19.『絹の道』へ続く町<5/7>
大きい組が、診療所の中で収拾のつかないことになっている一方。
建物の前で子供たちを遊ばせておくのもなんだからと、助手に案内されて、ランジュと白龍を連れたリオンは診療所の内庭に通されていた。庭と言っても、別に景観の良い庭園があるわけではなく、多分別の建物を取り壊したまま使い道もなく放置されていたであろう荒れ地に、古い寝台を流用したと思われる粗末な長椅子が置かれている程度である。
そんな場所でも、子供と、子供のふりをした精霊には遊び場としては十分なようで、ランジュと白龍は並んで建物跡の縁石に腰掛け、
「東方ではいろいろなものをひと文字で表すのじゃ。これは太陽で、これは月」
「どうしておひさまがこんなに四角いのですかー」
白龍が枝で地面に書く角張った文字を見て、ランジュが首を傾げている。
白龍は、ランジュに時折食べ物を与えられるせいか、扱いは悪くない。ランジュはただ『小さい子にしんせつ』しているだけなのだが、白龍自身は「捧げ物」だと思っているようだ。
二人揃っていると適当に遊んでくれるので、世話係としてのリオンの負担はそこそこ減る。とはいえ、初めて来た土地で、二人だけで放っておく訳にもいかないので、結局そばについているのだが。
近くの粗末な長椅子に腰掛け、時折診療所の建物に目を向けながら、リオンはため息をついた。
「なんかユカさんもいろいろ考えてたみたいだったし、思い切ってここまでついてきたけど……」
ユカからは聞かされたのは愚痴なんだか相談なんだかもよく判らず、結果的になにを求められていたかも定かではない。ただ、ユカがラムウェジたちの提案を素直に受けられない程度の葛藤を抱えているのは伝わってきた。その理由のひとつが、じきに部隊とは別れていくグランとエレムにあることも、なんとなく察しはついた。
それなら、もう少し彼らと一緒にいる機会を作ることで、ユカ自身が自分の抱いているものをはっきり察するきっかけになるのではないか。普段なら「君が何の役に立つの」くらい口にしてはばからないリオンが、ユカの同行を止めなかったのはそのためだ。
ランジュを口実に、自分もついて来たものの、
「失敗だったかなぁ……」
そもそもグランたちは、今後の行程を検討する情報を集めに来ただけのはずなのに、ついた途端に騒ぎに巻き込まれる。その成り行きでけが人を運び込む手伝いをしにきたら、なんだか診療所の中が騒がしい。
関わったのが偶然かどうかは知らないが、あの娘までずっとついてきているし、ユカが今後を考えるどころか、この町に来た当初の目的も達成できるか怪しい感じだ。
グランとエレムの足を引っ張るだけでなく、余計なやっかいごとに巻き込まれて面倒が増えただけ、自分はただランジュと白龍の子守をして終わり、というのでは、どうもすっきりしない。
それこそ、ユカはなにをしについてきたのだという話になる。
モヤモヤした思いでいたら、
「……追い出されてしまったのですの」
つまらなそうな顔のユカが、昏金の髪の娘を連れて庭に降りてきた。
「追い出された? またなにかやったの?」
「『また』ってなんですの、失敬ですの」
ユカはむっと唇をとがらせた。
「……ついさっき、イグシオ様のおじさまがやってきたのですの。私たちがなかなか顔を出さないから、私たちを探すついでにこの診療所に届け物にいらしたそうなのですの」
「あー、人が増えたと思ったら、イグシオさんの叔父さんだったんだ」
同族街の地域関係、なかなか密だ。
「あの暴れていた男の人が、時々様子がおかしくなるのは、なにか悪い病気が隠れているのではないかってお話ししてたのですの。それで、エトワール殿下をお助けしたラムウェジ様に相談できればいいのになって言い出したから、エレム様のお母様だって教えたら、どういう間柄なんだって食いつかれてしまったのですの」
「ああ……」
流れが想像できて、リオンはため息をついた。
相手としては甥っ子の紹介で来た旅人、くらいの気分でいただろうから、そんな話を聞けば驚くだろう。
「ラムウェジ様はあちこちの王族や貴族だけじゃなく、普通の市民にも名前が知られているくらい有名な方なんだよ。フオーリで離宮に来られたときも、カカルシャの王様の招待を断ってルキルアの部隊に合流したって話をしてたでしょ。そんな人の知り合いだって聞かされたら、そりゃ気になるよ」
「だって、近所の人がいつ暴れだすか判らないなんて、怖いに決まってるのですの。それに、困っている人がいるのなら、ラムウェジ様だってお助けしたいと思うはずですの?」
「君の力で助けるわけじゃないんだから、勝手に名前を出しちゃダメだってことだよ。グランさんだって、君がそれ以上余計なことを言い出さないように追い出したんでしょ」
「そんな言い方ってないのですの、ダメだっていうなら、問答無用で市民を蹴り倒したグランバッシュ様のほうがよっぽどダメですの」
「もー、君は後でエレムさんにいろいろ説明して貰った方がいいよ」
リオンはうんざりしながら一方的に話を切った。ユカがむーっと頬を膨らませる。ユカの後ろで所在なげにしていた娘が、不穏な様子におろおろとしながらも、
「あ、あの、みなさん、どういった方々なので……」
「それはこっちの台詞だよ」
ユカとやり合った荒れた気持ちのまま、リオンはつっけんどんに娘に言葉を返した。
「突然現れて、よく判らないまま一緒にいるけど、あなた、なんなの? 僕たちについてきてたみたいだって聞いたけど、なにか用だったの? こっちは名前も聞いてないんだけど?」
「あ、ああ、申し訳、ないのです」
たたみかけられ、娘は身をすくめるように視線を落とした。さすがに気後れして、リオンが口を閉ざす。リオンを咎めるような目のユカも、言われてみれば娘の素性も事情も聞いていないのを思いだしたらしく、何も言わないまま娘に視線を向けた。
「あ、あの、私はフォンセと申します。道場のご用でたまたま今日は町にきていて……」
「この町に住んでいるわけではないのですの? どこからいらしたのですの?」
「いいから君は黙ってて」
リオンにばっさりと遮られ、ユカがむーっと目をつり上げる。フォンセは汗をかきながらも、ユカの質問はとりあえず受け流すことにしたらしく、
「ご用の前に、必要な買い物に出ていたら、皆さんの乗った馬車が目の前を通りかかって、そのとき、あの……子供? が、皆さんと一緒にいるのを、見て……」
おっかなびっくりの様子で、フォンセはうつむいたまま視線を移した。その先にいるのは、ランジュと並んで地面に落書きをしている白龍である。
白龍は聞こえているのかいないのか、すました顔でちらりとこちらを見た後は、すぐにまた、ランジュ相手に謎の文字の解説をしている。
「それで、驚いて皆さんの馬車を追いかけたんです。幸い、人混みの中では荷馬車も速度を落としてくれて、なんとか頑張ってあの倉庫まで……」
「そういえば、こっちを見てたときのあなたは、とても驚いた顔をしてたのですの」
記憶が合致したユカは、頷いたものの、すぐに首を傾げ、
「でも、白龍様がいるだけで、どうしてあんなに驚くのですの? あの服が、珍しかったのですの?」




