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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
逍遥の游子と航夜の灯星
584/622

23.かたちあるもの、かたちなきもの<2/8>

 狭い戸口から、今度はリオンを先頭に、若い神官に案内されて中に入る。どうやら食堂の厨房に続く出入り口だったらしく、今は閑散と片付いた厨房経由で食堂に通された。

 集会場も兼ねているらしい簡素な食堂は、日の当たるつきあたりの場所に大きなテーブルが設けられている。周辺地図や予定表が張り出された壁の前で、ヘイディアを従えたラムウェジが数人の神官と話し込んでいた。

 グランたちが現れたことに気づき、ヘイディアがわずかに頭を下げた。一方、ラムウェジはお気楽な笑顔で手を上げる。

「探しに行く手間が省けて良かったよー。戻ったらみんなウカラに行っちゃったって聞いてびっくりしたよ、出かけるなら誘ってよ」

「あんただって勝手に出かけてたじゃねぇか」

「だって、あんな朝っぱらから、みんなで居なくなっちゃうと思わないじゃない」

 ラムウェジは大げさに頬をふくらませる。確かに、朝飯の時間にあんな話がとんとん進むとも思っていなかった。

 一緒に居た神官たちは、ラムウェジ相手に雑に受け答えするグランにあっけにとられている様子だ。一人を除いては。

「……話通りの御仁のようですね」

 白い神官衣の中で、一人だけ異彩を放つ男が、穏やかに微笑んだ。

 白い中に一人だけ、黒衣の神官がいる。

 年齢は、よくわからないが、エスツファよりも上かもしれない。飴色がかった長めの銀の髪が、黒い神官衣によく映えている。通常の神官衣の上に羽織った黒の外套(マント)を、数個の金色の留め金を使って胸元で留めていて、それがただ黒いだけの装束にアクセントを加えていた。

「かっこいいおじさまなのですの、イケオジなのですの」

「君の言葉の仕入れ先が気になるよ」

 面食い疑惑のあるユカが、グランの陰からうっとりと黒衣の神官を見上げている。確かに、そこそこいい年齢なのだが、訓練された執事のように姿勢良く、全体的に引き締まった印象を受ける。

 俗な評価にあきれられるかと思ったが、黒衣の男は、意外そうにわずかに目を開いた。

「初対面でかっこいいなどと言われたのは初めてです、どこに行っても怖がられてばかりなもので」

「この子たちはそういう先入観、ないから」

 ラムウェジもにやりと口の端を上げる。

「彼はノクス、見たとおりカーシャムの神官だよ。というか、立場で言うなら教区司祭だっけ」

「ここから東には、カーシャム教会の建屋は一軒しかありませんからね。一帯すべてうちの教区です」

 ノクスはいたずらっ子のように片眉をあげた。ユカが矢で射抜かれでもしたかのように胸を押さえ、リオンが冷ややかに目を細める。

「まぁ、ノクスが教会建屋に落ち着いたのはわりと最近だけどね。グランさんくらいの年の頃はきかん坊でねぇ、よくやんちゃしてたよね」

「ラムウェジ様は、出会った頃とお変わりないですけどね」

 微妙に片頬をひきつらせながらも、穏やかにノクスが微笑んだ。「グランさんもいつかはあんな風に落ち着くのかな」とうっかり呟いたリオンが、グランに睨まれて首をすくめてエレムの陰に逃げ込んだ。

 ノクスは、グランたちを改めて見渡すと、ある場所で視線を止めた。

「……なかなか戻ってこないので心配していましたよ、フォンセ」

「す、すみません。ご用事は終わったんですけど……」

「この方がフォンセ様のお連れ様ですの?」

 ユカの条件反射のような質問に、フォンセはぎこちなく頷く。

「あら、この子が例のフォンセちゃん?」

 緊張気味のフォンセとは対照的に、ラムウェジが明るく声を上げた。

「みんなとお友達になってたの? 紹介する手間が省けてよかったわ」

「偶然一緒になったけど、こいつのことは俺らなんにも知らねぇよ」

「ええ、道場のご用で来ているという話だったので、ここまで案内してもらったんです」

「ラムウェジ様はフォンセ様のことをご存じなのですの?」

 グランとエレムの横から、ユカが遠慮なく話に割り込んでくる。首根っこを掴んで放り投げたい衝動にかられているグランを、察した様子のエレムがはらはらと身構える。ラムウェジはといえば、特に気にした様子もなく、

「ノクスから先に話は聞いてたよ。せっかくだし、みんなを探すついでにフォンセちゃんも探そうかって話をしてたんだ」

「すみません、あの、一言ではご説明できないことがいろいろあったもので……」

「まぁ、みんなと一緒に戻ってきた時点で、なにか面倒なことがあったんだろうなってのは判るよ」

 ラムウェジがなにげなく剣呑なことを口にする。こちらは面倒ごとに巻き込まれているだけなのに、厄介ごとの元凶のような言われようである。

「逆に、あんたたちはなにしに来たんだよ。ヘイディアに馬車まで用意させて」

「馬車を用意してもらったのは、カイチの村に滞在中のエトワール殿下に面会に行くためだよ。カカルシャとの調整内容を報告しようかと思って」

 グランのぞんざいな質問に、ラムウェジはあっけらかんと答える。

「ていうか、ウカラ(ここ)にはフオーリに滞在中に一度は来るつもりだったのよ。一応、わたし、『移動する神官』のお役目もあるからさ」

 一応というか、そっちが本業ではないのか。

「離宮に戻ったら、あなたたちは商人の荷馬車で出ちゃったって言うし? だったらヘイディアさんに馬車を出してもらったついでに、ウカラであなたたちを拾ってから、殿下に会いに行こうかと思ったの。でもせっかく(ここ)まできたし、教会にも顔を出そうかなって思いついてさ。ノクスが居たのは嬉しい誤算だったけど」

 なんにしろ、自分たちを追いかけるためだけに出てきたわけではないらしい。

「で、なにがあって、みんなとフォンセちゃんが一緒にいるの? ていうか、フォンセちゃん、なんか面白いもの持ってない?」

 なにげないラムウェジの一言に、フォンセが目を丸くした。伺うようにノクスを見上げるが、ノクスは穏やかに首を横に振った。なにも言っていないよ、とでも言うように。

「こう見えて、ラムウェジ様はすごい方なんですよ」

「すごいかどうかは知らないけど、どう見えてるのかは気になるなぁ」

 頭をかいて笑うラムウェジに、フォンセはどう反応していいか判らないらしく、困惑したままユカやエレムにまで目を向けている。エレムはやれやれとため息をついた。

「ラムウェジ様も、少しはそれらしくしてくれないと、初めての人は反応に困るじゃないですか」

「実力がある人ほど、表向きは飄々としているものですの。落差(ギャップ)萌えの基本ですの」

「ちょっとなに言ってるかわかんないな」

「とにかく!」

 ひとつの言葉が次々別方向に展開していく。グランは遮るようにエレムに向かって声を張り上げた。

「流れが把握しやすいように優先順位を決めて話をまとめろ!」

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