20.『絹の道』へ続く町<6/7>
「えっと、あの……」
呑気なユカの問いかけに、フォンセは逆に戸惑ったようだ。一方で、驚いたのはリオンである。
「ひょっとして、あの子がなんだか、あなたには判ったって事?」
「『なんだか』って、……やっぱりあなた方は、判ってて一緒にいるんですか?」
「どういうことですの?」
「もう、君はほんとになにも判らないんだね」
ああ、とリオンは大げさにため息をつくと、言葉を続けようとするユカを手の平で遮り、フォンセを見返した。
「僕も法術が使えるから、あなたがなんらかの素養のある人だって言うのは判るよ。あなたは、あの白龍が普通の子じゃないって言うのに気がついて、驚いたんだね? それで、気になってついてきた?」
「は、はい、なんて言えばいいのか、……強い力のかたまりが人間の形をとっている……? でも自分の目には、人間の子供にしか見えないんです。びっくりして、馬車を追っていったら、停まったところであなたたちが揃って降りてきて、また驚きました。それぞれ特別な力の素養があって、あの子が何者かも知っているようなのに、普通に連れ立って歩いている。このひとたち、なんなんだろう、と思って……」
キルシェやヘイディアもそうだが、魔法や法術の素質がある人間は、精霊の存在も感知する。このフォンセも、「なにか」を感じ取る部分と同じ感覚で、白龍の正体を見抜いてしまったのだ。
「それで、あとをついて来ていたのですの? よっぽど驚いたのですの?」
「そりゃあ、ねぇ……」
白龍は、今は人間の子供の形をとっているが、精霊の姿に戻れば長大な谷を塞いでしまうほどの大きな「ちからのかたまり」だ。人の役に立つ気も悪意もないから一見無害ではあるが、龍臥谷を壊滅させかねなかった数体の異形を、長い間片手だけで押さえ込んでいられたほど、強大な力を持っているのだ。
ある程度法術の素養があれば判ることが、やはりユカには判らない。法具がなければこの子はただの人なんだなぁと、リオンは改めて思う。
「白龍くんへの関心が、そのまま僕ら……っていうか、グランさんたちへの関心になったって、ことなんだね? まぁ、判らないでもないけど……」
逆に自分だって、何の予備知識もなく白龍と出会ったら、びっくりして何者なんだろうと関心を抱くだろう。未知のものに対する興味は、時に行動に影響する。
「それで、しばらく後をついて行ったら、通りに出るときに皆さん、急に急ぎ足になったでしょう。それで、わたしも慌てて足を速めたら、あの男の人に捕まってしまって……」
「グランバッシュ様は、人の気配に敏感なのですの。とても優れた戦士様なのですの」
なぜかユカが胸を張る。
グランは馬車に乗っていた頃から既に、誰かが自分たちの様子を伺っていることに気がついていた節がある。馬車を降りてしばらく歩いていたことで、明らかに誰かがついてきているのが判ったから、捕まえて理由を問おうとしたのだろう。
「でも、あんな扱いはひどいのですの。いきなり女の子を投げ飛ばすなんてありえないのですの」
「あ、それは……」
短い間に、ユカはグランを上げたり下げたり忙しい。フォンセはおずおずと、
「私あのとき、とっさに体が動いてしまって、それであの方も、身の危険を感じてわたしを放り投げたんだと思うのです。仕方ないのです」
「身の危険?」
「あの……驚いて、グランバッシュ様? を蹴ろうとしてしまって」
「あの体勢で?」
リオンは目をしばたたかせた。
リオンはユカよりも更に遠くにいたからはっきりとは見ていないのだが、確かグランは、追いかけてきた彼女の手首を掴んで、引っ張り上げたはずだ。
手首を捕まれて、かかとの浮くような状態まで体を引っ張り上げられたとして、とっさに体を丸めて相手を蹴るなんて、可能なものだろうか? 普通は、腕を伸ばしたまま、足をバタバタさせるだけで精一杯じゃないのか。
いや、それができると判断したから、グランは反射的に彼女を放り投げたのだ。その上で、怪我の危険を最大限避けて、麻袋の山に向かってフォンセを投げた。エレムもそれに気づいたから、フォンセを雑に扱ったグランを咎めなかった。
「………ほんとすごいな、あのひとたち」
「えっ、どういうことですの?」
「いやもう、君はいいよ」
説明を放棄したリオンは、むっとしているユカを無視して、
「それって、あなたが相当訓練してるひとだってこと? 道場って言ったけど、レマイナ教会で体術(柔術)でも習ってるの?」
「え? あ、いえ、私が通っているのは、カーシャムの教会の道場です。今日は、教区司祭様がレマイナ教会にご用がある日なので、一緒に連れてきていただいたのです」
「カーシャム教会の道場?!」
リオンが目を丸くする。
「それであの動きって……、それなりの実力者じゃないの?! 剣も扱えるの?!」
「そ、その……体術のほうが性に合ってるみたいで、剣の方はそうでもないんですけど……」
「フォンセ様は、とってもお強いってことですの?」
「たぶん、ね」
話についてこようとするユカに、リオンはぞんざいに頷くと、
「僕、離れてたからよく見えなかったんだけど、あなたがあの男の人を……サンザさん? って人を突き飛ばしたとき、なにか叫んでたよね? グランさんが蹴り飛ばしても起き上がってた人が、あの後大人しくなったの、なんでかなって思ってたんだけど、……あの時、法術使わなかった?」
ぎくり、とフォンセが身をすくめる。
「神官には見えないけど、カーシャム教会の道場に通ってるなら、あれは、カーシャムの法術ってこと?」
カーシャムの神官に、法術は与えられていない、というのが通説だ。だが、フォンセから感じるのは紛れもない法術の素養なのだ。
神官ではないが、フォンセにはカーシャム教会との縁がある。人以外の「なにか」の存在を感じ取る力が、なんらかの関わりをもっているのではないか。そう判断して、更に話を突っ込もうとしたところで、
「お待たせしましたね、リオンくん」
診療所の裏戸が開いて、現れたエレムが気遣うように声をかけてきた。




