきましたね」
エレムは後ろで好き勝手言い合っているユカとリオン、更にその後ろで、暇を持て余して厨房の戸棚を勝手に開けて中をのぞき込んでいるランジュと白龍に目を向け、微妙な顔で腕組みしながら視線を戻した。穏やかにこちらを見守るノクスを見上げ、
「フォンセさんは、北に向かう方法を探しているそうですけど、どういう事情なんですか? ここまで来たのは教会のご用ということでしたけど」
「おや、そんな込み入った話までしていたんですか」
ノクスは目をしばたたかせ、身を縮めたフォンセを見て、口元に笑みを乗せた。
「私もこれまでの経緯を把握したいので、先に、あなたたちが知り合った流れを順を追って教えてもらえますか。そのほうが、こちらの事情も話しやすいと思いますよ」
「ああ、わたしも聞きたいな」
にっかりとラムウェジも歯を見せる。そのラムウェジから半歩ほど下がって控えていたヘイディアも、それとなく視線を巡らせて頷いた。
グランたちが昼食がまだだと聞いて、厨房の当番の神官たちが、食堂の片隅のテーブルを使って子供たちに昼の残りを振る舞ってくれた。
固めのパンと濾した芋のスープに、筋を取って短く切った生のセルリーが添えられている程度だが、これだって突然現れた自分たちに供するには贅沢なものだ。
セルリーは独特の香りがあるので、子供にはあまり好まれないものだ。しかし白龍はこの食感が気に入ったらしく、おやつでも食べるようにしゃくしゃく食べている。
なかなかうまそうに食べるので、釣られてユカとランジュも手を出したが、ユカは噛んでいる途中から神妙な顔になって、なんとかひとつ食べきったあとは手を出さなくなった。ランジュは意外にも、「おとなのたべものの匂いですー」とすんすんしながら、抵抗なさそうにかじっている。
食事を済ませていたラムウェジたちは、温かい香草茶と、炒った木の実の盛られた小皿を前に、子供たちが食べるのを微笑ましく見守っている。食事を辞退したグランとエレム、フォンセとリオンにも同じ茶が供され、エレムが物珍しそうに香りを確かめている。
「……馬車で町に入ったら、みんなに興味を持ったフォンセちゃんがついてきたんだね。でも、声をかけるきっかけがなくて後をつける形になっちゃって、気づいたグランさんに取り押さえられた、と」
ラムウェジがざっくりと要約し、ヘイディアもそれなりに把握した様子で頷いている。
「まぁ、そんな流れのようなんですけど……グランさん?」
「気にするな」
言われてみればその程度の話なのに、なぜこんなに訳がわからないことになっているのか。頭が痛いと額を押さえるグランを見て、エレムが察した様子で疲れた笑みを浮かべた。しかし、要約されたフォンセの方が、納得いかなそうにラムウェジとヘイディアを見返し、
「……みなさん、あの方がなにか、おわかりなんですよね? あの……」
と、おそるおそる、テーブルの端に目を向ける。視線の先では白龍が、ユカがそれとなく自分の皿から分けたセルリーを、鷹揚に味わっていた。
「あー、白龍くんね、うーん……」
ラムウェジはさすがに返答に困った様子で頭をかく。
「たぶん類を見ない規模で強力な存在なんだけど、そもそも当人は、人間に干渉する気がなさそうなんだよね」
「ではなぜ、皆さんと一緒に行動しているのですか……?」
「強いて言うなら、好奇心でしょ」
「好奇し……」
「フォンセ、人も、人でないものも、必ずしも筋道の通った動機で行動するわけではない、ということだよ」
ノクスは微笑んだ。グランはただただ面倒そうに、
「別に、俺たちも必要があって一緒に行動してるわけじゃねえし。あいつは勝手についてきて、こっちは追い払うほどの理由もないから、今は一緒に居るだけだ」
「は、はぁ……」
「まぁ、あなたたちの出会った経緯は判ったよ。で、ノクス」
この点をこれ以上掘り下げても話が進まないと判断したのか、ラムウェジがざっくり話を変えた。
「今日レマイナ教会に来たのは、道場の用事だって聞いてたけど?」
「わたしは月に数回、こちらの道場で行われる、上級者の鍛錬のお手伝いに来ています」
ノクスがすました顔で答える。
「今回はそのついでに、街道を使わずに北に行く方法がないかを、相談するつもりでした。レマイナ教会なら、通常旅人が使わないような道にも詳しいですからね」
「なにか北にいかなきゃいけない用事があるの? さっきの話からすると、用があるのはフォンセちゃんみたいだけど?」
ラムウェジの言葉に、全員の視線がフォンセの集中する。首をすくめたフォンセの代わりに、ノクスが穏やかに頷いた。
「フォンセ自身の長年の課題だったものに、最近、ちょっとした手がかりがみつかったのです。それを元に、北に向かう準備をしておりました。それが、ここに来て街道が封鎖されてしまったので……」
と、少し自分の頭の中で話を整理している様子で、顎に手をあてて黙り込んだ。少し経ってから目線をあげ、
「……今の話でお判りでしょうが、フォンセには『人間ではないものの存在』を見分けたり、感じ取るちからあります。そのちからのために、フォンセ自身、小さい頃から困ったことが多くあったと聞きました。これに絡んで、長い間いろいろ探っていたことがあったのです。……ああ、自分から話した方が、早そうだね、フォンセ」
ノクスが穏やかに促す。フォンセは全員からの視線を受け、おどおどした様子ながらも、ぎゅと両手を握りしめて顔を上げた。
「……両親が言うに、物心つく前から、わたしは人より過敏な子だっだそうなのです。ほかの子供が平気なところも、怖がって近寄らなかったり、別の部屋で泣いていたのが急におとなしくなって、やっと手が空いた祖母が見に行ったら、見えない誰かにあやされているみたいにご機嫌で手を振り回してたりとか」
乳幼児にはありがちな話ではある。はいはいもできない赤子が、視線だけなにかを追いかけるように動かしていたり、誰もいない場所に向かって言葉を発していたりする。「なにかが見えてるかもしれないね」と大人たちは微笑ましい話に収めて、そのうち忘れてしまう。
「だけど、少し大きくなっても、そういうのは変わらなかったのです。……ある場所を通りかかると、すごくいやな感じがしたり、怖い思いをしたり、悲しいという感情だけを感じて理由もわからずに泣いていたり。そういうのが増えて、さすがに周りも、自分も、おかしいと気づくようになりました。理由が判らないものだから、外に出るのも怖くなってしまって、……そうしたら当時、定期的に診療奉仕に来ていたレマイナ教会の神官様が、自分のお知り合いという黒い法衣の方を連れてきたんです」
細身の長剣を背負った、黒い法衣の神官。知識のある者なら総じて敬遠する、死と眠りを司る神カーシャムの神官である。ユカがわくわくと目を輝かせ、
「それがノクス様、だったのですの?」
「その頃はまだ、わたしは別の場所で『やんちゃ』していました」
首を振ったノクスは片目を細め、フォンセに話を続けるように手振りで促した。なにを思いだしたのか、ラムウェジが声を殺して笑っている。
「……小さかったもので、男性だったという以外の記憶はないのです。その方が、これをくださったんです」
フォンセは自分の背に手を回し、鞘ごと外した短剣がテーブルの上に置いた。




